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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 FINAL

2020年12月28日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
「さてっと……」ケーイチは立ち上がる。「……オレは帰るよ」
「え?」コーイチが驚く。「でも兄さんは、今日の朝にやって来たばかりなんだけど?」
「そうだ。朝やって来て用事が済んだから帰るのさ」ケーイチは言う。「何か問題でもあるか?」
「……いや、問題はないだろうけど……」
「その通りさ。問題はない」ケーイチはうなずく。「それにな、タイムマシンはもう良いんだよ」
「どう言う事?」
「オレは未来で、これでもかってくらいタイムマシンを研究した。これ以上研究の余地が無いってくらいにな」ケーイチはにやりと笑う。「だから、タイムマシンに関しては、もうおしまいさ。新たな研究をすることにしたよ」
「でもさ、未来って言っても、パラレルワールドだったんだろう?」
「良いか、コーイチ。パラレルワールドは夢や現や幻なんかじゃないんだよ。実際に存在する世界なんだ。幾つもの似たような世界がぎりぎりで隣り合っているんだよ。だから危険なのさ」
「ほら、壁の薄いアパートだと玄関チャイムが鳴ると、住人が一斉に自分の所じゃないかって玄関から顔を出すって言う話があるじゃない?」逸子が言う。「それと同じで、ある出来事が隣接する所に影響しちゃうことがあるのよ。……そう言う事でしょ、お兄様?」
「そう言う事だね」ケーイチはうなずく。「良く分かっているじゃないか。逸子さんは優秀だね」
「じゃあ、壁が薄いと、隣の音や話し声がはっきり聞こえるって言うのも、そうなのかい?」
「それはちょっと違うな、コーイチ」
 コーイチはケーイチに否定されて憮然とした表情になる。逸子の例えとどこが違っているのか分からない。
「とにかく、逸子さんはチトセの代わりに立派な助手になれそうだ」
「まあ!」逸子は満更でもない顔をする。「考えておきますわ、お兄様」
「おいおい……」コーイチがあわてて割って入る。「そんな事したら、会えなくなっちゃうかもしれないじゃないか」
「ふふふ、冗談よ。ねえ、お兄様」
「ははは、そう言う事だ。でも、逸子さんは優秀だぞ。本当に手伝ってもらう事があるかもしれない」 
「……それで、これから、どんな研究をなさいますの?」
「まあ、色々だ。研究対象は山程あるんでね。……それじゃあ、帰るよ」
「待ってよ、兄さん」コーイチがあわてて言う。「じゃあさ、ボクたちはどうすれば良いんだい?」
「それは知らないがな、逸子さんと二人で居るって事は、デートでもしようって考えていたんじゃないのか?」
「あ、そうだった!」コーイチは逸子を見る。「動物園と水族館を巡ろうって思っていたんだよね?」
「そうだったわ……」逸子もコーイチを見る。それから座卓の上の目覚まし時計を見る。「でも、これからじゃ、両方は無理ね」
「じゃあ、逸子さんの好きな水族館にしよう。クラゲをぼうっと見ながら、心を落ち着けよう」
「まあ、嬉しい!」逸子はコーイチに抱きついた。骨が数本、べききぼきぼきと音を立てた。「そうと決まったら、出掛けましょう!」
「オレも早速研究に戻るよ」ケーイチが言う。「もう腕がうずうずしているんでね」
 三人は準備を整えて、一緒にコーイチの部屋を出た。ケーイチとはアパートの階段を降りた所で別れた。
 不思議なもので、あれだけの出来事を経験したのに、いつもの日常に戻ってしまうと、すっかり忘れてしまうようだ。
 逸子とコーイチはクラゲについて話しながら駅に向かって歩いている。二人は雑踏に紛れて行った。
 歴史の流れの意思が、敢えて二人にタイムマシンに関わった出来事を思い出させないようにしているのかもしれない。そして、思い出すのにふさわしい時を見計らっているのかもしれない。


 しんとしたコーイチの部屋の押し入れのふすまの隙間から光がもれた。ふすまが勝手に開いた。押し入れの中に光があった。光の中から若い女性と同じ年頃の男性が現われた。二人とも地味な色合いの服を着ている。
「……ここが、君のひいおじいさんが間違い電話をしてしまったって所かい?」男性がきょろきょろしながら言う。「ずいぶんと、何というか、歴史書で見たまんまな所だなぁ……」
「何を期待していたの?」女性がたしなめるように言う。「わたし一人でこっそり来ようと思っていたのに、後学のためとか言って付いて来て、それで文句を言うんじゃ、やってられないわ」
「そう言うなよ。ボクだってこの機械には興味はあって、それなりに勉強はしたんだからさ」
「でも文句は言わさないわ。あなたは昔っから一言多いのよ」
「ごめん、ごめん」男性は笑いながら言う。「……でもさ、この機械の乗り心地、あんまり良くないなぁ。ちょっと気持ち悪くなっちゃったよ……」
「そう? わたしはわくわくしてたから、全く気にならなかったわ。と言う事は、あなたはわくわくもどきどきもしていないって事ね。連れて来るんじゃなかったわ……」女性はわざと大きなため息をつく。「……それはともかく、ひいおじいさんの作ったこの機械、つまりはタイムマシン、やっとわたしの使っても良い番が来たのよ。使えるようになったら、一番に、ひいおじいさんが混線したこの時代に来てみたかったのよね」
「でもさ、よく時代と場所が特定できたもんだね」
「ひいおじいさんが、どうしても気になっちゃって、研究の傍ら調べていたみたい」
「さすが、大科学者だ!」
「でも、一般には知られた存在ではなかったわ。知っている人からは変人扱いされていたし。……ひいおじいさん、かわいそう……」
「でも、そのおかげもあって、この機械の存在は知られていない」
「そうね。知られたら、どんな悪人が利用しようとするか、分かったものじゃないから」
「ずっとトキタニ家の秘宝にしておくんだね、ナナ」
「秘宝って言い方、何だか大げさね。まあ、タケルっぽいけど」
 幼なじみのナナとタケルは笑う。
「それにしても、家の人が居なくて良かったな」タケルが言う。「居たらちょっと面倒だったよ」
「その時は、この催眠ガスで即、寝てもらうわ」ナナはジーンズの尻ポケットから小型のスプレー缶を取り出した。「寝てもらって即退散すれば、目が覚めた時には、あれは夢だったくらいで済んじゃうわよ」
「相変わらず過激な発想だなぁ……」
「歴史の流れを変えるわけには行かないからよ。やりたくてやるんじゃないわよ!」
「怒るなよ。それは充分に分かっているさ……」タケルは座卓のフォトフレームに目をやった。「……おや、ここの住人、仲良しさんがいるようだね」
 写真はコーイチと逸子が腕を組んでにっこりと笑っているものだった。
「……あのさ……」
「ええ、分かるわ」ナナはうなずく。「この二人に、どこかで会ったような気がするのよね……」
「うん……」タケルはうなずく。「なんだか、うんと遠い思い出の中にあるような気がするんだよ。別のボクがこの二人に会っていたんじゃないかってさ。……でも、そんな事ってあり得ないよな?」
「さあ? ……でも、そう思っていた方が楽しいじゃない?」ナナはいたずらっぽく笑む。「それじゃ、住んでいる人が帰って来ないうちに戻りましょう。もう少し、あちこちの時代や場所を巡ってみたいから」
「そこにも、何となく会った事がありそうな人っているかなぁ?」
「いるかもね」
 ナナとタケルは光の中へと入って行った。しばらくして光は消え、ふすまは閉まった。
 明るい日差しが、いつもと変わる事無く、部屋へと差し込んでいる。


おしまい


作者註:予想以上に長くなってしまいました。主人公のコーイチ君の活躍の場面が少ないなぁと思ったので綺羅姫の話を出したんですが、それが原因かもしれません。でも、やっぱりあまり活躍が出来なかったようです。そう言うキャラクターなのだと思う事に致しました。共に居たアツコやタロウやチトセについては、皆様が想像を広げてお考えいただくのも一興かと思います。お読みいただいた方々には感謝いたします。これからもよろしくお願い致しまする~っ。

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