お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

ジェシルと赤いゲート 29

2023年04月20日 | ベランデューヌ
 ジェシルは銃を構え、じっと茂みを見つめている。ゆっくりと立ち上がった。何者かの気配が感じられる。宇宙パトロール捜査官としての経験から、それは間違いのない事だった。不意を突いて襲いかかってくるような野生の動物の類では無かった。
「誰? 出て来なさい!」
 ジェシルは詰問する。声は大きくはなかったが、刺すように鋭くて冷たい。
 茂みはぴくりともしない。
 ……ひょっとして、言葉が通じないのかしら? ジェシルは思った。ここがどこだか分からないのだ。
 ジェシルは宇宙公用語で同じ質問をしてみた。しかし、反応はない。茂みの中に気配は感じているのだが。
 ……仕方がないわ。脅かすために一発撃ち込んでみるしかないようね。ジェシルは出力を最小にしてから引き金に指を掛けた。
 と、茂みがざわざわと音を立てた。引き金の指が止まる。ジェシルはじっと茂みを見つめる。 
「あら……!」
 ジェシルは思わず声を上げた。茂みから現われたのが子供だったからだ。ちりちりで短い金髪、オレンジ色の肌、くりくりとした黒目勝ちの瞳、赤い唇、全身を青い色の布で出来た袖なしの服に膝までのズボンと言う格好だった。緊張しているのか、手を強く握り締めて直立している。
 子供はジェシルを真っ直ぐに見つめたまま動かない。ジェシルの方が対応に窮してしまった。ただ、相手が子供なので銃はしまった。そして、怖がらせないようにと、笑みを浮かべ、両腕を左右に拡げて見せた。子供は表情を変えずにジェシルを見ている。ジェシルは一歩前に出た。子供は一歩下がった。
「初対面じゃ、そうなっちゃうわよね……」
 ジェシルはつぶやきつつも笑みを絶やさなかった。全宇宙の男どもなら、このジェシルの笑顔だけで幸せになれるだろうが、子供は強張った表情を変えない。
「……言葉、分からないかなぁ? わたしはジェシルって言うのよ」
 ジェシルは子供に精一杯の優しい声で話しかけた。ジェシルの声の優しさが伝わったのか、子供の表情が少し和らいだように見えた。ジェシルはさらに一歩前に出た。子供は動かなかった。……少しは警戒心が解けたようだわ。でも、言葉が分からないんじゃ、これ以上はどうしようもないわねぇ…… そう思ってから、ジェシルははっと気がつく。……そうよ! ジャンがいるじゃない! 
「そこに居てね? 驚いちゃダメよ」
 ジェシルは子供に言い、その場にいるようにと言う手振りをした。それから、ジャンセンが登っている樹に振り返った。
「ジャン! 降りて来て! 緊急事態よ!」
 ジェシルは樹に向かって大きな声を出した。それから子供に振り返る。子供はそこにいた。
「……え? まだ登っている途中だけど?」
 樹の上の方からジャンセンののんびりした声が返って来た。ジェシルはむっとする。
「言ったでしょ、緊急事態なの! 悔しいけど、あなたの助けがいるの!」
「ぼくの助け? 冗談だろ?」
「良いから、早く下りて来て! さもないと熱線銃を撃ち込むわよ!」
「分かった、分かったよ。だから、早まらないでくれ」
 がさごそと音がした。幹に不恰好でへばりついたジャンセンが下りてきた。
「何だい、ジェシル?」ジャンセンは幹の途中で止まり、ジェシルに振り返る。ジェシルの先に子供の姿を認めた。「……おや? あれは……」
「そうなのよ、さっきひょっこりと姿を見せたんだけど、言葉が通じなくて……」ジェシルは困惑の表情でジャンセンを見る。「あなたなら会話が出来るんじゃないかって思って」
「う~ん……」ジャンセンは子供を見る。「その子の外見から察するに……」
 ジャンセンはつぶやくと、子供を見た。子供もジャンセンを見ている。ジャンセンは子供に話しかけた。それは、ジェシルが聞いた事の無い言葉だった。子供は驚いた顔をした。ジャンセンはもう一度子供に話しかけた。今度は子供は笑みを浮かべた。緊張が解けたようだ。子供もジャンセンに声をかけた。ジャンセンがそれに答える。子供もそれに返す。幾度かの遣り取りで、二人は笑い合った。
「ちょっと! わたし一人仲間はずれじゃない!」ジェシルはむっとした顔をジャンセンに向ける。「ちゃんと説明してよね!」
「え? ああ……」ジャンセンはジェシルに顔を向けた。「その子はケルパムって名前で、ふもとの村に住んでいる。ここら辺は彼の遊び場だそうだ。いつものように来てみたら、アーロンテイシアが居たので驚いたそうだ」
「アーロンテイシア……?」
「ほら、古代の女神だって話をしたじゃないか」
「ああ、この衣装の事ね……」ジェシルは今になって気がついたような顔をする。「すっかり忘れていたわ」
「忘れていたのかい!」ジャンセンが突っ込む。「君は着ている事を忘れるほどに普段からそんな薄着なのか? まあ、たしかに、ぼくが訪れた時も下着姿だったものなぁ……」
「フリソデを着ていたでしょ! 人を裸族みたいに言わないでよ!」ジェシルは口を尖らせる。「いつもは全身ぴったりのコンバットスーツを着ているわ!」
「……そんな事はどうでも良いんだ」不意にジャンセンが真顔になって言う。「問題はアーロンテイシアなんだよ」
「分かるように言ってよ」ジェシルは、ジャンセンの真顔を見て冷静になった。「どうしたって言うの?」
「アーロンテイシアは古代の女神って言ったろう?」
「そう言っていたわね……」ジェシルは言ってから気がついた。「この子、わたしをアーロンテイシアって言ったのよね? と言う事は……」
「そう、ここは古代って事だ」ジャンセンはうなずく。「しかも、ケルパムの肌の色から察するに、ここはペトラン宙域の惑星の可能性が極めて高い。そう思ってペトランの言葉で話しかけたら通じたよ」
「ええっ! あの辺境の宙域の!」
「そう。ちょっと方言っぽい言い回しが加わっているけれど、聞き取りやすい」
「じゃあ、あの赤いゲートから古代のペトラン宙域に飛ばされたって事なの?」
「うん、そう言えそうだねぇ……」
「あのさぁ……」ジェシルはじっとジャンセンの顔を見つめて訊く。「帰れるのかしら?」
「う~ん……」ジャンセンはジェシルから視線をケルパムに移した。「わっ!」
 ジャンセンは驚きの声を上げて樹から落ちた。下が草なのでケガは無かったが、ぶつけたお尻をさすりながら立ち上がった。ジェシルも振り返る。ケルパムは居なかった。


つづく

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