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岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

闇 107(副業開始編)

2024年11月18日 20時02分20秒 | 闇シリーズ

2024/11/18 mon

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群馬の先生が感じた山崎ちえみのパワーストーン。

俺はビニール袋で何重も包み込み、目の前の駅ビルぺぺのゴミ箱へ捨てた。

まったくチャブーの奴、変な物を京都から持って来やがって……。

うちの整体が呪いで潰れたら、どうしてくれんだ。

幼少時代のピアノの先生、敦子先生から連絡が入る。

「ん、どうしました、先生」

「うちの友美がね、カナダでやった世界大会優勝したの!」

「バトントワリングですよね?」

「そうそう」

「…て事は金メダルですよね?」

「そう!」

飯島友美ちゃんの世界大会優勝

日本人が世界大会で優勝、金メダルである。

フィギュアスケートならちやほや過熱報道するマスコミ。

何故お祭り騒ぎにしない?

バトントワリングはオリンピック競技ではないからか?

日本のマスコミの報道姿勢が不思議でしょうがなかった。

俺は素直に心から喜べたし、あの時整体に来た子が素晴らしい栄誉を勝ち取った事を誇りに思う。

地元の川越市で市長からの表彰などはあったが、俺が思ったようなお祭り騒ぎは無い。

どこか物足りなさを感じる。

川越でも地域活性化と謳う人間は多い。

何故この偉業を地域活性化として活かさないのか?

敦子先生の友美ちゃんは、俺にとって身内みたいなものだから判官贔屓なのか。

いや、それでは弱者に対して第三者が応援したくなるという表現だから少し違う。

もしくは依怙贔屓という表現が適切なのか?

いや、それじゃ金メダル取った友美ちゃんが、何だか不正したみたいな感じになってしまう。

難しい言葉で表現するのはやめよう。

一つ言えるのは、この現状を俺が面白く思っていないのだ。

 

実家で働くようになった伊藤久子が顔を出す。

彼女とは小説の一件で色々あったが、岩上整体の開業には祝い金を出してくれ良かれと思っての行動が分かり、自身にあったわだかまりは解消した。

彼女も整体を受けに来る機会が多い。

伊藤は家の内情をよく教えてくれる。

「今日ね、また由美子さんとあなたのお父さんが衝突しちゃってね」

あの役員会議以来、俺はあまり家族とは関わらないようにしていた。

一銭の得にもならない事に首を突っ込んだ。

弟の徹也から「兄貴はいつでも無関心」と言われ、親父が内緒で加藤皐月と籍を入れて家に住み着き、滅茶苦茶な環境の中、俺は何とかしようと動いた。

あれだけ嫌な思いをした結果はどうだ?

おばさんのピーちゃんからは俺が勝手にお袋と親父を離婚させたから、加藤皐月が家に上がり込んだと責められた。

親父が社長になり、これまで働いていた職人さんたちは辞め、支店も独立。

加藤は我物顔で家にいて社長夫人気取り。

南大塚の悦子おばさんやおじいちゃんの為にやったつもりだった。

それが四千万円という金を岩上クリーニング本店…、つまり親父の元へ金だけ残してしまうだけだった。

そこへ駐車場で管理の仕事をしていた伊藤久子が家へパートとして入り、親父たちは新たな人材を自分たちの都合いいように入れている。

最近では加藤の娘婿である大室を陣営に引っ張り込んで、「お父さん、よく近所で一緒にランチをしているのを見るけど、智ちゃんどうなってんの?」と近所の人たちに聞かれたほどだ。

考えてみたら、俺は親父と二人きりで一度も食事をした事が無かった。

異様な親子関係。

連雀町内で俺と親父の仲の悪さは、誰もが知るほどだ。

この手で本当に殺そうと首を絞めた。

あれほどの殺意に包まれた俺は、おじいちゃんがいなければ人生を危うく踏み外す一歩手前だったのだ。

それと群馬の先生のあのタイミングでの電話。

滅茶苦茶な人生ではあるが、本当の土壇場で俺はいつも誰かしらにこうして救われている。

おじいちゃんの存在がいたから、片親だったが不都合など感じた事もない。

駄目だ…、どうも家の事を考え出すと頭が混乱する。

いくら考えたところで何の解決もできないし、あの家が生涯まとまる事など無いのだ。

おじいちゃんにだけ被害が及ばなければ、俺はもうそれでいい。

これ以上親父と加藤にも、捻くれた性格のおばさんにも関わりたくなかった。

施術をしながら伊藤久子の話で、実情を知る程度が今はちょうどいい。

それよりも俺はこの岩上整体を死守するほうが、大切な事だ。

ストックしてある資金も目減りしていく日々。

家賃まで払えないなんてなったら、どうする?

群馬の先生のところへ行き、気分はスッキリできた。

ただこの積み重なる日々が心をどんどん重くさせる。

どうやったら、安定するほど患者が来てくれるのだろうか……。

 

先輩の岡部さんが岩上整体へやって来た。

「智一郎、中々時間作れなくて悪かったな」

「何を言ってんですか。俺だって岡部さんのところ全然顔出せていないんですから」

「お互い小さいけど一国一城の主になっちゃったもんな」

自分で経営するとは、全責任を背負うようだ。

儲かっていればいいが、駄目ならその苦しみはすべて自分自身へ降り掛かる。

疲れているところを無理して来たのか、施術中岡部さんはいびきを搔きながら眠ってしまう。

そんな状態の中、わざわざここへ来てくれて感謝を覚えた。

ドアが開く。

俺は岡部さんを起こしたくなくて、来た患者すべてを丁重に断った。

二十代の頃、まだ生きていた野原さんとよく三人で馬鹿みたいに酒を飲んだ時期が懐かしい。

亡くなった野原さんの無精髭を葬儀の時、俺は勝手に受け継ぎ未だ俺は髭を生やしている。

彼のほうに野放しではなくキチンとカミソリで整えてはいるが、それで唯一の繋がりを保っているという意識はあった。

目を覚ました岡部さんは何度も申し訳ないと謝ってくる。

ずっとこの人の常識、モラル、考え方を見本にしてきた。

それは今でも変わらない。

岡部さんはいくらだと聞いてくる。

俺は「施術代など取れない」そう答えた。

「馬鹿野郎、おまえふざけんな」

そう言って岡部さんは一万円札をベッドへ置いて出て行った。

 

岩上整体の患者のリピーター率は八割ほどある。

しかし来る度毎回きちんと治してしまうから、患者の身体のガタが来るのは数ヶ月先になってしまう。

立ち仕事で常に身体に負担の掛かる床屋の長澤さんや、美容師の小輪瀬さん、銀行員の渡辺信さんは週に一度は来てくれる。

森昇のお袋さんやトヨタ主幹の中原さんなどは、俺の事を気遣い応援する意味で通ってくれている気がした。

小料理屋こしじの岩沢さんは、本当に俺から気が出ているのか知らないが、岩上整体を気に入って来てくれている。

きょうちんなんかもその類いだな。

ん-、あと定期的にってなると二ヶ月以上空いたり、または三ヶ月空いたりだもんな……。

あ、あとは泉ちゃんも来るけど、あの子収入少ないの知っているから正規で料金取れないんだよな。

ゴリやチャブーはよく来るけど、患者でも何でもないただのゴミ。

リピーターじゃない患者が来ても、初診千円だから収入へ直結しない。

もう少し短い間隔でリピーターが欲しかった。

じゃあ治す一歩手前で?

次にいつ来るか予約を入れさせて……。

馬鹿かよ。

それこそ俺が整体を開業し、ここまで苦しみながらやってきた意味合いが無くなってしまう。

あの入間市からわざわざ来た八十一歳の患者さんを思い出せ。

杖をつき、歩くのもままならない。

どこの接骨院行っても整形外科行っても、まったく良くならない。

「先生…、私はほとんど匙投げられた状態なんですが、それでも診てもらえますか?」

「……。楽にできるかどうかは分かりません…。でも精一杯最善を尽くします」

岩上流三点療法、長時間に渡る高周波。

痛みを確認しながらのストレッチ。

できる事は全部施術に加えた。

「え! 杖ついてないのに歩ける?」

おばあさんは驚きながら、ゆっくり歩く。

俺もビックリした。

「先生…、ありがとう…。本当にありがとう……」

両手で握手され、何度も頭を下げてくれた。

何故良くなったのかなんて俺にも分からない。

でも、少しでも楽になるように…、心を込めてやっただけだった。

霊障?

群馬の先生はそう言った。

俺が払えたから?

右手を眺める。

祝詞か……。

でも患者が来なきゃ、何の意味も無いじゃないか。

 

秋葉原の裏ビデオ屋『アップル』、そして神田の『パイナポー』。

一から店を立ち上げ共に仕事をした長谷川昭夫が、知人の斎藤裕二を連れて岩上整体へやって来た。

俺にとって複雑な関係。

新宿での裏稼業をもう引退しよう。

そう思うような扱いを受けたのだ。

「岩上さん、遅くなっちゃったけど、これおめでとうございます」

「久しぶりだねー、岩上ちゃん」

長谷川と斎藤は祝儀袋を手渡してくる。

「いやいや何ですか、突然…。受け取れないですよ」

「何言ってんの、岩上ちゃん。こういうのは出した手前引っ込めるなんて無理なんだから、遠慮しないの」

斎藤に諭され祝儀を受け取る。

「いやー、昭夫と岩上ちゃんのブログよく見てるよ」

斎藤裕二…、彼は長谷川の地元仙台の幼馴染。

新宿にあった長谷川の事務所で数回会った程度だが、妙に俺の事を買ってくれている。

「岩上ちゃんは頭いいんだから、弁護士になればいいのに」

「岩上ちゃんはタカ派の政治家になってほしいなあ」

当時はよくそんな無茶を言ってくる人だ。

大学すら出ていない俺が、弁護士になどなれる訳が無い。

それに政治にも興味無いし、タカ派の意味すら分からない俺が政治家などにどうやってなれと言うのだ。

長谷川に対しては、俺が少し思い違いをしていたのかも……。

「あなた、命まで取られますよ」

以前群馬の先生にそう言われたが、秋葉原と神田の二店舗が警察に捕まった時点で、もう俺は必要無かったのだ。

山下の歩合を認めさせ、月に百万円近くの給料を発生させるようにしたのは俺だ。

オーナーはあくまでも仙台にいる韓国人夫婦。

長谷川も雇われでしかないのだ。

きっと俺の給料を上げる権限すら無かったのだろう。

石黒がパクられ上から俺のクビを宣告された長谷川は、立場上仕方なく泣く泣くあの日俺に言ったのかもしれない。

元々人柄はいいのだ。

俺は当時百合子にも給料の件で責められ、あえて長谷川を悪く取るようにしていたようの思う。

俺が整体を立ち上げたと新宿で聞き、わざわざ斎藤まで連れて祝い金持参で来てくれたのだ。

そこは素直に感謝を覚えなければいけない。

給料面で不服はあったものの、自由に仕事をやらせてくれ楽しい日々を送っていたのである。

長谷川に対し過去のわだかまりが消えた。

知人の斎藤裕二にしても、こんな祝い金まで用意してくれるほど親しみを感じてくれたなんて本当にありがたい。

 

ワールドワン時代の系列店『チャンプ』。

そこの店長を務め、その後新宿ゴールデン街で『アーリーズバー』を現在は経営する有路から連絡があった。

「岩上、たまには飲みに来いよ」

「いや、それが整体の方行き詰ってしまって…、あまり遊ぶ余裕も無いんですよ」

「番頭だった佐々木さんや、チャンプにいた中島はよく来るよ」

「え、本当ですか! 佐々木さんにまた会いたいなあ」

チャブーと久しぶりの再会の中、池袋へ来て欲しいと呼ばれて行った以来の佐々木さん。

あの人に俺は恩義がある。

「今日辺り来るかもよ」

「あ、じゃあちょっと顔出そうかな」

「岩上来るなら、中島にも声掛けとくよ」

患者が来ないと神妙な顔つきで整体の中にいても駄目だろう。

今の俺は気分転換も必要だ。

佐々木さん来るんじゃ、内縁の妻の人が実際本を出しているのだ。

俺は『新宿クレッシェンド』を印刷し本にして持っていこうと思った。

整体を普通にやって、夜になった久しぶりに新宿へ行こう。

印刷をしていると、ドアが開く。

やっと患者か……。

入口へ向かうと「おお、身体本当に大きくなったんだねー」と声を掛けられる。

中学時代の同級生、熊倉瑞樹が立っていた。

「おおっ! 熊倉じゃねえか。中学以来? 本当久しぶりだね」

彼女は中学三年生の時同じクラス。

成績優秀で高校は川越女子高校。

偏差値七十くらいある優秀女子高の出身。

飯野君同様ミクシーでの再会。

今度整体行くねとはコメントくれたが、まさか社交辞令でなく本当に顔を出してくれるとは思わなかった。

「今日はうちの娘と息子も連れてきたの」

前回子供四人を連れてきた増田清子と同じパターン。

俺はチビッ子好きなのは変わっていない。

冷凍庫にチビッ子が来た時用のアイスまで用意してあるのだ。

熊倉瑞樹の身体をメンテナンスしながら、子供達にはお菓子やアイスをあげる。

今日は早めに店を閉め、久しぶりの新宿。

「また来るね」と笑顔で熊倉親子は帰っていく。

今回も無料にしてしまった。

まあ今日飲んで遊んでから、ゆっくり対策を考えよう。

 

西武新宿線本川越駅から特急小江戸号で四十五分。

久しぶりの歌舞伎町だった。

まあ今回この街には用など無い。

俺は真っ直ぐゴールデン街へと向かう。

二階へ続く暗く狭い階段をゆっくり上がる。

カウンター席のみだけの有路の店へ到着。

「おお、岩上さん!」

メガネを掛けた坊主頭の男が大声を上げた。

「ナカジー久しぶりじゃん」

チャンプの従業員だった中島は神経の細かい奴で、円形脱毛症がどんどん広がり仕方なく坊主頭にしたようだ。

「あ、紹介します。自分の女房です」

「早苗です。はじめまして」

一歳の子供を抱いたまま中島の奥さんは挨拶してくる。

「あれ、有路さん。佐々木さんは?」

「あー、急な用事入っちゃったみたい」

「えー、残念だなー。俺の小説持ってきたのに……」

自作の『新宿クレッシェンド』をカウンターの上に置くと、中島の奥さんが反応する。

「何だかみんな小説書いているのね?」

「え?」

「さっき有路さんから借りたんだけど、その今日来なかった佐々木さんの奥さん? 天藤翔子さんの『極道な月』を今ちょっと読んでいたの。私、本好きだから」

随分話好きで気さくな奥さんだ。

「じゃあ俺の小説も見てみてよ」

俺はナカジーの奥さんへ『新宿クレッシェンド』を渡す。

数年ぶりのナカジーとの再会。

彼と一緒に仕事をした事は無い。

「あ、有路さん、俺はグレンリベットをストレートで」

俺がチャンプを辞めて、ワールドワンで働いている頃に入ったので被っていないのだ。

当時店長だった有路や原と話をしに行った際、顔見知りになっていた。

ナカジーは異常な潔癖症で、今隣にいる自分の子供ですら一緒のお風呂に入るのは嫌だと言う。

よくそれで奥さんとセックスなどできたものだ。

今では裏稼業は辞め、建築系の仕事にパソコンを使ったちょっとしたアルバイトをしているようだ。

アルバイト……。

岩上整体を週三日休みにして、その日をアルバイトすれば、今の苦しい現状からは立ち直れるかもしれない。

俺は中島へアルバイトをそこへ週三で頼めるか聞いてみる。

「問題無いとは思いますよ。ただ場所は池袋になりますよ」

「全然構わないよ」

岩上整体が患者で潤ってきたら、回数を週に一日にしたりして調整すればいいのだ。

まず今は窮地を脱出する事を考えないと。

本当にあそこは坪二万六千以上の家賃を取って駅前だからと言っているくせに、全然集客効果が無い。

「岩上さーん、今軽くパラパラ読んでみたけど、こっちの『極道の月』はちゃんと校正された本で、岩上さんのは誤字脱字多くてもっと校正作業しないと」

ナカジーの奥さんが的を得た事を言ってくる。

「まあ俺のは、編集者も何も通していないからね」

暇な時クレッシェンドを見直して誤字脱字のチェックもしないとな。

彼女は結婚する前はキャバクラで働いていたらしく、現在月に手取りで三十万いくかいかないかのナカジーの収入へ不満を漏らす。

「ほんとこの人って甲斐性無いから生活が大変。子供がもう少し大きくなったら、私がキャバクラへ復帰すれば……」

子供を産み体格が崩れたままの彼女。

誰がどう見てもこの子をキャバ嬢なんて思う男などいないだろう。

過去の若いチヤホヤされた時期が忘れられず、未だそこに拘っている。

「だいたいこの人はね……」

裏稼業を辞め、真面目に働いているナカジーの顔を立てず、自分に都合のいい話ばかりする奥さんへ段々イライラしてきた。

「おい、中島は家族の為にちゃんと汗水垂らして働いてんじゃねえかよ」

「だからこの人の稼ぎじゃって話をしてんの。私があと二年もしてキャバ嬢復帰したら……」

「思い違いするな。君が二年後キャバクラで働いたとしても、需要なんてまるで無い。少しは真面目に働く旦那さんに感謝する事を覚えな」

気まずい雰囲気にはなったが、専業主婦で元キャバ嬢というだけで勘違いした女に正論をハッキリ言ってやる。

後日中島からメールが届き、先日は帰って滅茶苦茶罵られたけど俺の台詞が嬉しかった事と、アルバイトする会社の連絡が書いてあった。

履歴書をまた書くようか。

面倒だけど、岩上整体存続の為には仕方がない。

 

ナカジーが紹介してくれた会社は、池袋駅西口から少し歩いた劇場通りを入った先にあった。

履歴書を見る会社の幹部連中。

その内の一人が「この人、職歴なんだか凄くないですか? 現在も整体を経営しながら当社で働きたいなんて。しかも元全日本プロレスですよ」と騒ぎ出した。

俺は少し待たされた状態で、何やら話し込んでいる。

「岩上さん、採用なんですが、アルバイトという形よりも業務委託社員として、SEやってもらえませんか?」

SEって、システムエンジニアの略だよな?

まあ先輩の坊主さんからパソコンのシステム的な事は嫌ってほど叩き込まれてはいる。

「え、いいんですか? 私、整体もあるので週に三回しかここで働けませんよ?」

「全然それでも構いません。今ちょうど当社のアフィリエイトで大失態を犯してしまい、それの処置でパソコン詳しい人本当に必要な状態だったんですよ」

週三回の委託社員として俺は仕事が決まる。

アルバイトのナカジーとは部署が違うので、顔を合わせる機会も無かった。

副業が始まる。

「初めまして、岩上と申します」

自分の部署へ案内されると早速テーブルが用意されている。

「どうも、浜田信長です。あ、岩上さん、この席使って下さい」

信長?

随分凄い名前であるが、顔はダウンタウンの浜ちゃんそっくりだった。

もう一人の同僚は大友ひろし。

メガネを掛けた線の細いキノコみたいな頭をしている。

「この三人だけの部署なんですけど、岩上さん、BBアフィリエイトって知ってます?」

「アフィリエイトを知っていますけど、その名前は初耳ですね」

「これってうちの会社がやっているんですけど、最初の設定失敗しちゃいましてね……」

アフィリエイト…、ブログなどで広告を貼り付けリンクを貼るやつか。

インターネットが当たり前になった現在だからこそのものだろう。

企業などが広告手段の一つとして利用され、リンクを貼った広告をクリックすると発生する『クリック課金型』と商品やサービスを購入して始めて報酬が得られる『成果報酬型』がある。

俺もやってみようとは一時思ったが、面倒臭いので手は出していない。

状況を聞くと、あまりアフィリエイトの仕組みを知らない俺ですらよくこんな条件でやろうと思ったのか不思議でしょうがない。

アフィリエイトといっても無数のところがあり、アフィリエイターたちがどこのところを使うかで、広告を載せる企業もまったく変わって来る。

理想は多くの人が宣伝してくれるアフィリエイトだが、人が集まらなければ話にならない。

この会社BBアフィリエイトは人を集めるのに、登録をすれば八千円もらえるというキャンペーンを始めたようだ。

しかも名前住所連絡先など基本的な情報以外にも、銀行口座や運転免許証や保険証の提示など審査にうるさいところも多い。

だがこの会社は名前住所メールアドレスだけで、八千円あげるとやってしまった。

しかも無料で簡単に何個も作れるフリーメールアドレスでOK。

募集者が鬼のように訪れ、俺が来るまでその対応で浜田と大友は整理に追われているというのが実情だ。

俺はまず応募条件を見直すところから始め、一時的にBBアフィリエイトの休止を提案した。

欲深い人間たちは、こんなものを見つけたら砂糖にたかる蟻のように増殖するだけ。

今現在の休止になる前に応募した人たちへの八千円は払わないとマズい。

ざっと計算すると三千万円の損害なのだ。

やってしまったものはしょうがないので、二次損害をどれだけ減らすか。

俺の仕事はそこからのスタートとなった。

 

週三回副業で池袋の会社へ行き、月給で二十三万。

月に十二、三回の勤務で二十万を超えるのは大きい。

交通費が出ないのは仕方ないが、これで岩上整体を維持するだけの環境は整った。

常連患者から週四回になった岩上整体に対し、不満の声は上がる。

しかし維持する為には仕方がない。

システムエンジニアのほうは、朝九時から一時間食事休憩を挟んだ夕方六時まで。

川越に戻って準備まで一時間あれば、岩上整体を少しやるのは可能だ。

前日までに完全予約でする人がいるなら、池袋の後でも整体を開ける。

万が一を考えて池袋出勤日の時は、予約を受けるとしても夜八時からにしよう。

土日は岩上整体に当てるので、残りの火曜と木曜は通常整体営業。

それに伴い初診千円のチラシを変えて、通常料金のみでしか施術を受けないようにした。

さすがにボランティア感覚ではやっていけない。

リピートで来てくれる患者が俺の生命線であり、千円という安さで釣られて来る患者へ気を使っても意味が無いという結論からだった。

週に三回も整体を閉めて、他所へ働きに行っているのだ。

岩上整体協力店への広告の貼り換えを九十六軒やるのは大変だったが、仕方がない。

高い家賃を払いながら自分のやっている事が、周りから見れば馬鹿に見えるだろうな。

それでもせっかく開業したのだ。

少ない人数でも俺を慕って来てくれる人たちの為にも頑張りたい。

そんな状況で七月の川越提灯祭りがやって来る。

昼過ぎなので人の出はまだまばら。

目の前でステージを組んでいるので、うるさいだろうな……。

夜になると人が多くなり、ステージでは大きなスピーカーで歌が流れる。

屋台も目の前に出されるし、本当にうるさいし、これただの営業妨害だろ……。

あー、仕事にならないじゃねえか。

俺は張り紙をして整体を一時的に閉め、祭りを楽しむ事にした。

子供も頃から変わらない祭りの景色を見ながら、どうしても歩く方向は自分の町内へとなる。

家の近くのピアノのくっきぃず前に来ると、先生のところへ通っているチビッ子たちが集まってきた。

ネット上で俺が親指一本で持ち上げる映像を見て、みんなやってもらいたいらしい。

「よし分かったぞ、ゴマシオども。俺が一人一人やるから順番に並べ」

くっきぃずのスタッフへカメラを渡し、動画撮影をするよう指示する。

「お兄ちゃん、もう一回もう一回!」

「駄目、一人一回ずつ」

いくらゴマシオ好きでも、こんな数のチビッ子を複数回持ち上げていたら、仕事に支障が出てしまう。

結局土日は整体を開けていたのに、提灯祭りでほとんど仕事にならなかった。

 

小学から同級生の滝川兼一のお袋さんから電話が入る。

お袋さんは銀座通りで加賀屋という化粧品屋を昔から営んでいた。

「智ちゃん、一人患者さん診て欲しいんだけど」

加賀屋のおばさんは、俺が二十代くらいから慕ってよく顔を出すところである。

明るくいつも俺の心配をしてくれるおばさんに、どこか母親としての影を重ねていたのかもしれない。

「うちのお客さんで橋本さんって方。今から向かわせるからお願いね」

年は六十代前半。

慢性的な肩と腰の凝り。

俺はいつものように高周波を使った三点療法で楽にしてあげる。

「加賀屋のお姉さん…、あ、私より少し年上なんで勝手に慕ってお姉さんと呼んでいるんですけどね。本当ここに来て良かったです」

橋本さんは目をクリクリさせながら感動してくれた。

「そういえば先生は、どちらで整体を学んだんです?」

「ああ、うち…、ホームラン劇場分かります? あそこの目の前なんですけど、そこからすぐのところにTBB総合整体ってあったんですよ」

今では連絡の取れなくなってしまった島田先生。

それでも俺にとって五年間無料で施術の仕方を教えてくれた恩師である。

「その先生が毎日五年に渡って……」

「え、TBB?」

橋本さんが大声を出す。

「はい、ご存じでしたか?」

「TBB! あの先生はね、私は散々通いましたよ、あそこへ……」

え、何か怒っている?

「あそこを辞めるって言うから、新しいところにも行きますよって言ったら、あの先生…。これからは若い女の人対象で顔を小顔にする事しかやらないんだとか言って……。若い人じゃないと診ないんですって!」

ゲッ、ひょっとしてTBB総合整体の話は、橋本さんにとって禁句…、地雷だったのか……。

こうなると俺が島田先生のフォローをしたところで焼け石に水状態。

何とか宥め透かし、橋本さんは帰っていく。

この後も彼女は岩上整体は気に入ってくれたようで、定期的来てくれる患者となった。

 

『第一回世界で一番怖いグランプリ』一次選考通過通知が来る。

 

1 忌み嫌われし子 - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

忌み嫌われし子幼少時代、私は幸せか不幸せかといったら、間違いなく後者だった。父親はよそで女を作り、私と母親を捨てて出て行った。残されたもの、それは借金だけ。まだ...

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出した作品は『新宿の部屋』時代から仲良くしているうめちんに選んでもらった『忌み嫌われし子』。

俺自身が意識してリミッターを外して書いたホラー作品であり、二年半付き合いが続いた百合子と別れるきっかけになった小説。

『新宿クレッシェンド』は現在最終選考を通過し、こっちも一次選考通過。

ひょっとしたら泣きたいと怖いダブルで受賞なんて事になったら……。

そういえば毎日のようにMSNチャットで近況をやり取りしていたうめちんが、最近妙に余所余所しいな。

俺は彼女へ一次選考通過の報告も兼ねてチャットでメッセージを送った。

「おめでとうございます」

ん、何かテンション低いな?

いつもなら弾む会話が全然弾まない。

俺は正直に何があったのか聞いてみた。

「前に智ちんの整体に雷落ちた事あったでしょ?」

「うん、一時パソコン壊れたやつね」

「その前に群馬の先生が智ちんには雷神の加護があるって記事見て…。あの雷落ちたので、私はこの人と関わって邪魔をしてはいけないって、雷神に怒られた気がして……」

「え、何それ?」

確かに群馬の先生には雷神の加護があると言われた。

何故雷がうちの整体に落ちた事が、関わらないほうがになるのか?

「関わらないと言うか、智ちんの邪魔をしてはいけないと怒られた感じがしたの」

「邪魔って俺は、全然そんな事思っていないに決まってるでしょ」

「よく分からないんだけど、私はそう感じたの。ごめんなさい」

チャット上から去るうめちん。

え、何でそうなるの?

何故いるかどうかも分からない神様に覚えているの?

チンプンカンプンだ。

携帯電話が鳴る。

「え……」

群馬の先生からだった。

先生から電話なんて、去年百合子に罵倒され親父を殺そうと部屋へ向かう時以来。

恐る恐る電話に出る。

「岩上さん…、鹿島神宮へ行って下さい」

「はあ? どこです、それ? 先生、俺が経営苦しくて池袋まで週三で働きに行っているの言いましたよね? 今そんなところへ行く暇なんて無いですよ!」

開口一番鹿島神宮へ行けなんて、先生は何を言っているのだ?

「私が言っているのではありません!」

いつにない厳しい口調の先生。

「じゃあ何なんですか?」

「伝えてくれと頼まれたのです」

「誰にです?」

少し俺は苛立った言い方で答えた。

群馬の先生には当然感謝している。

だが、彼女のこの電話は意味が分からな過ぎる。

「神からです」

「はあ? 神?」

「いいから鹿島神宮へ行って下さい。私は伝えましたからね」

そう言い残し電話は切れた。

さすがに胡散臭いだろう?

雷神の加護があると言っていた。

雷電が守護霊だとも言った。

雷神が俺を鹿島神宮へ?

いやいや…、さすがにそれはおかしいでしょ?

俺は明日になったら池袋へ金を稼ぎに行く。

次は岩上整体通常営業。

次はまた池袋。

休み無しで行動しているのに、どうやって鹿島神宮へ行けというのだ。

金が無きゃ、この岩上整体だって続けられない。

現状のこの環境は正直不本意だし格好悪い。

でも生き残る為の選択をし、俺は動いている。

悪いが今回だけは群馬の先生の言う事に賛同できない。

遊びでやっているのではないのだ。

 

闇 108(鹿島神宮編) - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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