前回は、岡山県西粟倉村という合併をしなかった山村地域において、百年の森林構想と起業型移住者といった地域づくりの文脈から、再生可能エネルギー事業への取組みが生まれていること、モデル事業となるようにスピード感のある取組みを進めていることを紹介した。今回は、薪ボイラーの導入を中心に紹介する。
●薪ボイラーを入れたゲストハウス「元湯」の開業
地域おこし協力隊として美作市で仕事をしていた井筒耕平氏は、環境モデル都市になったことから西粟倉村に関わることになり、一緒にボイラーの視察等を行っていた。2014年4月に井筒氏の協力隊任期が終了し、空き家があったことから西粟倉村に引っ越して来た。
そして、地区に無償で貸していた「老人憩いの家」という福祉施設が村に返還された際に、井筒氏が「ゲストハウスや情報発信を行う場所にならないだろうか」と関心をもったことから、井筒氏が経営する村楽エナジー㈱が経営を引き受けることとなった。
福祉施設は、井筒氏の友人の建築家によって、リニューアルされ、2015年4月に温浴施設「元湯」として開業した。同年11月に、「元湯」は薪ボイラーの導入をしている。薪ボイラーは、「元湯」の他、西粟倉村の別の温浴施設である「黄金泉」と「国民宿舎あわくら荘」にも導入された。
井筒氏は、もともと地域おこし協力隊として「木の駅」事業を実施しており、「木の駅」の取組みを西粟倉村にも広げるつもりでいた。「木の駅」は、森林所有者に自伐を行ってもらい、拠点にもってきてもらうシステムである。軽トラックに積めるように、2mに切って搬出し、建材でなく、燃料用途に利用する。
同氏は次のようにいう。「会社として、もともとやっていた「木の駅」による薪供給事業とコンサルタントで生計を立てられると思ったが、元湯の運営をやることになったのが大きかった。コンサルタント業では年1回、薪管理の仕事は月1回収入が入る。毎日、現金収入が入るゲストハウスは有難い。薪ボイラーがあるらしいと集まってくれる人たちとの出会いも楽しんでいる。当初はスタッフの住む場所としてのシェアハウスとして考えていたが、ゲストハウスをやりたいと村長に話したら賛成してくれた。」
「元湯」は、子育て世代をターゲットとしている。宿泊では関西、岡山県内、関東等から、日帰り入浴で姫路から鳥取からの利用がある。2015年度は1,115人が利用した。
井筒氏は、名古屋大学大学院環境学研究科で、持続可能な地域づくりを研究テーマとしていた。博士課程では大学の研究室に所属しつつ、東京の認定NPO法人環境エネルギー政策研究所の有給インターンとなり、エネルギー政策スタッフとして経験を積んだ。そのなかで、「たまに現地訪問しても実態がよくわからない、ローカルでの実践に触れなくてはいけないな」と思った。
さらに現場に入りたいとの思いから、2011〜2014年の 3年間、美作市の地域おこし協力隊になった。美作市では、野焼きをしたり、耕作放棄地を燃やして耕したり、棚田再生にと経験を積んだ。冬に林業に携わり、搬出間伐をやった。協力隊の最後の年に木の駅プロジェクトに関わり、西粟倉村での急展開にいたる。
●起業型移住者が集まる場としての「元湯」
西粟倉村は、ローカルベンチャーによる地域づくりに舵をきり、内閣府の予算によりローカルベンチャースクールに取り組んでいる。既に多くの若者が西粟倉村に移住し、起業をしている。木工、染め物、油絞り、Bed & Breakfast(民宿)、ウナギ養殖等、様々な事業が立ち上がっている。
起業型移住者達にとって、「元湯」はなくてはならない。「元湯」には、昼間は子連れの主婦たちが集まれるよう、夜には手づくりのジンジャエールや食事が楽しめるように、センスのよい空間がデザインされ、交流の場となっているのである。
例えば、東日本大震災の後、小学生と生まれて1歳の幼児の2人を連れて、西粟倉村に移住し、草木染の洋服の制作を始めたデザイナーは次のようにいう。「元湯は自分に一番合っている。いい場所ができたなと思っている。お茶できるとか、お酒が飲めるという場所がなかったが、元湯ができたことで集まれる。社長同士が集まり“社長飲み”で、深い話もできるようになった。」
また、西粟倉村出身者で土木を主事業とする会社を継ぎ、「地域よろず屋」的な仕事を始めた若い経営者は、「元湯に飲みに行って、気がつくと、社長が集まる会ができてきた。“社長飲み”では、経営者の想いも分かち合え、勉強できる。事業協働の話もしたりする。Iターン組が頑張れるように、地域のことに関して助言ができる。」という。
現在、西粟倉村では、「元湯」の井筒氏も参加して、村役場を中心とした公共施設の集積するエリアに、地域熱供給事業を導入する計画を策定している。2017年度に、村役場と幼児を預かる施設を着工する際に、地域熱供給の配管していく計画である。原材料となる木材は、「木の駅」と森林組合から調達する。