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ブラック・メルヒェン その17 「遅らばせのクリスマス・プレゼント」

2008年12月25日 | ブラック・メルヒェン(一話完結連載中)
「あ~あ、今年もダメだったわね・・・」
 小夜子が溜め息混じりにつぶやきました。昨日のクリスマス・イヴ、誰にもプレゼントが渡せませんでした。また、貰う事もありませんでした。
 彼氏もいない、友人もいない、今年で三十路、そんな小夜子でしたから、当然と言えば当然なのですが、いつも「今年こそは!」の意気込みだけは忘れてはいないのです。
「そうよ、努力はしたわ。ただ、結果が伴わないだけよ!」
 強気で自分を弁護したものの、心の奥では惨めな惨敗者を自覚しているのでした。
 ドアチャイムが鳴りました。
「誰?」
 アパートで一人住まいの小夜子はドア越しに厳しい声をかけます。
「あ、あのう・・・ 書留なんですが・・・」
「本物?」
「はい、本物です・・・」
 やっとドアを開けます。おどおどした若い配達員が封筒を差し出していました。
「印鑑かサインを・・・」
 小夜子がサインをすると、そそくさと行ってしまいました。・・・しまった、好い男だったわ! いつも気が付くのが遅い小夜子でした。
 室内に戻りながら封筒を見ます。軽くて薄い封筒でした。某テレビ番組紹介雑誌編集部から差し出されたものでした。・・・そう言えば、読者プレゼントに応募した事があったわね。あれって、いつぐらいだったかしら? よくは覚えていません。・・・ま、いいわ。遅らばせのクリスマス・プレゼントって事にしちゃおう。
 小夜子は封を切り、中身を出します。当選おめでとうございますと印刷された紙切れ一枚と、小さな黒い布切れが一枚が入っていました。
「何、これぇ・・・」布切れをテーブルに置いて、紙切れの方を読み返します。「ええと、『・・・この度、田倉桂一主演舞台“果てしなき王道”の衣装プレゼントのご応募頂き、当選をなさいました・・・』・・・ああ、あれかぁ!」
 たまたま買ったテレビ雑誌の読者プレゼントに応募したものでした。衣装プレゼントは、舞台で着用していた衣装を、細かく切り分けて総勢五百名にプレゼントと言うものだったのです。
 ただ、田倉桂一がどんな役者なのか、小夜子は全く知りませんでした。応募は暇つぶし、と言うか、面白がってしたものでした。
「こんなんじゃなぁ・・・」小夜子は黒い布切れを顔の前でひらひらさせました。「ま、いいか。何も無いよりは、ずっとマシだわね」
 その夜、小夜子は夢を見ました。
 遠くに黒いスーツの若い男が小夜子に背を向けたまま立っています。物凄い好い男だ、小夜子は顔が見えないのに、そう思いました。一緒になりたい、そんな衝動が走りました。そばに行こうとするのですが、一向に距離が縮まりません。小夜子は走ったり飛び跳ねたりしているのですが、全く効果はありません。そうこうするうちに目が覚めました。
「変な夢ね・・・」小夜子はつぶやきました。「欲求不満かなぁ・・・」
 ふとテーブルに目をやると、昨日届いた布切れに気が付きました。小夜子は手にとって見つめます。・・・これ、夢の中のあの人のスーツの生地っぽいわ・・・ なんとなくワクワクします。・・・これをそばに置いて寝たら、あの彼に近付けたりして・・・ 小夜子は自分の小娘っぽい思いに笑い出しました。
「でもねぇ・・・」笑い終わって真顔になると、ぽつりとつぶやきます。「夢でもいいから、楽しみたいわ・・・」
 その夜は、布切れをパジャマの胸ポケットに入れて寝ました。半分は冗談で、半分は本気で・・・
 また、夢を見ました。
 黒いスーツの若者が小夜子のすぐ前に立っていました。相変わらず、背中を向けています。
(ねえ、こっちを向いてよ)小夜子が後ろ姿に声をかけました。(こんなに近くにいるのに、つまらないわ)
 若者は振り返りました。思った通りの「好い男」でした。優しく微笑んでいます。
(僕は田倉桂一です。小夜子さん)若者はそう名乗り、小夜子の肩に手をかけました。(小夜子さんは、素敵な人ですね)
(何を言ってるのよ、わたしは三十路のオバさんよ)小夜子は照れたように答えます。(それに、わたしあなたの事知らなかったわ。悪いファンね)
(かまいませんよ。僕が小夜子さんを気に入ったんですからね)
(まあまあ、お上手ね)
(お近づきのご挨拶です・・・)
 桂一は小夜子の肩をぐっとつかむと、顔を寄せてきました。唇が重なりました・・・
「うわっ!」
 小夜子は飛び起きました。心臓がドキドキしています。唇に感触が残っています。・・・なに、なに、なんなのよう! 小夜子は胸ポケットから布切れを取り出します。・・・本当に効いたのかしら? それとも、やっぱり、欲求不満?
 次の夜もポケットに布切れを入れて寝ました。効き目が確かかを確認するためでした。本当は、夢でもいいから会いたい、そんな思いが強かったのでした。
 やはり、夢を見ました。
(小夜子さん・・・)桂一が小夜子を抱きしめています。桂一の抱擁は小夜子を恍惚とさせます。(もう離さない・・・)
(・・・わたしもよ・・・)小夜子も桂一の背中に手を回します。(ずっと一緒に居たい・・・)
 ・・・随分急な展開だわ。夢を客観視している小夜子は思いました。
(小夜子さん・・・)
 桂一が唇を重ねてきます。小夜子はそれを受け止めます。・・・まあまあ、わたしったらやっぱり欲求不満ねぇ。
(桂一さん・・・)長いくちづけの後に小夜子が言いました。(スーツ、黒より白が似合うと思うわ)
 ・・・何を言い出してるんだか、乙女ぶりっ子小夜子は!  
(そうですか?)桂一は言うと優しく微笑みました。すると、スーツは白になりました。(これでいいですか?)
(素敵よ!)小夜子は桂一に抱きつきました。小声で囁きます。(・・・あなたと結ばれたい・・・)
 ・・・おいおいおいおい! 夢とは言え、何て事を口走ってるのよ、わたしったら!
(小夜子さん・・・)
(いや、小夜子って呼んで・・・)
(小夜子・・・)
(桂一・・・)
「だあああああああ!」
 叫びながら小夜子は起き上がりました。
「これは完全に欲求不満ね! いやんなっちゃうわ! このせいね!」小夜子はポケットから布切れを取り出しました。「なによぉ、これぇ!」
 手にした布切れは白くなっていました。・・・夢の中でスーツが白くなったから? そんな馬鹿な! 背筋に冷たいものが走りました。・・・このままじゃ、何かやばい事になりそうだわ!
 小夜子は白い布切れを灰皿の上に置き、ライターで火をつけました。布切れは熱さに身をくねらせるようにしながら燃え上がり、焦げたにおいを残して灰になりました。
 なんとなくホッとした小夜子は気分転換にテレビをつけました。芸能ニュースをやっていました。
『・・・今飛び込んできたニュ-スです!』芸能担当の太めの男性アナウンサーが興奮気味に話しています。『三日前に交通事故に遭い、意識不明だった俳優の田倉桂一さんが、つい今しがた亡くなりました・・・』
「えっ!」小夜子は画面を見つめます。夢に出てきた顔が大写しになっています。「じゃあ、夢に出てきたのは、まさか、わたしを道連れにでもしようなんて・・・」
 小夜子は画面と灰になった布切れとを交互に見つめていました。

 皆様、想いは何かに宿り、誰かに伝わるものかもしれません。波長が合えば、全てを超えて結びつく事もあるかもしれませんね。ご注意を・・・




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