お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

ブラック・メルヒェン その19 「仕事探し」

2009年02月02日 | ブラック・メルヒェン(一話完結連載中)
 徹也は大きく溜め息をつきました。・・・今日も駄目だったか。恨めしげに今出て来たビルを振り返ります。『うちは即戦力がほしいんだよ。あんたがいくらドアの取り付け八年のベテランだからって、営業の経験が全くないんじゃねぇ・・・』面接で面と向かって言われると、何も答える事ができません。・・・もうこれで何件目だろうな、同じ事を言われるのは・・・ 自嘲的な笑みを浮かべ、そこを去りました。
 十年以上勤めていた自動車組立工場でしたが、このご時勢、身分が「派遣社員」と言う事で、あっさりと解雇になってしまいました。無遅刻無欠勤も、真面目な作業姿勢も、解雇の撤回条件にはなりませんでした。
 ただ、最近の風潮を考慮してか、次の仕事が見つかるまでは寮にいても良い事にはなっていますが、ガスも電気も水道も止められ、いつでも出て行けるようにまとめた荷物が隅に置かれ、ただ寝泊りするだけの場所となってしまいました。つい数週間前までは生活空間だっただけに、この寒々とした雰囲気は耐え難いものがありました。そこで、毎日のように仕事探しに歩き回っているのでした。仕事探しはもちろんでしたが、やはり居る事を拒否する空間に変わったのが辛かったのです。
 これからどうしたものか・・・ 公園のベンチに腰掛け、行き交う人々を見つめていました。
 遊びまわっている子供たち、楽しそうに会話をしている奥さんたち、睦まじくしている若い恋人たち、携帯電話で何か商談をしているスーツ姿のサラリーマンたち・・・ 
 自分だけ、別の世界に迷い込んだような気分だ・・・ 徹也はそんな事を考えていました。あと一件面接があったけど、もういいか。どうせまた『即戦力が欲しいんだよ』と言われておしまいだろう。何の仕事でもやりたいと思っているのに、どの仕事も俺を拒んでいる。体力仕事は俺よりも若い奴が優先だし、専門職なんて、本当にドアの取り付けぐらいしかできないし。ハローワークの人も最近は俺が行くと「また駄目でしたか」なんて言いながら、うんざりしているように見えるし・・・ 出るのは溜め息ばかりでした。
「失礼ですが・・・」
 不意に声をかけられました。徹也は声のする方を見ました。地味なグレーのスーツを着込み、優しい面差しの若い男が立っていました。徹也は無言で男を見返します。
「今お仕事をお探し中ですか」
 柔らかい口調と丁寧な言い方に好感を持ちました。徹也は答えます。
「そうですね。派遣は辛いですよ。気が付いたら出来る事はドアの取り付けだけだからね」
 男は徹也の横に座ります。優しそうな笑顔を向けています。徹也はなんだか心が軽くなるような気分でした。
「もっとお話をなさって下さい」男は優しい声で言いました。「思っている事を全てお話ください」
 徹也は話を始めます。
「真面目に働いて、無遅刻無欠勤で通して、それでも正社員と給料の差があって、待遇の差があって、それでも働いてきたんです。でもね、最後まで守られるのはそっちなんですよ。どう考えたって、誰が見たって、俺より仕事のできない奴でも正社員と言うだけでのうのうとしていやがるんだ」
 語気が荒くなってきましたが、男は優しげな眼差しでうなずきます。徹也はさらに話し続けます。
「結局俺たちは自動車組立作業のロボットと同じさ。与えられた作業しかできない。ベテランのつもりになっても、単にドアの取り付け方が上手くなっただけ、他はないもできないんだ。・・・待てよ、ロボットの方がマシかな。あいつらはデータを変えるだけで別の作業ができるものな。俺はそうは行かない。一から積み上げ直さなきゃならないものな」
「その悔しいお気持ち、お察しします・・・」
「仕事探しをしてもさ、使う側は決まって言うんだよ。『即戦力が欲しいんだよ』ってさ。若い奴なら鍛えてもものになるが、俺のように歳食っちまったら、そうは行かないんだな。思い知らされたよ、俺は何もできないんだ、戦力外なのさ。仕事でも生きるって事でも・・・」
「そんなに弱気にならずに・・・」男は優しく言います。「で、どんな仕事をしたいんですか?」
「そうさなあ・・・」徹也は腕組みをして考えを巡らせます。「とにかく解雇なんて無い仕事がいいね。真面目に働いたものが正当に報われる事も大切だ。馬鹿高い給料は要らない。日々が暮らして行ければね。でもたまにはちょっとぐらいは贅沢がしたいな・・・」
 徹也は言いながら男の様子をうかがいます。真剣に聞いてくれています。・・・こりゃあ、ひょっとして、神様がお遣わしにでもなったんじゃないのか? 徹也はふとそんな事を思いました。
 いきなり現れた事。見ず知らずの自分の話をこんなに熱心に聞いてくれる事。そして、どんな仕事がしたいのか聞いてくれた事。
 都合の良い考えかもしれない。しかし、ここまでやったんだ、そんな奇跡でも望みたくなるさ。そうでなきゃあ、神も仏もありゃしない・・・
「その通りです。私は神から遣わされました」男は微笑んでうなずきました。徹也の心が読めるようでした。「私は神の御心を代行するようにと遣わされた者の一人です」
「・・・と言いますと、天使様かなんかで?」夢じゃないのかと徹也は自分の頬を思い切りつねりました。「いてててて・・・」
「ご心配なく。夢ではありませんよ」男は、いや天使は優しく言いました。「神は今のこの世界の成り行きを心を痛めてご覧になっています。一人でも多く、望み通りの仕事を分けてあげたいとの思し召しがありました」
 やはり、神様はいたんだ! こんな俺にまで気を遣ってくれているんだ! 徹也の目頭が熱くなりました。
 天使は立ち上がりました。徹也は期待を込めて見上げています。
「・・・ただし、一つ条件があります」天使は厳かに言いました。「お聞きください」
「そりゃあ、そうでしょう。無償で貰おうなんて、そんなわがままは言いませんよ!」
「神は不実な者を厭われます。ただし、今まで神を知らずに犯した不実な事は問いません。ですが、神を知った今これからは、決して不実な道を歩んではなりません。それが条件です」
「分かりました。仕事がいただけるんなら、不実な道は歩きません!」
 天使はいやな顔をしました。徹也はその表情の変化にあわてました。
「天使様、俺は何か変な事を言いましたか?」
「あなたは早速不実な歩みをしました」天使は悲しそうに言いました。「今まで会った人はみなそう言いました。不実な道を歩まない褒章が仕事なのです。逆はあり得ませんよ。・・・残念ですが、ここまでです」
 天使はすぅっと消えてしまいました。追いすがろうとしましたが、無駄でした。
「天使様! 天使様よう!」徹也は泣き叫びました。「俺が悪かったよう! でもよう、食えなきゃ生きて行けないんだよう! ・・・ちくしょう! 神も仏も、もういらねぇ!」
「そうでしょうとも!」
 後ろから声がかかりました。振り返ると人相の悪い若い男が立っていました。
「私は悪魔の遣いです。あなたのような方を探していました。今日だけでもう五十二人目です。早速お話させていただきましょう。なあに、簡単ですよ。やりたい放題やって最後は魂を下さればいいんです・・・」

 辛く大変な時期です。心も迷うでしょう。ですが、賢明な選択を致しましょう。とは言え、どちらが賢明かは、この世の中です、断言できかねますけどね・・・




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