是々初心忘るべからず

日々思ったこと

ヒマジン

2018-08-15 08:42:21 | 日記
イマジン
じゃない。

昨日の私はヒマジンだった。

このうちの嫁となり31年。
「嫁」を自覚する唯一のイベントがお盆である。

数少ない、たった二軒の親戚が訪ねてくるお盆の時だけ、
嫁を自覚し、役割を全うする。

といってもお茶をお出しし、話し相手になるだけ。




お盆をイベントなどと書いて、とんだ罰当たりだが、
墓参りをするのはご先祖様への感謝の気持ちで行なっている。

旦那さんに至っては亡き義母の月命日は墓参の日であるし、
私も毎日仏壇に手を合わせいる。

「子孫」などと遠い未来までは思いやれないが、我が子達がご先祖様に守られて健やかな人生が送られるよう祈っている。
また、ご先祖さま方や私たち日本人の先人の尊い犠牲で築いたこの世の平和の恒久も願っている。

(お盆に訪ねてきたのは親戚だけじゃなく、先月入籍した長男夫婦も来た。
墓参りと、じいちゃんの面会に行ってくれた。)





が、親戚づきあいが普段無い我が家にとってはお盆は、イコールその親戚が訪ねて来る日。
ちっさなイベントなのだ。

さらにイベント感を強くしているのが、
お盆の三日間にいつ訪ねてくるのかわからない、ということ。

サプライズを楽しんでいるわけではない。
アポなしが我が親戚の掟なのだ。

裏返せば、
お盆の三日間は何処にも出かけるはずがない
いつ行っても在宅に違いない
という、すごい思い込みでいるのだ、
あの二軒は。


おかしな親戚だ。
うちの旦那さんも含めて。

いつだったか、
旦那さんが二軒の家にお線香をあげにいっている間に、
二軒がかわるがわる訪ねてきたことがあった。
つまり、互いの一家の主人が留守に訪ねあったのだ。
変だ。
なぜ、アポをとらない?
なぜ、打ち合わせをしない?
たった三軒の間で。




という経緯で、
私の中でイベント化された親戚の訪問。

茶菓子を用意し、
お供物の返しの菓子折りを用意し、
部屋を涼しくして待機。

準備万端であとは待つのみ。


待つ以外は特にやることもなく、
昨日はヒマジンとなったわけだ。




あ、
間違えた。
やることがなくではなく、
出かけることができなかっただけで、
やらなくてはいけないことはそこそこあるし、
むしろ片付けだの整理だの、
今やらなくてはいつやる?てなこともあったんだ。

けれど、「待ち」は他のことに手を出す勇気を無くさせる。
どういう心理状態かわからないが、
「待ち」はそれだけで立派な仕事なのだ。


「待ち」のおかげで手に入った「ヒマ」も、
実は立派な仕事なのではないか?
欲しくても手に入らないものでもあり
自分の裁量で手に入れることもできる
それが、「ヒマ」。



戦中、戦後、そんなものは無かった。
こんなことを呟いたら、非国民と糾弾されるかまたは死んでいたに違いない

今の世の中はありがたい。
自分の身分、生活がありがたい。



ちょっと「ヒマ」に理屈をつけてみた。







かくて昨日の夕方、アポなし突撃親戚お盆訪問は無事終了。

今日までお盆ではあるが、
任務を遂行した私は晴れてヒマジンから解放された。





今気づいた。
そんなにヒマだったならブログを更新すれば良かった。
たまってる記事を編集して投稿すれば良かった。

ヒマジンはあまり過ぎると、頭の中を軽くし、ボケていく。

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