今日、仕事場の棚卸しした。疲れた~。生まれ変わるなら、棚卸しのない仕事に就きたい。
ま、十月からないんだけどねw
で、話の続き。
時代的にパソコンというものが、普及し始めた頃で、一応所有はしていたが、手書きのほうが台詞に勢いが出るんであえて鉛筆一本で書いていた。
お気に入りは0.9ミリの製図用のシャーペンで、心のままに書き連ねていた。
なんとなく覚えてるフレーズが
『時計の針の裏側に棲む孵化したばかりの幼生が~』とか
『いつもあなたを憎むことであたしはあたしの影をあなたに求めてる』
なんて、恥ずかしい言葉を台詞にしていた・・・・・とほほ
だって、打倒、野田秀樹でしたからw
まあ、話はとぶが、某高校に演劇コンクールの脚本を書く際に目が覚めたが・・・w
で、そのシャーペンと消しゴム。ルーズリーフ(原稿代わり)に今まで、何枚書いただろう?まあ、二~三千枚は絶対超えてる気がするが、定かではない。あの頃、ペンダコに悩んだ日々が懐かしい。
しかし、好きな台詞だけでは、物語は成立しない。もちろん、同じ言葉の連用も避けたい。書けば書くほど、深い迷宮に迷い込む。脚本は設計図を書いておかねばならないよ。言われていた。簡単にいえば、あらすじってものを先に作っておきなさいと、演劇をする先輩方の助言を受けていた。深い、深すぎる。よく高校生が部活で脚本を書くが、必ずといっていいほど途中で挫折するとの話を聞いていた。その気持ちが書けば書くほど実感として身に染みている。やっぱ、書いてみるが、途中で嫌になって行き詰る。
そんな時に、自分の気持ちの持続法は、『辞書を見る』でした。
ひらすら、知らない言葉を捜し、意味を知る。その繰り返しで、行き詰まりかけた世界と展開を広げていくヒントを見出す。まあ、こんな方法使うのっておれだけだよなあって思ってたら、あのグレイのタクローも作詞に詰まったときに使うんだってw
一緒(^ω^)