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怪談 黒の森 29

2020年05月24日 | 怪談 黒の森(全30話完結)
 掘っ立て小屋に、坊様、おくみ、お千加、新吉の四人が囲炉裏を囲んでいた。しんとした四人とは逆に、外の雨音が騒々しい。
 新吉は悄然としていた。お千加は囲炉裏の揺らめく炎を目で追っている。おくみは時々溜め息をつく。坊様は枝で囲炉裏を突つき火の加減をしている
「……なんとも、怖ろしいお話で……」新吉がかすれた声で言う。「お恥ずかしい事ですが、何も覚えちゃいないんですよ。皆様には大層なご迷惑をお掛け致しました……」
「いや、気にする事は無い」坊様が手を止めて言う。「悪いのは、祠に居った大たわけじゃ」
「そう言って頂けると、少しは救われた気が致しますです……」
「藤島様……」お千加が呟く。泣き疲れた目は真っ赤になって腫れている。「こんな、わたしを助けるために……」
「お千加さん、それは言いっこなしだよ」おくみは、また泣き出したお千加の肩を優しく抱く。「それにね、お千加さんだけじゃない。わたしたちみんなをお助け下さったのさ。一人で責を感じるこたぁ無いよ」
「……そうじゃ」坊様は頷く。その表情は硬い。「偏(ひとえ)にわしの未熟さ故じゃ……」
「お坊様も、そうご自分をお責めにならないで下さいましな。」おくみは言う。「お坊様のお蔭で、この森は穏やかな森になったんですから……」
「それにしても、藤島さんには詫びても詫び切れん……」
 坊様は囲炉裏に持っていた枝を放った。ぱちぱちと火の粉が爆ぜる。
「……もう四日が経ったか……」
 坊様は呟いた。
 藤島が自らの命で皆を救ったその場所に、その骸を埋めた。
 祠の鎮守様がお守りになって下さると、お千加とおくみが言い張ったからだった。坊様は小屋から朝と夕にそこへと通い念仏を上げた。おくみ、お千加、新吉もそろって通い、手を合わせた。神域に念仏とは妙な話だが、気にする者はいなかった。
 新吉が古着とは言え女物の着物を持っていたので、お千加はそれを貰い、止血の際に染まったお千加の着物は、土饅頭の横に埋めた。お千加に出来るせめてもの償いのつもりだった。
 今も朝の念仏を終えて戻って来たところだった。
「藤島様、雨で冷たくないかしらねぇ……」
 お千加がぽつりと言う。
「大丈夫だよ」おくみが強いて明るい声で言う。「お千加さんの着物が隣にあるんだ。今頃はそれに包まって、まるでお千加さんと一緒になった心持ちだろうよ」
「そうじゃのう」坊様も頷く。「お千加さんは立派な功徳を施したのじゃぞ」
「そうでしょうか……」お千加が呟く。「……藤島様……」
 また皆で押し黙って囲炉裏の火を見つめる。
「……どうじゃ、皆、そろそろ出立せぬかな?」不意に坊様が言う。「何時までもここに居るわけには行くまいて……」
「はあ、左様で……」新吉は小さく頷く。「わたしも、そろそろ商いに戻りませんと……」
「そうよのう……」坊様も頷く。「皆も、それぞれ暮らしがあろうからのう」
「……お千加さんは行く所があるのかい?」おくみがお千加に話しかける。お千加は首を横に振る。「……そうかい。それじゃ、わたしと一緒だねぇ……」
「……いえ、本当は実家に帰ろうと思っていました。思っていましたけど……」お千加の頬に涙が伝う。「でも、藤島様に申し訳なくて……」
「お千加さん、気に病むでない」坊様が優しく言う。「供養は拙僧が続けておくよ。藤島さんは皆の気持ちは分かっているはずさ」
「そうなんでしょうか…… 初めの頃、藤島様には随分な事を言ってしまって……」
「お坊様のおっしゃる通りだよ、お千加さん」おくみが言う。「藤島様は良いお侍様だった。お千加さんの御亭主も良いお人だった。……おや、わたしの亭主だけが碌で無しだねぇ……」
「はっはっは!」
 坊様が豪快に笑った。つられてお千加もくすりと笑う。
「……おや、雨が上がったようですよ……」
 新吉が言う。屋根を打つ音が止んでいた。新吉は引き戸を開けた。明るい日差しが飛び込んでくる。
「多少はぬかるんでいますが、行けそうですね……」新吉は言うと、囲炉裏の傍に戻り、置いてある行李を背負った。「では、行かせてもらいます……」
「あ、そうじゃ、新吉さん、これを肌身離さず持ち歩きなさい」
 坊様は懐から布切れを取り出した。新吉はそれを受け取った。何やら文字が人の形を成す様に並んでいる。新吉は不思議そうな顔で坊様を見た。
「これはな、護符じゃよ。ぼろになっても良いから持っていることだ。そうすれば、この度のような目に遭う事は無かろう」
「……へい、有り難う存じますです……」新吉はそれを丁寧にたたむと懐へ入れた。「では、皆様、これにて……」
 新吉は頭を下げると、小屋から出て行った。


つづく

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