お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

ブラックメルヒェン その23 「お盆の帰省」

2018年08月17日 | ブラック・メルヒェン(一話完結連載中)
「行きたくない!」
 トオルは言うとそっぽを向きました。
「トオル!」母親がきつい口調で名前を呼びます。「いきなり、なんて事言い出すの!」
「いきなりじゃない! ずっと思ってたんだ!」トオルは母親を睨みます。「父さんの実家に行ったって、ちっとも面白くない! 父さんもおじさんたちも勝手に酒を飲み始めるし、母さんやおばさんたちは料理を作りながらわいわいやってるし……」
「みんなが集まるなんてお盆か正月だけじゃない。みんなの元気な顔を見る数少ない機会なのよ。おじさんたちやおばさんたちもトオルを見て大きくなって喜んでくれてるじゃない」
「それは大人の事情だろ? いとこたちなんか、みんな僕より小さいんだよ。いっつも僕だけ浮いてるし、いっつもいとこたちのお守りだし」
「トオルもいとこたちの成長を楽しめばいいじゃない」母親の声が柔らかくなりました。「ケンちゃんなんかひとつ違いじゃない」
「でも、中学校と小学校じゃ全然違うよ!」トオルは叫びました。「それに、ケンちゃんは外遊びばっかりで、僕はずっと嫌だったんだ。僕は家ん中で本読んだりするのが好きなんだ!」
「トオル……」父親が低い声で割って入りました。「どうしても行きたくないのか?」
「……」
 トオルは父親の厳しい視線に下を向いてしまいました。しばらくして顔を上げ、父親を睨み付けました。両手を強く握りしめています。
「どうしても、行きたくない……」トオルも低い声で答えます。「もう、子供じゃないんだ……」
「分かった……」父親は溜め息をつきました。「勝手にしろ」
「じゃ、もう寝る」トオルは言うと立ち上がりました。「そっちも朝早い飛行機なんだろ? 早いとこ寝るといいんじゃない?」
「トオル!」母親が叫びます。「……ちょっと、お父さん!」
 トオルはわざと大きな音を立てながら階段を上がります。部屋に入る前に「いいから、放っておけ、さ、寝るぞ」という父親の声が流れてきました。
 ……本当に、いやなんだ! トオルはベッドの中で思いを巡らせます。……僕はお守り役じゃないんだ! いとこなんて話も合わないし、うんざりなんだ…… なかなか寝付けませんでしたが、いつしか寝息を立てはじめました。
 目が覚め、のろのろと起きだし、階段を降ります。
 妙にしんとしています。
 ……そうか、出掛けたんだ……
 トオルは昨日のことを思い出しました。
 ……本当に出掛けたんだ…… 
 居間の壁掛け時計を見ます。九時三十分を示しています。
 ……今頃は飛行機に乗ってるんだな……
 テーブルの上におにぎりと便箋と使われなかったトオル分の搭乗券がありました。
 ……母さんか……
 おにぎりを食べながら便箋に目を通します。
『いつもの引き出しに帰るまでの三日間分の食費を入れておきます。帰ったらお父さんにちゃんとお詫びしなさい。お父さん、がっかりしてるわよ。母より』  
 急に反省の気持ちが強くなりました。……そうだよな、年に一度か二度くらいだものな、大人になるんだから我慢も覚えなきゃな……
 トオルは父の実家に電話することにしました。行かなかったことを謝る事と、両親が着いたら電話をして欲しいことを伝えたかったのでした。 
「……あ、もしもし、おじいちゃん? 僕、トオルだけど……」
「なに! トオルだって!」祖父の大きな声がします。「トオル! トオルか? 本物か?」
「……どう言う事?」
「お前、今どこにおるんじゃ?」
「家だけど…… ちょっと駄々こねて行かないって言っちゃったんだ。ごめんなさい…… それと、父さんと母さんがそっちに着いたら電話してもらっていいかな?」
「……お前、何にも知らないのか! テレビ付けてみろ、……いいから、早くしろ!」
 祖父の剣幕に圧倒されて、受話器を持ったままリモコンを操作しました。
 飛行機墜落事故を報道しています。アナウンサーが便名を繰り返しています。テーブルの搭乗券を見ました。
「ああああ、これ、これ……」トオルは口をぱくぱくさせます。「これ、父さんと母さんと……」
「トオル! しっかりしろ! これからそっちへ行くから、しっかりしてろ!」
 無意識に受話器を戻しました。搭乗者名が画面を流れて行きます。
 ……なんて事だ! なんて事だ! なんて事だ! なんて事だ! 
 トオルは座り込んでしまいました。
 ……ああああああ! なんて事だ!
 泣き出してしまいました。
「何を泣いてるの?」
 不意に背後から声をかけられました。泣きながら後ろを向きます。
 OL風な若い女性が座っていました。驚きよりも怒りが湧きました。それは、不意に現れた侵入者に対してのものと、自分の愚かさに対するものでした。
「な、なんだ、お前は!」
「わたし?」美しい顔に笑みが浮かびます。「あまりに悲しそうな気が流れてきたので寄ってみたのよ」
「なんだって?」トオルは立ち上がります。「ふざけたこと言ってんじゃないぞ!」
「ふざけちゃいないわよ」女性は平然としています。「今朝、飛行機事故があって、あなたのご両親が、その、……お亡くなりって……」
「うるさい!」
 トオルは殴りかかりました。女性がふと姿を消しました。きょろきょろしていると背後から声がかかりました。
「乱暴ね。せっかく助けて上げようと思ったのに」
 振り返ると笑みを浮かべたままの女性が立っています。トオルより背が高く、見下ろすようにしています。
「……」トオルの背筋がぞくっとなりました。……こいつは人じゃない!
「そう、わたしは人じゃない。見習いの死神ってところかな」女性は言い終わると楽しそうに笑いました。「今は悲しみの気を見つける修行中なのよ」
「……」
「信じてないのね? まあいいわ」女性は睨みつけるトオルを平然と見返します。「あなたの悲しみはわたしの許容範囲を超えているのよ」
「……どう言う事だ?」
「自分の我儘を通したばっかりに、突然の両親との別れですものね。言いたいこと、謝りたいことが山ほどあったのにね。両親の最期の姿が悲しんでいる姿だなんてね。これからどうして行けばいいんだろうね? 兄弟もいないし、いとこのケンちゃんのところに行くしかないわね? それとも、親戚をたらい回し?」
「やめろ!」
 トオルは飛び掛かりました。女性の姿が消えました。もしやと思い振り返ると女性が立っていました。
「あなたの悲しみは、わたしのような見習いには重すぎるわ。でも、せっかく見つけた悲しみの気でしょう。だから、わたしが担えるくらいに軽くしたいのよ」
 トオルは観念したように座り込みます。微笑んでいる女性を見上げています。
「やっと話を聞いてくれる気になったわね」女性は何度も頷きました。「わたしは人の運命を変えることができるのよ」
「意味が分かんないんだけど……」
「つまりね、飛行機事故と言う現実は変えられないけど、飛行機事故に関わる人の運命を変えることができるって事なの」
「……」トオルはじっと女性を見つめ続けました。「……飛行機事故は起こるけど、その飛行機に乗らないようにできるって事なのか?」
「正解! その通り!」女性が手を叩きました。「あなたのご両親を飛行機に乗せないようにできるってわけなの」
「本当にそんな事が……」
「疑うんなら話はここまでね。もっとベテランの死神と交代するわ。ベテランなら、この現実も平気で受け止められるでしょうからね。……じゃあ、そう言う事で」
「ま、待ってくれ!」トオルは背を向けかける女性の腕をつかみます。「信じる、信じるよ! だから、父さんと母さんを助けてくれ!」
「そう言ってくれると思ってたわ」女性はトオルの肩に手を掛けました。心なしか笑顔が優しく見えます。「じゃあ、わたしの言う通りにするのよ」
「……分かった……」
「それじゃ……」女性はトオルの両目を手で覆いました。「そう、そのまま目を閉じて、からだの力を抜いて、ご両親が助かるように願うのよ……」
 トオルは祈りました。父さん母さんを助けて! 助けて! 助けて……
「さ、目を開けてもいいわ……」
 女性の声が遠くから聞こえるようでした。
 トオルは目を開けました。座っていました。……ここは?
 飛行機の中でした。
 手には広げた便箋がありました。それを持ち上げて目を通します。
『今回は父さんも母さんも行けないから、トオルは我が家の代表ね。しっかりと務めを果たしてね。いとこの中では一番のお兄ちゃんだから、大人なところを見せてあげなさいね。母』
 え? え? え? どう言う事? まさか、まさか……
「あのう、すみません!」トオルは隣の席の若い男性に声を掛けます。「今日は何日でしょう?」
「ええと、ちょっと待ってね」男性は慌てた様子のトオルに不思議そうな顔を向けながら、手にしていたスマホをタップしました。「はい、どうぞ」
 トオルは画面を覗きます。
 日付は飛行機に乗る日でした。
 時間は九時でした。
 僕は……
「お客様」
 トオルに声がかけられました。振り返ると、あの女性がCAの制服を着ています。あの美しい顔に笑みを浮かべています。
「お、お前は……」
「約束通り、ご両親は助けたわよ」
「じゃ、何で僕が……」
「言ったでしょ? わたしが担えるくらいに軽くしたいって」
「それって……」
「二人分は大変だけど、一人なら…… ね?」
 女性はすっと姿を消しました。
 
 その時、飛行機が大きく揺れました。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« gwakkau no kwaidan(学校の怪... | トップ | コーイチ物語 2 「秘密の... »

コメントを投稿

ブラック・メルヒェン(一話完結連載中)」カテゴリの最新記事