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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 150

2020年10月09日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
「……ところで、テルキさんはどうかしら?」
 ナナが心配そうに言う。タケルはうなずく。
「うん、先輩は、あの時の騒動の細々したことは報告していないようだ。逸子さんがコーイチさんを取り返すために来た事や、そのために天守閣にボクたちが行った事とかね」
「そうなんだ」ナナはほっとしたように笑顔になる。「あの長官じゃ、その辺の事を聞けなさそうだから、どうなんだろうって気になっていたのよ。良い先輩なのね」
「それはどうかなぁ……」タケルは苦笑する。「単に面倒だったんじゃないかな。あれこれ報告したら色々と付随の資料も出さなきゃいけないし。……でも、そのおかげで助かっているとは言えるけどね」
「ねえ、テルキさん、作戦に加わってもらえないかしらね?」
「う~ん……」タケルは困惑の表情だ。「先輩は良しに付け悪しに付け、無精で面倒くさがりだからなぁ……」
「でも、あなたはお気に入りみたいじゃない?」
「毒にも薬にもならないからじゃないか?」
「なるほど……」
「そこは、嘘でも『そんな事ないわよ』くらい言えよ」
「そんなことないわよ」
「棒読みで言うなよな!」
 二人は笑う。笑い声が風に運ばれ、混ざりあう。
「でも」ナナが言う。「一応テルキさんにも聞いてみてよ。何かの気紛れを起こして協力してくれるかもしれないわ」
「ああ、分かったよ。聞くだけは聞いてみるよ。お前は言い出したら聞かないからなぁ……」タケルは諦めたようだ。「まあ、それ以上に、次期長官様のお願いだからねぇ……」
「そうよ、次期長官からの直々のお願いよ」
「何だ、『それを言うのはやめてよう』って言わないのかい?」
「だって、大事な事じゃない? 使えるものは何でも使うわ」
「こりゃあ、怖い長官になりそうだなぁ……」
 二人はまた笑う。涼やかな風が二人を包んで流れて行く。
「昨日ね……」ナナが思わせ振りな表情になって言う。タケルは何事と言う表情でナナを見返す。「逸子さんとコーイチさんがね……」
「うん? 二人に何か?」
「わたしは見たわけじゃなくって、チトセちゃんの話なんだけど」ナナはタケルを見る。「二人は接吻しようとしていたそうよ」
「そうなんだ」タケルは意外とあっさりと言う。「久々に二人っきりってシチュエーションになったんだろうさ。そこにチトセちゃんが邪魔に入ってしまったってわけだ」
「チトセちゃんは悪くないわよ。偶然出くわしたのよ」
「それは分かっているよ」タケルはムキになっているナナに困惑する。「でもさ、二人は恋人同士なんだし、別に良いんじゃない?」
「そうなんだけど……」
「じゃあ、何だよ? チトセちゃんの教育上宜しくないって事か?」
「いえ、チトセちゃん、ちゃんと意味は分かっているわ」
「それなら、問題はないだろう?」
「そうなんだけど……」
「おい、ナナ……」タケルがふと真顔になってナナを見る。「まさか、お前さ……」
「な、何よ、急に真面目くさった顔をして……」ナナは久し振りに見るタケルの真顔に戸惑う。「何が言いたいのよ!」
「……お前、接吻したいのか?」
「え?」しばらくの沈黙の後に、ナナは真っ赤になってあわてて否定する。「何を言い出すのよう! 馬っ鹿じゃないの!」
「したくはないのか?」
「そ。そりゃあ、ちょっとうらやましいとは思うけど、でも……」
 ナナは顔を赤くして下を向き、両手の指を絡ませながら、ちらちらとタケルを見ながら言葉を濁す。
「そうなのか……」タケルは難しい顔をする。「……でも、ダメだぞ」
「そうね、今作戦の途中だものね……」
「作戦が終わってもダメだ」タケルはきっぱりと言う。「ナナ、いくらお前がコーイチさんを気に入ったとしてもな、逸子さんに申し訳がないだろう? それに、コーイチさんのあの性格だと、お前に告白されたら拒めずに悩んでしまうだろう? 絶対にいけないぞ」
 タケルは言うと出入り口へと向かった。タケルはふと足を止め、出入り口前で振り返る。ナナはじっとタケルを見ている。
「……とりあえず、これからテルキ先輩に話してみるよ。まあ、期待しないでいてくれ」
 タケルは言うと行ってしまった。
「タケル…… 馬鹿…… 鈍感……」
 ナナは閉まった出入口のドアを見ながらつぶやいた。


つづく


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