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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 221

2020年12月27日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
「兄さん兄さん兄さん兄さん!」
 コーイチはケーイチの向かって叫ぶ。しかし、ケーイチは目を閉じたまま考え込んでいる。
「兄さんってばぁ!」
 コーイチはケーイチの肩に手をかけて激しく揺する。それでも、ケーイチは目を閉じたままだ。
「お兄様!」
 逸子がコーイチを見かねて声を掛けた。ケーイチの目がぱっと開き、逸子の方へ振り向く。
「おや、逸子さん、何だい?」ケーイチが言う。「急ぎの用事かな?」
「何だよ! ボクが呼びかけても何の反応も無かったってのは!」コーイチは口を尖らせる。「兄さんはいつもそうなんだよな。ボクが話しかけても知らん顔でさ!」
「そうは言うがな、お前の話は、いつも大したことが無いからな」
「でも、今回は違うよ!」
「またまたぁ……」ケーイチは言うと、にやにやする。「どうせ蛇口から水が噴き出して止まらないとか、家の屋根が風で飛んで行ってしまったとか、そんな程度の事だろう?」
「お兄様……」逸子が呆れる。「それって、充分に大きな事だと思うんですけど……」
「そうかい?」
「兄さん!」コーイチが真顔でケーイチを見据えた。「何か気が付かないかい?」
「何か……?」ケーイチは怪訝な表情だ。「……何も気が付かないが?」
「電話だよ! ボクの携帯電話が鳴り止んじゃったんだよ!」
「ほー、そーかね」
 ケーイチは平然と答えた。逆にコーイチがあわてる。
「……兄さん、兄さんが出ようと思っていた電話が、トキタニ博士からの電話が、切れちゃったんだよ? どうするんだよ?」
「ほー、そーかね」
「……兄さん……?」
「あのなあ、コーイチ……」ケーイチはコーイチと向き合えるように座り直した。「オレは考えた。どうして計算通りの到着時間がずれたのかをね。そして、一つの結論に至った」
「それは……?」
「オレは歴史の流れに意識があるって言っただろう? お前の口を借りて意思表示していると思ったが、それだけでは無いようだ」
「さっぱり分からないよ……」
「つまりだ、歴史の流れが意思表示をしたんだよ。電話に出るとか出ないとかじゃなくて、電話に出られないって言うのが、歴史の流れの意思表示だったのさ」
「出られない……?」
「ああ、そうだ。オレとトキタニ博士とを接触させないって言う事さ」
「兄さん、それは幾ら何でも、考え過ぎじゃないかなぁ?」
「いいえ!」突然、逸子が決然と言い放つ。「それは違うわ、コーイチさん。お兄様が正しいわ。歴史の意思表示、それが真実よ。わたしたちはそんな貴重な場面に遭遇したのよ」
「そんな大げさな……」
「いいえ、そうに決まっているのよ!」逸子は妙に感動しているようだ。涙ぐんでしまっている。「お兄様! 凄い事ですわ! わたし、この日を忘れませんわ!」
「そうかい、逸子さんは正直だなぁ。……コーイチ、良い彼女だ。大切にするんだぞ」ケーイチは言うと、何度もうなずく。「……まあ、これでオレとトキタニ博士との接触は無くなったわけだが、そのおかげで、タイムマシンの騒動は起こらなくなったわけだ」
「そうなんだ……」コーイチはふと寂しそうな顔をする。「もう、みんなとは会えないって事か……」
「コーイチ、何度も言うが、みんなと会えていた世界の方がおかしいのだぞ」ケーイチが言う。「会えなくなったとは言え、思い出としてみんなは居るんだよ。それを忘れてはいけない」
「そうよ、コーイチさん」逸子が優しくコーイチの肩に手を置く。「歴史は流れても、わたしたちの思い出は流れて行かないわ。それに、みんな幸せに暮らしていると思うわ。いえ、そう思いましょう!」
「……そうだね。それが一番だね」コーイチはうなずいた。「ところでさ、兄さん。一つ聞きたいんだけど……」
「何だ?」
「兄さんのアドバイスが無くて、トキタニ博士はタイムマシンを作る事が出来るんだろうか?」
「そうだなぁ……」ケーイチは腕を組んで考えた。「残された膨大な研究資料から察するに、自力で問題点は解決できると思う。きっとオレ作った最終形態のタイムマシンと同様なものを作り上げるさ」
「パラレルワールドの出来ないヤツかい?」
「そうだ。そして、タイムマシンで行く先々では傍観者の立場を貫き、決して歴史には手を出さない」
「パラレルワールドが出来ないんじゃ、手を出したりしたら、歴史自体が変わっちゃうものね」
「その通りだ。博士もそれは充分に分かっているだろうから、一台だけしか作らないだろう。博士だけが使うだろうな。それも内緒で使うのさ。下手にバレると、悪いヤツらに悪用されるかもしれないからな」
「なるほどな……」
 コーイチはうなずく。確かにタイムマシンがあちこちにあると言うのはおかしな話だ。そして、いろんな世界が出来ると言うのも変な話だ。
「おい、見ろよ!」
 ケーイチが言うと、右手を差し出した。持っている物差し状のタイムマシンが徐々に透明になって行く。
「消えて行くんだ……」
 コーイチはつぶやく。
「そうだな。オレたちが居たパラレルワールドは歴史の流れの彼方に行ってしまうって事だ」
 ケーイチは薄れて消えて行くタイムマシンを見ながら言う。
 三人が見守る中、タイムマシンは消えた。
「あら……」逸子が驚く。「お兄様、お顔が髭だらけ……」
「え?」ケーイチは自分の顔を触る。「……本当だ」
「あら、わたしたちの服も……」逸子が立ち上がる。「あの日の服装だわ」
 三人の服は、タイムマシンの騒動に巻き込まれる前の服に戻っていた。
「さあてっと……」ケーイチは大きく伸びをした。「また、あの日曜日の朝からのやり直しだな」
 窓越しに明るい陽が差し込んできた。


つづく

次回最終回(の予定です)!


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