お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 151

2020年10月10日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
 タケルはパトロールのビルを出た。隣接するどこかの省庁のビルとの間の狭い通りに入る。人が並んで通るには少し狭い幅しかない。タケルは空を見上げた。はるか遠い所に曇り空が細長く見えた。薄暗いその通りの奥に、時折赤い小さな光が明滅している。タケルはそれを目指して進む。
「あの……」
 タケルは赤い光に向かって声をかける。赤い光が近づいて来る。
「おう、タケルか!」
 銜えタバコのテルキがタケルの目の前に現われた。つんと香るタバコの煙にタケルは眉をひそめる。
「テルキ先輩、ここら一帯は禁煙ですよ」タケルが真面目な顔で言う。「……なんて言っても消さないですよねぇ……」
「うん、消さない」
「じゃあ、パトロール内の喫煙室に行けば良いじゃないですか?」タケルは煙を吐き出すテルキに言う。「わざわざ法律違反しなくても……」
「あの喫煙室はタバコ臭くって嫌いだよ」
「そう言うものなんですか?」自分もタバコ臭いのに…… タケルはそう思って、呆れた顔をする。「……タバコを吸う人の気持ちって分かりませんねぇ……」
「なんだ? 禁煙場所での喫煙の現行犯でとっ捕まえるつもりか? 今に始まったこっちゃないんだけどな」テルキは言って、顔を上げて煙を吐き出す。「オレは空が見える場所が好きでさ。しかも、ここは誰にも邪魔されないしな」
「でもボクが邪魔してますけど?」
「あ、お前は良いんだよ。別に気にならないから」
「毒にも薬にもならないってわけですか?」
「ははは、そうじゃない、かわいいかわいい後輩だからだよ」
「はあ……」タケルは曖昧に返事をする。……先輩の言う事は冗談が多くて額面通りには受け取れないからな。タケルは自分を棚に上げてそう思った。「ここへ来たのは、先輩に話があるからですよ。前に言ってたじゃないですか。『オレに会いたかったら、ここへ来い』って」
「そうだったな。何分、パトロールの中にいる時間より長く居る場所だからな。一日中、パトロールに居続ける事務方の諸君には敬服するよ」
「先輩、最近は潜入捜査はないんですか?」
「あの最大組織の『ブラックタイマー』が解散してからはヒマだよ。おかげでタバコの本数が増えてしまった」
「『ブラックタイマー』の時は一緒に居ました」
「……ああ、そうだったな」
「他にも居たんですが、覚えていますか?」
 タケルは心なしか緊張する。話の展開によって、テルキを仲間にできるかどうかが決まるからだ。
「他か……」タケルはビルの壁に寄りかかり煙を吐く。「コーイチが居たな。アツコの後を継いでリーダーになった。タイムマシンの真の発明者なんて言われていたけど、彼の兄のケーイチってのが真相だろ? あの時代はまだそれが知られていなかったんだな」
「そうでしたね」タケルはうなずく。……アツコは支持者から教えてもらったと言っていたな。だから、あの時点では知っていたんだよね。先輩は知らないんだ。タケルは思った。「……他にも居たのを覚えていますか?」
「ナナも居たな。あの娘、タイムパトロールに復帰したよな? 何があったにせよ、かわい娘ちゃんが戻るのは良い事だ」
「先輩、何て顔をしているんですか」にやにやしているテルキにタケルが言う。さすがの先輩もナナの次期長官話は知らないようだな。何となく持った優越感にタケルはにやりとする。「そんなに、にやつかないで下さいよ」
「お前だってにやにやしてるじゃないか」
「いえ、これには別の原因が……」タケルは口が滑りそうになったのを奥歯を噛みしめて耐える。「……他にも居たのを覚えていますか?」
「タロウか? あいつなんだか偉そうで、みんなから煙たがられていたからなぁ……」テルキは思い出し笑いをする。「ははは、オレが潜入して最初に聞かされたのがタロウの悪口だったよ。そのせいで、ヤツのクーデターまがいの出来事は失敗した。おかげで『ブラックタイマー』が解散したんだから、タイムパトロールから感謝状を出しても良いんじゃないか?」
「でも、先輩の活躍も大きかったですよ」
「あれは単に便乗して、みんなを煽っただけさ。まあ、面白かったけどな」テルキは笑う。「まあ、タロウがリーダーになったらすぐにダメになっただろうから、放っておいても良かったんだけどな」
「そうだったんですか……」最近のタロウしか知らないタケルにはピンとこない話だった。「……それで、もう一人居たんですけど、覚えていますか?」
「ああ、コーイチの恋人って言ってた、逸子って娘だろ? あの娘もかわいかったねぇ。ちょっと乱暴だったけど、そこがまた良いねぇ……」
「報告はしなかったんですか? 先輩の『ブラックタイマー』の報告の中には無かったようですけど?」
「だってさ、面倒くさいじゃないか? どこの時代の娘だの、写真を添付しろだの、『ブラックタイマー』との関係はどうなのかだの、その他色々とうんざりする事が多くてさ。報告はしなかった。だから、『ブラックタイマー』解散後は、コーイチは自分の時代に戻り、アツコとタロウは深く反省して良い子になったって報告したのさ」
「実際には確認してないじゃないですか」タケルは呆れる。「……その報告で上層部は了解したんですか?」
「『ブラックタイマー』解散って言うのが大きかったみたいでさ、その他はどうでも良かったんだろう。何にも言われなかったな」
「あと、タイムパトロール内の支持者に関してはどうしたんですか?」
「それはタロウが言ってたな。それも面倒なんで報告しなかった。そんなヤツがいるなんて信じたくないからな」
「実はボクは報告しました」
「ほう……」テルキは煙を吐き出す。「でもオレには虚偽報告だって言うお咎めは来てないぜ」
「今の長官は、違反組織解散に一役買うんならそれはそれで良いんじゃないかって言ってました。それ以上に、先輩と同じくあまり信じていないようですね」
「そりゃそうだろう」
「でも、本当に居たら、過去の歴史をぐちゃぐちゃに出来るかもしれません」
「支持者の振りをして、実は過去を振り回すって言うのか?」
「可能性の問題です」
「でも、それは新たなパラレルワールドを作るだけだろ? 心配するような事か?」
「その支持者がこの世界にいるんだとしたら、この世界が影響を受けるんじゃないですかね?」
「それは、イヤだな……」テルキはタバコを捨て、踏みつけた。「でも、そんなヤツはいないさ。馬鹿な事をしたら、自分にも跳ね返って来るんだぜ」
「そうですけど……」
「まあ、考え過ぎだよ」テルキはタケルの肩に手を置いた。「のんびりやるのが一番さ」
 そう言うと、テルキはタケルの肩を軽く叩いて、その場を去って行った。タケルはその後ろ姿を目で追って、ため息をついた。


つづく

  


コメントを投稿