お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

怪談 黒の森 22

2020年04月26日 | 怪談 黒の森(全30話完結)
 坊様は数珠を首に掛け直すと、祠の観音開きになっている扉に手を伸ばした。左右の扉をそれぞれの手で掴み、力任せに開けようとする。しかし、開かなかった。建て付けが悪くなってしまったせいもあるが、それだけが要因では無さそうだ。坊様は手を離し、顔を近づけた。扉の格子の間から中を覗き込んでみた。陽の光があるにも拘らず、中は見えなかった。深い闇になっている。
「はて、どうしたものか……」
 坊様は腕組みをして思案を始めた。おくみはじれったそうな表情をして、坊様の方へ行こうとする。藤島がおくみの肩に手を掛けた。強い力だった。おくみは藤島に振り返る。
「何も知らぬ我々が手を出してはならぬ。ここは御坊に任せることだ」藤島は言う。その顔は険しい。「迂闊に手を出しては、命取りになるやもしれぬ……」
「……さいですね。すみません……」おくみは素直に頭を下げた。それから改めて坊様を見た。「……でも、お坊様、大丈夫なんでしょうか……」
「ふむ……」
 藤島は曖昧に答えると、坊様を見た。坊様は相変わらず腕組みをして祠を睨み付けたまま動かない。
「きゃっ!」
 背後で悲鳴が上がった。おくみと藤島が振り返る。
 いつの間に現われたのか、新吉が立っていた。気を失ったお千加を小脇に抱えている。小柄とは言え、気を失ってぐったりとした女を片腕で抱え込むなどとは、人の力で為せるものではない。
 新吉の目は変わらずに白濁のままだった。更に口の両端を吊り上げて不気味な笑顔を作っている。
「お坊様! 新吉さんが!」
 おくみは坊様の背中に向かって叫んだ。坊様は振り返った。
「むっ!」
 坊様は言うと、地に刺していた錫杖を抜き取り、鐶を新吉の方に向け、振りながら念仏を唱え始めた。鐶のぶつかり合う音に坊様の念仏が乗って新吉に届いて行く。
「……うわっ! ひゃっ、ひゃっ、ひゃあ!」
 新吉は人の声とは思えない悲鳴を上げた。抱えていたお千加を落とす。全身を両手で叩き始めた。まるで火が着いたのを掃っているかのような仕草だ。……お念仏が効いているんだ! おくみはそう思いながら、新吉の不気味な様子を見つめていた。
 悲鳴を上げ続けている新吉に向かって藤島は跳躍し、抜いた刀の峰を新吉の腹に撃ち付けた。新吉は呻きも発せずにその場に倒れた。藤島は素早く刀を収めると、お千加を両手で抱え上げ、倒れた新吉の傍から離れた。
「さすが、藤島さん!」坊様は高らかに笑いながら祠に振り返る。「ははは、もうお前の手下はおらんぞ。思案の振りをして時を作ってやったら、案の定、新吉を使って来よった。お前の程度はこんなものだ。この大たわけが!」
 坊様は祠に向かって一喝した。……そうか、お坊様はわざと思案の振りをしていたのか。口出しをしようとした自分が何とも恥ずかしいねぇ。おくみはぺちんと自分の額を叩いた。
「お千加は大丈夫のようだ……」
 藤島は樹の根方に座らせたお千加の様子を見ながら言う。おくみはお千加を見た。お千加は穏やかな表情だ。憑りつかれてはいないようだ。……良かったよ、おくみはほっと胸を撫で下ろす。新吉はぴくりとも動かない。……藤島様の事だ、死なせちまったって事は無いだろうけど…… おくみは視線を坊様に向けた。
「あっ!」おくみは小さく叫ぶと、自分の口元を押さえた。祠全体から黒い霧のようなものが立ち上って来たからだ。震える手で祠を指し示す。「藤島様! あれ! あれ!」
 藤島はおくみが指し示した先を見る。
「祠が、どうかしたのか?」藤島は祠を見ながら言う。「何があったのだ?」
「見えないんですか……」
 藤島には見えないようだった。
 黒い霧は意思を持っているかのように、坊様の足元に纏わりつき始めた。徐々に足から膝へと這い上がって行く。
 おくみはその様子を全身を震わせながら見つめていた。


つづく

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« コーイチ物語 3 「秘密の物... | トップ | 怪談 黒の森 23 »

コメントを投稿

怪談 黒の森(全30話完結)」カテゴリの最新記事