たろうくん(太郎)のつぶやき

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詩集『昔書いていた詩Ⅲ』

2016-08-02 19:09:06 | 
詩集『昔書いていた詩Ⅲ』
                         清水太郎

(1)予兆

キャツチボールで外れた ボールが
墓地の石塔にぶつかる
日焼けした塔婆にもあたる

ボールは 無心に飛び 打者は有心
子供たちは自転車で ウロチョロしている

キャチボールは会社の駐車場でやっているが
内墓の跡に事務所を増築し その上にトイレを造った
僕も当然使った それから会社は 不運続きで
「会社は、ピサの斜塔だ」と言いながら
投手の俺は不運を投げつける

独善と欺瞞に満ちた バッタ―の社長は
思いっきりボールを叩く
「万歳」と俺は叫んで
「明日のことなど 知るものか」と呟く

(2)勘違い

かとが ハリとパリ はかとばか
点と丸の違いで
意味が異なってしまう
出発点と終着点に
大きな違いがあるのは
僕らの人生みたいだ
だが、死という命題だけが
等しくやってくる

(3)都会

暗いレバー色の 内臓に 
潜ってゆく 地下鉄
レールの 鈍い響きに
斜めの重力が 加わると
僕の過去は 引きづられ
あの階段から 小走りに
不安が 降りてくる

ああ そうだ 時は
車体のように 区切られていないから
僕らの 休息は 死なのだ

僕の乗った地下鉄は 時刻表に載っていないから
降車して 地下街を 歩いているうちに
戦争が 始まり 終わる ブラボー 
僕は永遠に とり残されてしまう

(4)梟(saeさんに)

家のすぐ裏山で フクロウが
ホッ ホー ホロツクホ― と啼く
フクロウは誰を 待っているんだろうか
それとも 寂しいんだろうか

啼き声を 言葉に変換すると
「私は 此処にいるよ 私は 見ているよ」と言っている
 僕は呟く
「君に 癒やされているからね 又、来るんだよ 
君の止まっている枝は 僕の心の止まり木に 繋がっているからね」と
 
僕の裏山で フクロウが啼く夜は 
貴女が存在し 僕の希望が 
再び沸き上がる 夜です

(5)先祖

富山湾の うねりに 招かれて
僕は遠い故郷を 訪れる
神通川の 畔で
百年前の 僕の血族が
真言を 唱える

僕も父も 国の厄介者で
僕は国を 罵倒する側
呻き 沈み 流転の果てに
無縁墓地に 眠る
 
ああ それが僕の 運命なら
今から 逆転させる為の
時計のネジを 捲こう
そして 自分の思想と
自由を 放下する

(6)炎上

僕の家が 燃える 燃える
遠い記憶の底で
くすぶり続けていた
僕の家が 燃えるのだ

消しても 消しても 
天から ほのほ
ああ 僕の知覚の 盲点で
僕の家は 発酵し続けていたのだ

だから この現実は
僕の 夢の 中の 又 夢
そして 僕は 時の流れに
逆らい 矢を放つ

(7)別離

孫に拒絶されて 立ち眩む
老婆の 脳裏に
洪水となって 過去の
楽しい日々が カラー写真の
ネガ画像となって 映るとき
道路の中央で 若い肢体を
倒立させていた老婆は 
今 大地に横たわる

大地を打って 号泣する
孫よ 穏やかな 死に顔が
別れの発端に 過ぎないのだと語る
老婆は私の 母だが 私に子はいない
すべては 白昼夢なのだ

(8)河口(Ⅰ)

河口に吹く風よ 君の運んだ 
雨の滴の終着駅が 此処だと
防波堤を叩く 波たちが教えている

海に呑みこまれる 夜の河口を 僕は直視する 
水平線の彼方にある 記憶の都市を 探照灯が照らしてる
今の時代を漂泊する 僕の道標だ
河口の空き地に 放置された 
ナンバーのない 廃車の中に 僕はいる
かつて「祈るべき神」を持たない男だったが
三千年の眠りから 突然目覚めた
都会のミイラに似て 孤独だから
黙って夜の海に 出港してゆく

貨物船の灯りだけが 救いだ
闇に軋む 航跡が 消えぬうちに
僕の魂も 船出するだろう

(9)河口(Ⅱ)

黄昏の河口に吹く風よ  
窪地に どうと横たわる
亀甲船の眠りを 醒ましてごらん

海鳴りは河口を 呑みこんで
益々 大きくなっているから
貴女の綾とりは 宿題に

夜の海に 船出してゆく
貨物船の 燈火が
僕の視界から 消えてゆく

ああ、二十世紀の 最期の
戦の時に 都市を照らしていた
あの 探照灯の彩り

今 僕の 脳裏に 貴女の記憶が
鮮やかな 画像となって
河口に 投影される

(10)残照

明日の糧を求めて
自分を切り売りする
生活よ「さようなら」

山では時間が勝鬨をあげて
乾杯するから
麓に降りてゆく
風よ
満たされぬこの思いを
仲間にも伝えておくれ

此処では 過去も 未来も
凝縮した岩の中だから
ああ 夕陽が沈めば
もうすぐ眠りに入る

季節を飛び越えて
風よ
恋人に伝えておくれ
北の山では
静かな物語の始まり

仰ぎみれば
私の涙が雨の滴となり
峰々に降り注ぐ

山頂きでは貴女に
お似合いのドレスを
ライチョウのデザイナーが
製作中ですよ

(11)空蝉

僕は 夢見て 目覚める
夢の 復習を してみる
夢は僕に 粉ひき小屋の
主を 連想させる

祖父から 譲られた
花崗岩の 臼に
僕は 夢を 押し込む
臼の中で 粉となった
夢は 頭蓋骨の
内側を 舐めて
現実と同化する

「意職よ 蘇えれ」と呟く
水飴色の世界に
いたんだと気づく
僕がいる

(12)冬景色

木立を震わせて
風が吹き抜けるが
枝にはそよぐ一枚の葉もない

林には明るい日差しが注ぐが
木々は眠っている
目前に展開する
静かな眺め
灰色の風景よ

天上の何処かに
地上の何処かに
明るい光と水があれば
それで生き物は十分です
人間だけがモグラのような
暗い世界にいるのです

(13)けもの

あなたが 林の中で
埋もれた 柔らかい 
けものの足跡を 見つけたら
木立を縫って
ルッ ルッ と舞い落ちる
銀色の 粉雪の 季節です

その時 貴方は
新雪のラッセル中か 
休憩中かも知れませんが
それでも けもの達の 
挨拶に答えて下さい
山男ですから

(14)フエルト人の神話

真紅の夕暮れは 膨張した
丸い太陽を 浮かび上がらせる
墳丘の羨道を通り 石の割れ目から
死者は空白の 時間に蘇える

それは 精霊たちの 目覚めと
フエルト人は 考えた
災いも 悲しみも 喜びも
彼らの仕業だと
玄室に一杯の 魔よけの 印を刻んだ
大地には石の テーブルを設え
裸の女を 生け贄として供えた

紺碧の朝には 黒いカラスの
合唱で 世界が変わると 信じていた
フエルト人はそんな国に住んでいた
僕の妄想だ

(15)求道

限りなく 道を求めて
今日を旅ゆく 人よ
貴方の 喜びと悲しみの
裏では 神々の
田舎芝居の 幕が開き
出演者に許しの 機会が与えられるから
現世の僕の仕事は カーテン引き

或日の午後 男は上を向き
女は下向きに 歩くから
僕は天空に 銅貨を投げ
占ってみる
表には 真実 裏には 偽りが
貼りついでいるはずだが
僕の手から 銅貨はこぼれ
少し残っていた 
希望も すり抜ける

(16)写真

ふらあーしゅと云う
言葉の響きを 見つけたら
遠い国を 見つけたようで 悲しい

子供のころ 四月の村祭りの
舞台を飾り付けた 杉の中から
三文役者の入っている ドラム缶風呂を 覗いたり 
スクリーンの 裏側から 映画を見たり
祭りの終わった朝 お金をひろいに行ったりした

子供たちは皆 成長して
記念写真の ふらあーしゅ カターン
遠い国の ふらあーしゅ カターン

(17)ベル

背中で ベルが鳴る
蒼い 靴下を 履き
足を整えた 女がひとりいる
止まる 走る
陽を浴びている
女はいない
暗い国へ 走っていく
突然 海鳴りが聞こえる

(18)瞬き

星の尾の長く揺れて
一滴のしたたり落ちて
その瞬く星の光
しずくの一滴
天の黄道を見ないで
地上に消えた人の
涙の白く震える夜
どの村にも どの街にも ある
木々の煩雑さ
水銀灯のポールの 金属の言葉

ああ 魚のいない川の流れと
虫の鳴かない秋だ
空だけが生きているのかも知れない

(19)年輪

木は一年という区切りを知らない
ただ緩やかな光と温度の
感触の中で
秋というおぼろげな季節を知っている

光が葉を燃やし
風が葉を裏返し
烈しく葉が変貌する月
山が燃える 

おい お前はギラリとした夏を忘れたのか
今は眠っている程
柔らかな太陽 そして 光だから
田螺も 泥鰌も いない 田圃で
稲の切り口が 山を見て笑う

そんな季節 誰もが 一人だ
秋になった
星の揺れる駅で
トランペットの独奏

闇は夏の思い出を 蘇えらせ
狂気の夏であったろうかと 復唱する

俺は その時期 自分を
見失っていた気がする

(20)種子

都会の路地裏に置かれた
白いタンブラーに
貴女は向日葵の種を植えたんだね

毎日の生活に追われて
土の柔らかさも知らず
その存在も 貴女も忘れていた

私の喧藻と狂乱の時代は 今も続いているから
神の知恵の輪を解く
叡知も勇気も私は 失いかけている

ひとり 「そうだ」「違う」と呟いてばかりだ
そして 開かずの踏切を渡るときのように
立ち止まって待ち続けている

貴女には帰る場所があるのに
私の名前は神々の掲示板に
斜めに貼り付けられたままだから

私は冬眠中のカマキリの幼虫みたいに
木の枝にへばりついている



 

(21)期待の海
或日 期待しなかった
一通の手紙が 舞い込む

私は毎日 決まった時間に帰ってくる
何かを 働きかけなければ 
何も起りはしない
それは 真理だが
それでも 私は 何かを待っていた

或日 舞い込んだ 一通の手紙が
私を 遠い所へ
運んでしまいそうだ

 疑う 疑う

いまこうやって ひとり
考え込んでいるのは 俺だろうか

機械の中に混じって
忙しそうに 働いているのは 俺だろうか

抜けてしまいそうに
青い空の下に 広がっている
コンクリートの 道の上を
歩いて行くのは 俺だろうか

何時か 右手を揚げて
貴女に挨拶した そんな季節があったね
今年も俺は 右手を揚げるだろうか

鏡の中の俺は 真逆の俺だが
左手で 疎らな髭を 抜いている
俺を 俺が見ている

(22)宇宙船

私は希望を失って 大気圏を外れ
地上に落下してゆく
ビルが石柱のように立っているのが見える

私に不可思議な力が働く
枯葉より早く落ちる速度だ
ニュ―トンが林檎で
万有引力の法則を知った日のように
空はどんよりと暗く 寒い
血漿が凝縮してしまう
私は肌を摩擦する

赤い光を放って
意識が燃える
空気振動を生じる

北極点でオーロラが観測される日
私が燃えているのだ

(23)駅

山を見ている
緑の林と岩壁の輝き
俺が山の駅で
方向を失った時
少年たちがトンネルの
狭い階段の下で
唇を曲げて笑っている

「レールの傾きはどうだい」と
線路工夫が聞く
少年たちは
首を振るばかりだ

闇の中レールが
ずーと延びている

(24)実験室

俺は頭の中で
さかんに光の量子のことを
考えながら
振り子の周期率を 数える
眼の奥で
平均値が充満している

ああ 隣の机では
固有抵抗の測定と
発熱量の実験中

時々 教授のマイクが
机の上を歩く

「俺には理解できない」と
何度も呟きながら
振り子の往復を数える

俺のいない実験室は
シーンとしている

(25)朝

俺は前を向いている
後ろに朝の 香りが近い
赤土の丘 裸体の樹木
あのあたりで 夜が
まだ 浮遊しているのだろうか

鳥も啼かない 中洲にある浮島で
俺はお経を 誦えている

そうだ 何も見えないが
確かに 夜明けは 近い
闇の 連帯が終わり その中で
色の広がりが 始まっているのだ

もうすぐ 俺は捕える
地上30㎝で 光と浮遊している
朝を きっとこの手に
その時 朝は 生まれたばかりだ

(26)光

深い 一筋の 流れ
碧く 沈む 光の糸
その中で
誰も見ない 閉ざされた 
光の深層 その跳躍の 
栄光を 見る 
夜明けだ






(27)ネオン

覆われた工場群の
闇で主張する ネオンの輝き

「東京の女は 美しいかも知れないが」と
私は呟く

夜は何処で眠りに就こうか
ベンチのない公園で
八月の蠅が
アスファルトを舐めている

緑色の風を残して
夏は終わったのだ
私はかろうじて 息をしている

(28)言葉

俺が 辺り構わず
灰色の 言葉を撒き散らすのは
北の斜面で 凍結し
動かぬ 風のように
冷酷な 血液の高まりを
拒否する為だけであろうか

ああ 今日も俺は
ただ虚しくなる為に
仕事に出かけてゆく

其処では お前の言葉も
俺の言葉も 鮮明ではない

俺は自分の家に向かう
昼と夜の境界線を越える

主のいない家は 動かぬ風のように
凍えている
おお 反乱それが 俺達の合言葉

(29)泳ぐ

冬だ 燃える葉の
季節を見送り 冬だ
灰色の樹の見える
その根元に 冬だ
夏に 熱い空気の塊を
忘れた肌が 震えている

電車の踏切を越えて
アスファルトの溶けて
一直線に伸びる国道

南海の海で
パプア人のように泳いだ
海は眠っている
砂も 波も

だが おお コブシの樹の芽の
膨らむ頃 俺の胎内では
夏と冬が 山椒魚のように
両生している

(30)墜落

高圧線の下にある
団地の ブランコに
女の子が乗っている

金具の 軋みが
前後ろ 前後ろと 連続して

意識と無意識の風に
髪を靡かせている

或日 女の子が
脱皮を迎える 朝
飛行機が 落下する

それが レーダーサイト下の
団地の運命だろうか 何処かで
ピアノ線の ため息が聞こえる

金具の軋み音は途絶えた 
或時 八百屋で 胸の膨らんだた
女の子が 瓜を売っている

(31)眼

山の画家は
一日じゅう
山を見る

何枚かのスケッチが
一枚の絵になる

私は 見る 知る
凝縮された 光景を

ほんの数分間
私の 目玉が
ひっくり返る 

(32)モグラ

乾いた土の上を
モグラが走ります
息絶えて垂直に
死にます

魂だけが
風に乗って
飛んでゆきます

今度は
金色のモグラが
死にます
風の中では
土に帰れません

(33)リレー

俺は笑いの中に
住んでみたが
悲しいのだ

頭の中で
最初のリレーが動く
最期のリレーが作動する

俺はエレキになる
どうにもいやだ
おれは俺になってみる
テレビのゴースト画面に 
ニ重写しの 俺がいる

「どうにもならねえ こりやあ どうすんべえ」と
呟く




(34)掘る

山イモ掘りは
山の 急斜面の
開拓者かもしれない

垂直に掘るから
山は 秋から冬だ

穴ぼこを 明け過ぎると
其処から 地球の空気が
抜けやしないか
心配だ 

(35)雪崩

夏道の消えて
山靴の音がする稜線

青氷の斜面を
風たちと対話しながら
一緒に登ってゆく

空の蒼に
雪と氷の世界で
動かない岩棚

雪臂に亀裂が走り
烈しい雪崩が襲う

山は変貌して
私の存在は
無視される

(36)秘密

厳冬の山の尾根道には
蟻も歩かない

襟を立てて
夏も冬もない街を歩く

俺の前を
一眼レフカメラを
片手に女が歩く

バスに乗る
女が座席にいる

闇の中を
西の終点まで走る

シヤッター音に
気づいた俺は
独りの女の
秘密を見つける

(37)悲しみ

旅路で果てた
男の骨が帰ってくる

コンクリートジャングルで
生まれた子供たちは
広場で遊んでいる

空に飛び出すように
ブランコを振る

男の故郷は此処なのだが
すべてを失った男には
行き場がない
陶製の骨壷の底に
白く固まっているだけだ




(38)道

何処にでも
哀しみがあれば
石ころがあった

何処にでも
石ころがあれば
其処を
風が吹き抜けた

(39)横田基地

暗闇の中には
青色の灯火が
等間隔に並んでいる

有刺鉄線の彼方に
その国の土地でない土地がある

建物の灯りは不透明な
窓ガラスに遮られて
光の束は半減する

兵士の姿は見えないが
夜空を探照灯が照らし
滑走路を無人のバスが走る

真空地帯が広がっている

(40)因習

我々の古い時代の女には
くたびれた縄が結びついている

道を歩いても
寝ていても
結び目はほどけない

我々の古い時代の男には
鉄の鎖がついている
道を歩いても
寝ていても

外そうとした男はいない
我々の古い時代の世界には
高い壁がそびえている

道を歩いても
寝ていても
乗り越える者はいない

(41)機関車

黒の機関車のある
駅で働く 線路工夫よ
お前のその右手のツルハシには
過去を打ち壊し 
未来を掘り起こす
力と勇気がある

だから 娘達よ
彼らを恋するのに
戸惑ってはいけない

でもね 君達の街には
まだ太陽が昇らない

犬の眼は片目だし
私の肺も半分だが

君達の未来を信じているから
私は機関車を
今も磨き続ける

(42)帰り道

何処かで誰かが 
欺いているんだ
何処かで誰かが 
忘れているんだ

遠い昔に出会った
役者のように
白い粉を 顔や手に
塗るのはやめてくれ

空が暗い
薄墨のような 夜明に
家を出る 帰る

何処かで誰かが
物知り顔をしているから
家に帰る道を
忘れてしまう

(43)顔

校庭に建った杭打機が
ひどく黒く巨大に映る
朝霧の中 空に向かって
直立している

朝の薫りはビルの谷間から
駅へ続く道に溢れている

薄く霧に覆われた
樫の樹の下を
決まった時間に
同じ方向に男は歩いてゆく

これで良いとは誰も言わないが
突然 警報音が響く

杭打機がドスンドスンと吠える
机に向かっている
男の腹を揺らす

無表情に飯を喰っていたが
昼休みの終わりのベルも鳴る

夕方には朝の顔を取り戻して
帰ってゆく家がある

(44)絵

とぎれとぎれの
心の壁の中から
少しでも語りかけるような
絵を描いてください

暗い部屋の中でも
自分が映る
魔法の鏡のような絵を

でも 哀しみは夜の闇に
消えてゆきます
私の持っている絵具で描くには
単色で十分です

(45)パンが欲しい男

池があり 光が 風に踊り
枝が 風下に伸び
ススキが広がり 秋の花々が咲き
大きな山がある

裾野に こんもりと 木々が並ぶ
遠く あのあたりから
押し寄せる 空の群青
(だが私はパンが欲しい 一切れの)

原始林の中で
澱みのない 苔のあたりで
ひとりの ワルツの始まり

幾層もの 白い季節の
重なりの 恐怖と風

私の 季節は
何処に いったのか
(私は 閉ざされた 部屋にいます)






(46)予感

遠い日 何処かで見たように
最初の印象は 爽やかであった

また 或日 何処かの喫茶店で
出会った時も
ただ 笑っているだけだった
偶然の出来事のように

それが 芝居だったとは思わないが
そして 電車の中で 顔を合わせた
なんでもないように 振舞っていたが
そうではなかった 思ったとおりだ

顔を見ればそれですむ そうだろうか
そうではない 私には
それから先が 永遠に
続きそうで 困るのだ 

(47)失踪

窓のない部屋に
丸い卓袱台
その上に干からびた
割り箸と どんぶり
隅の机に
英字のノートと
インスタントラーメンの
袋が同居している

40ワットの電球に
小さな冷蔵庫が白く
浮かんでいる
中には 何もない
バターの箱のみ

壁の埃が
久しぶりに人間を見る
蒸発した主人は
私の同級生だ

何が起きて 
どうなっているのか 
わからない

月が出て
寒い夜だ

(48)煙り

その男の残したものは
一筋の ゆらゆらと登る
線香の 煙りであった
生まれたのは  細長い山間の谷
どんづまりに 朽ち果てた古城がある

因習と緑に囲まれた村の長男
父が死に 母には早くに死なれた
何度も引っ越して アメリカ人を見た

或日 気がついたら
ガスの臭いと 納豆売りの
ドヤ街に住んでいた

仕事で口に含む靴釘で 黒ずんだ歯茎
妻が死に 養子の子供にも 死なれ
後妻は 中気で 動けない
「なんとかしなくちゃなあ」が口癖

夜になると 夜盲症で
昼間はメガネの奥で 笑っていた
或時 裏山で 僕と貧しい昼飯を食べた

「今日の おかずは メザシだよ」と 大声で叫けび 
入れ忘れた箸の代わりに 小枝を使った

忘れた頃 夜中に 電報が来て
その男の残したものは
ゆらゆらと登る 線香の煙であった

男の名前は シムラ ヨシジ
もう 50年も前の 出来事

(49)潮解

20両の貨車が
白い塊を3個
積んだ
岩塩が溶ける

緑の風と
朱色の季節が
混在し
夜中に
うねうねと
栗の実が
落ちる

(50)幽霊

白い光の時代では
棺桶に
骨ばかりが
横たわる

黒い衣で
覆われた駅に
石灰虫の化石が
敷き詰められる

プラットホームに
棺桶がひとつ

私はいない
海を見に行っている

アスファルトの上で
蛇の脊髄が
ぴょんと跳ねる

朝の庭から
紫陽花が
滲みだす

娘が街を歩く
誰も見ていないのに
腰を振ってゆく

僕は 棺桶を担ぐ
中の魂が 軽い

詩集『昔書いていた詩Ⅱ』

2016-08-01 13:49:27 | 
詩集『昔書いていた詩Ⅱ』
                        清水太郎
   
(1)抱擁

貴方の心を弄ぶ 私は悪い女です
行きずりの 男に抱かれ
燃える炎を消しきれず
悪魔に身体を売り渡す

快楽求めて 蛾のように
ネオンの闇に紛れこみ
軽い情けに 軽い尻
嘘で飾ったドレスを纏い
手練手管の マリア様

伸びた肢体で 男を誘い
微笑みながら 男の体液 吸いつくし
カマキリみたいに 食い殺す
荒れた心に 乾いた唇開き
唄う 涙の 騙し歌
私は夜の 青緑泥

(2)朝の飛行

輝く朝に 心のアクセル 
力一杯 加速して
未知の世界に 飛び出そう
広げてみよう 心の翼 大空に
大地は緑 空は青
丸い地球を ひと回り
心の垣根を 飛び越せば
言葉は世界の 兄弟だ
手をつなぎ 記そう 心の伝言板
輪になって 心の扉 開いてみよう
心の歌を 唄ってみよう

(3)時刻表

人生の旅路で見た
複雑に編成されたダイヤ 
その片隅にある無名の駅を 
夜行列車は通過する

東雲の空に向かって驀進する
展望車の窓にかけられた 
浅黄色のカーテンが開けられると
寝台車で萎えた青春を抱きしめて
仮眠する僕らに色褪せた朝が始まる

目覚めた僕らは陽の当らない 
窓辺の座席で欠伸をする
終着駅も知らない僕らに 
車掌が時刻を告げる
「アナ―キイな夜明けだ」とつぶやいて 
僕は貴女を見る
 
貴女の言葉のツルハシで 
心に空いたその穴から
溢れた涙が雨になる 
頃は八月蝉しぐれ 

(4)ポケット

君の膨らんだ ポケットには
何が入っているんだろうね
僕のポケットは
過去の異物で 一杯だけれど
君の ポケットには
希望とかも 入っているんだろうね

 (5)バリアー

君を 愛のバリアーが
覆っているから
安心して 眠っていて 
いいのよだよ
だけどね 不安が
君の 棚の上に
乗っているから
注意した方がいいよ

(6)アンテナ

世界中を 電波がめぐり
身体中を 電波が 突き抜けているから
恋の電波は 素早く キヤッチしなさい

(7)笑顔

悲しかったら 泣いても
いいんだよ でもね
君には 笑顔が
一番 似合っているよ 

(8)季節

職業安定所の 
紹介係が
ほんの少しばかりの
自由を斡旋して
季節は過ぎゆく
回転木馬
春の雲雀に
夏のハマナス
秋の長雨
冬の雪しぐれ

(9)手紙

別れ手紙のあとがきと
空の封筒 握りしめ
窓辺の紫陽花 見つめます

涙で滲む 文字のくせ
白紙の便せんは 語ります
あの時 貴方が 眩しくて
外は六月 雨上がり

別れ手紙のあとがきは
残した未練の胸の内
急いで印す走り書き

外は六月 雨上がり
心の穴は みつからぬ
言葉の杖は もういらぬ

(10)人形

私は貴方の操り人形
言葉の綾で
あやつりの糸は切れ
唯の女になれたのに

乱れた髪に 細い指
切れた糸を絡ませて
ひとり寂しく 糸をつぐ

舞台の幕が閉まっても
慣れぬ楽屋の 片隅で
ベビードールの独り言
心の糸は紡げない

貴方の心は 糸車
カラコロ カラコロ 廻ります
埃にまみれて 操り人形
 
昔の夢を追いながら
貴方の姿を探します
煌めくライトと歓声に

答える貴方は 恋のあやつり師
もつれた糸を 解きほぐし
私の 心の糸車
カラカラカラと 廻します

(11)青春

僕くらの青春 荒削り
言葉のカンナで 削っても
心の傷が 深すぎて
時の流れの 標準器
求め独り 旅に出る

僕くらの夢も 船出して
過去と未来の 中程で
時の嵐に 巻き込まれ
折れたマストに ぶら下がる

ああ 君よ 勇気を持って
破れた帆を 揚げよ
僕は独り 海原を漂って 
見知らぬ港に 辿り着く

そこで 僕くらの青春 
総仕上げ 心の 立て板に
時の金槌 振り下ろす 

(12)異国

異教徒の住む砂漠で
風に逆らうのは 砂ばかり
風がそれを手助けする 
砂丘に気紛れな 
アラベスク模様に似た 
風紋を残して
駱駝に乗ったアラビア人の 
隊商を迎える

アラビア人と駱駝の歩み
何千年の昔から 
砂漠も人も 変わらない
風は生涯吹き続け 
アラビア人の 
旅は終わらない

砂漠で風に逆らうのは 砂ばかり
ああ 風よ 砂丘に 異教徒の
悲しみを刻み 何処まで渡りゆく
アラブの歩みは 駱駝の歩み

(13)蟻地獄

雨が降ると 子供たちは
神社の床下に 潜り込み
蟻地獄を 掘り返し
イチッ子を 捕える

だが それが ウスバカゲロウの
幼虫であるのを 知らない
時に 蟻を 突き落とし 遊ぶ

その村も 神社も
成人した子供たちには 遠くて
待ちぼうけの イチッ子には
遠い時の流れです

(14)立川

「朝鮮戦争の時は アルコール死体の腹さいて 
ええ給料の仕事があった」
基地の門前で老人が 倒れるときに呟いた

鉄条網は青錆びで 飛行機の飛ばない
滑走路には 雑草
団結小屋に出入りするのは 砂川村の
歴史を 特製の消しゴムで 消した
老人と 子供達

自分の国に 他国が有る 現実を
言葉で知っても 身体が知らない
基地が返ってくる その中にあった
悲しみと喜び 許せないのは
傍観者と 政治家
暑い夏の終わりに 村にあった 小さな戦です 

(15)投影

盆地の小都市の 入道雲の上に
登山者の目から 投影された 
ヒマラヤの峰々が 現出する

都会のキャラバンは進まない
心ばかりがヒマラヤに飛んで
彼らの地上に 聖域はない

夢の中の 日常で
彼らは遭難し SOSを発信する
或日 ネパアールの救助隊が
その信号を 偶然に傍受する

(16)器械体操

あん馬の上で 倒立していた
僕らの時代の 幽霊は
僕らの言葉を 真に受けて
冷たい心を 置き忘れ

ガラスの向こうの 真実に宙返り
ああ おまえ聞いて極楽 見て地獄
嘘を地表に敷き詰めた
都会の暮らしは 身につかぬ

砕けた情けを 石に変え
賽ノ河原に 積みあげて
ひとり故郷を 思いだす
因果の糸は 切れ切れで
今は懐かし 生き地獄

南無阿弥陀仏の お経も知らない 僕らを見つめ
こんな世界と 知らなんだ
ひとり静かに 嘆いてる

(17)石棺

闇黒の闇と歴史の時に守られて
地中の 石棺の 深い眠り
この俺と地表の土を払いのけ
重ねた石蓋 取り除き
呼び醒ますのは 誰だ

お前たちに この世の権利があるように 
疲れた身体を 横たえて
深い眠りと 安息の 日々を過ごす俺たちの
自由を 犯して 良いものか

今更 この世に 生き返り
手厚いもてなし 受けたとて
何処へ行っても 見当たらぬ
見世物小屋の 俺たちだ

裸の骨の 真実を晒されて
深い眠りは もう出来ぬ
墓をあばいたやつは 必ず共にとり殺す
安息の日々 取り戻すまでは

(18)漁火

時のうねりを知らせるように
沖合から 押し寄せる 波
ローラーで 平均的に地ならしされた
浜辺で 漁火を見つめる

男たちの 瞳に映える
非暴力の旗を 背負って
のろのろと 歩む青亀よ
だが 深海に降る
マリンスノーが積り その重みで
海底が陥没して 海鳴りが始まると
俺も海女も 汚染された
阿古屋貝を求めて 船を出す

ああ 海鳴りの 浜辺で
網を引く 老人たちの目から 
ウロコの 角膜が 剥がれ落ちる 

(19)広島

ピカドンの日
数百キロ離れたところっで
 俺は 母の 子宮の中
隣の姉と 一緒に
羊水に 浮かんでいた

だから俺は 今も被爆者ではない 
双子の兄弟 その男の 
名前「峠三吉」を知る前までは

八月の 熱い日になると
広島の 被爆者と共に
ピカドンの日を 忘れない


(20)海水浴

浜辺に タイプライターのような
足跡を残し 入墨男は波間で
情婦と楽しんでいる

危険信号のブイが 時々 波間に消えると
次に やって来るのは 好奇心と怒り
それらを運んで 波は浜辺に 辿り着く

その浜辺で 口をあけて 死んでいる
貝の記憶を 俺たちは知らないが
漁師たちは 知っているか

波は 何処からやってくるのか 誰も知らない
夜 子供たちが 花火を打ち上げる

入墨男は 情婦の 性器を 弄りながら
花火に向かって 飛び込んでくる 
夜の鴎を ピストルで 撃ち落とす
俺たちにとって 許せない 夏の始まり

(21)海水浴(Ⅱ)

ヤクザと情婦が 後背位で交合する
波間で 俺はブイにしがみつき
入墨された 極彩色の 夏に出会う

位相の波が重なり 俺を襲う
浜辺に置き忘れた 昨日までの俺を 引き算して
咽喉に侵入する 苦い海水の法印

俺の日常は 浜辺に突き立てられた
ビーチパラソルの継目に 挟まれて
日影で 使い古しの 性器を
セパレートの水着に 貼り付け
女と 転がっている

女の予備軍から 抜け出した少女が
腹の突き出た男の前で 日焼けした内股に
貼り付けた 禁欲の免罪符を いとも簡単に 剥がし 
バスケットの中に 投げ込んでゆく

男の記憶の中では まだ子供の少女が
波に向かって 砂の防波堤を 造り続ける
その足元で うつ伏せになって 死んでいる 
青貝と重なる

(22)凍る

季節風の吹き出しが 雪女郎と共にやって来て
山頂を真冬の壺に押し込め 白く凍らせる

石室でツララを飴のように しゃぶりながら
狂乱する冬の使者を やり過ごしていた 山男に出会った
 
はにかみながら 差し出す手を 握ったら
山男の喜びが 石室に拡がった

吹き込む風の音に 夜 目覚めると 山男はいない 
朦朧とする 意識の中で
出あった山男は 俺自身であったのかと 考えながら眠ってゆく 
SOSの無線を 貴女に打電しながら

(23)ロストボール

過去のプロゴルファーが殴打する ゴルフボールは
少し狭くなっているグリーンの 
白杭のオービーゾーンを飛び越え ロストする
僕も人生の藪に迷い込み
青春をロストしかけている
ところで聞くけど 君の青春はどうだい
けれどもね ロストボール探しの名人の キャデイは
そのボールを 必ず探し出すんだ

たとえそのゴルフボールが アイアンで傷ついていても
おう それなのに 今日も 都会のゴルフ場では
過去のプロゴルファーは 人生をロストしかけている

(24)求職者

人工衛星スカイラブの落下する月 
(直訳すると大空の愛が落下するとは皮肉だ)
鈍行列車を途中下車した 無職の三十男が
何度も 送り返された 偽りの履歴書を
燃やしに 街はずれの公園へゆく

木製のベンチに座った 義眼の試験官が
「どうして辞めたんだい」
「理由などない いやだから」
男は小声で呻くように答える

真実らしい嘘を 整理しながら 
(失業保険はとうに切れている)
ガタンと夕陽が傾いても 男の帰る家はない


おう 鈍行列車の時刻表を 眺める
乗り遅れの乗客が 僕だ 
(祭り囃子がピーヒョロロ)

(25)予感

ウインチで巻き上げられた偶然が
43階のビルの屋上から落下するように
死は加速されて物憂げに歩く 
地上のお前を突き刺す 
そんな 或日 夕陽が黄金に燃え
都会の裏町に隠れた 偽善者を映す

ちょと貴方 天国行きの時刻表が改正されました
お間違えのないように 人は皆、月曜日から日曜日の間に死んでいますね
金も名誉も持ち込めぬところが有るでしょうか

善と悪が判定される 特別製の天秤では 
貴方の過去は反映されないでしょう
そして、誰もがいつの日か、死の切符を無理やりに買わされて
請求書が送られてくるのです 支払う代価は命です

あの世行きの行列に並ぶ老婆に 偶然の死はない
僕にはいつごろ届くのだろう 死の案内状
その配達人は 貴方ですか
だが、僕は今、無職なのであります

初冠をつけたばかりの少年が 一眼レフカメラを構えて
澄んだ瞳の中に 死の光景を連写する 夕暮れに
胸のふくらまない売春婦が 快楽を捨て 街角に立っている
 
売春婦を買う為に稼いだ金ではない
給料袋をポケットの中で 固く握りしめ
不能になった性器を 露出させて
小走りに走りさる お前を罵って
売春婦も 少年も 夕陽と共に
奈落の底に落ちてゆく
待ち構える 死の先触れのように

(26)必然性

真夜中に 突然にジョキングを始めると言って
駆け出した男に 仕上げたばかりの
入れ歯を磨きながら 老人の歯科技工士が聞く
「どうして走るのか 老いれば枯れる身体なのに」
戸惑いながら男は答える
「ならば どうして1年は365日で、大安の次に仏滅が来るのか」

老人は立っている 男は走っている
ランニングシューズの底に 少しばかりの自由を 安堵して
地球の上に立っているのではなく 逆さまにぶら下がっているのだと
 
夜の公園の森を 傾斜して飛ぶ 蝙蝠のように 呟きながら
男の工具箱には大工の 差し金がない 
唯、時代を暗示する 大型のレンチが 口をあけている

男の野球帽は八角のボルトで止められ
呪術師の 言葉に 傷ついて
夜の闇に向かって 駆け出す
妻の待つ 眠りの上へ 一直線に

(27)貨車

連結器の外れてしまった貨車が 
逆方向に走り出すと
僕は過去の象徴であった 
反戦と書かれてたファイルを取り出す
僕らに関わりのない今の繁栄が許せないのだ

だから、僕らの胸の画架にある キャンバスは真っ白で
使われない絵具や筆が 足元に転がっている

遠い時代に浮世絵で踏み絵され 言葉を発するよりも 
先にお前を 殺してしまったから

僕が不自由なのは オモチャの手錠を 
心に懸けて生きているせいだ
連結器から外れた貨車が 
破滅の終着駅に向かって 
徐々にスピードを揚げ 突進してゆく 

(28)夢

眠りの中で 釈迦のポーズをして
呪術師の言葉に 聞き込む男は 目覚めて
両手に呪文の入ったバケツをぶらさげ
廊下に立たされた 小学生に変身する

その中身を自分の墓石に 注ぎ込みながら
しだいに成長する 蛾の幼虫のように 脱皮してゆく

男には学校も 教師も 友人も いらないが
愛がほしいという 贅沢な欲望がある

呪術師の呪文を解き 男が必要とされる日が来るまで
自分の愁訴を示す 額のシワを 手鏡に写す
そんな男を見て
呪術師は 今日も笑っている
 
(29)革命家の嘆き

何にもすることがないから
玩具屋に行き プラモデルの
ピストルを買いに行こう

そして、ケチな殺し屋にも
別れの挨拶をして
自分は団地の 水洗便所で 
核戦争のボタンを 押すんだと
呟いて レバーを 横に倒す

昼間は、10年前まで革命家だったので
頭のハゲが 日本のCIAに 見つからないように 
ゴルフ帽をかぶって 外出する

夜は、団地の仲間から マージャンの誘いの 電話を待つ
頭の中で古びた思想が 居眠りしている

(30)喪失

何処で失くしてしまったのか 
何処で忘れてしまったのか
僕らが育ったあの頃

何処に行っても
貧しさが 充填されたガスボンベのように
周りに転がっていた
希望は新品の鉛筆を 削るように
少しずつ 短くなったが まだ残っていた

今の、貧しさは 時々通る
チンドン屋のような 見世物だ
(共産主議は色あせたピエロ)
経済大国日本のプチブルジョアの僕らは
英雄気取りの肥満児だ 本当は 
心の貧しさを どうすることも出来ない
 
(31)宇宙の誕生

数え切れなく遠い 或日
宇宙の果てで 風見鶏のように
定まらない方角に 向かって
超エネルギーが放射された
(これをビッグバンと云うらしい)

それが、我々の誕生と時の始まり
次第に膨張する 宇宙の中で
放たれた矢のように 時は
一方通行で 過去を置いてきた

だから、僕らは 現実を食べて生きている
時間は膨張する宇宙と同じ速度で走り
僕らは其上にいる 止まっているように
思っているだけだ 自己中心的になる

そして、時を刻む暦を作り 辛うじて
安心した 征服者のつもりだ
僕も 時も 光速で走っている 
世界は ノンストレスだろうか

(32)八月の或日

街の零細業者の手で 
納品された金属バットで 
殴打されたソフトボールが 
アインシュタインの
相対性理論の壁を越えて 
少年のグローブに捕えられる

少年は一舜たじろぐが 
次々とボールは殴打される
双曲線を描いて飛んだ距離だけ 
希望を失うが 少年は確実に捕えてゆく
 
少年にある可能性とは何だろう
僕の汗と少年の汗は 同質だと気がつく
 
八月の或日僕の頭の中で機械油のする 
計算機が組み立てられる

少年はゼンマイ仕掛けの 
腕時計をはめて
アインシュタインの 
ソフトボール大会へ出かけてゆく 

(33)白壁

修復すべき壁に囲まれて
男は戸惑っている
幾年月の星霜に晒されて
壁が朽ちている

男の手に新しい土壁
だが白壁は男の修復を拒んでいる

自信がない男の横を
九月の風が土埃を揚げる
壁を宥める
歴史に綴られた過去が
ずーと伸びる

(34)公園

飛行機が
頭上を飛んだ
娘がそれを見て
跳ねる
公園から捕り取りの
「どのこをとろうか」と
子供たちの声が聞こえる
神のいない
午後の娘の子守唄

(35)サーカスの思い出

子供の頃の いつまでも始まらない
天幕で覆われた サーカス小屋の上に 
三月の雲と朝の訪れ

学校の片隅のローラーで 圧殺されていた
僕の幻想よ 目覚めろ

対岸に接続する橋を 
ノロノロと自転車をこぐ
不自由な少年が僕で 
河原の浅瀬に片足で立つ
白鷺が貴女 (彼岸三月 墓場の亡者は 浮かばれぬ)

白鷺が飛び立つと
少年の僕に多感な朝の クラクション
ブレーキ音が 遠のいて
犬も啼かない真夜中 
頭上を 謎の飛行物体が 犯す時刻には
僕も 橋も 狂っている

(36)夏の夕暮れ

熱気を十分に吸い込んで
膨らんだアスファルトの表面が 腐食し始めた 
羊肉のように 徐々に弛緩してゆく
 
両足を投げ出すような格好で 歩いている男の
長身で猫背の 後ろ姿を 水銀灯が写しだす
暗く沈みがちな男の眼に 水銀灯が ボーと映る

「不条理な夏だ」と呟きながら
重たそうに歩く 男が僕だ

(37)誕生日には

焼夷弾の落下音と 高射砲の  
咆哮が 羊水の中で
姉と相関した日々を捨て
仮死状態で 誕生した僕に
潜在意識が 羊水に溶け込んでいる電解液だと
三十四歳の誕生日の 真夜中に気づかせる

そして、僕は卓上の便箋に 少し短い直線を引く
その、両端が 未来と過去で 僕はその線上にいる 
だが僕は まだ生きていることを証明する
公理を見つけることができない 

(38)櫂

後悔ばかりの舟を漕ぐ 僕も貴女も
未来を 限定されるから
老人が 羨ましい

僕が死ぬと 別の時代に 
輪廻するだろう
それが、遠い時代なら 
僕は 幸福でいられるが 
記憶喪失は その代償

僕の現世は 生活ごっこだったから
僕の乗った舟の舵は どの方向に
切られたか物知り顔の 老人も知らない

だから 明日 僕は文房具屋にいって
幾度でも 消せる 
消しゴムを 買いに行くんだ

(39)カメラマン

僕の目は カメラの眼
ファインダーの中から
貴女を 視姦する

僕の 網膜に映った
貴女の 横顔が
どの子よりも 美しいので
僕の シヤッターは
瞬時に 押される

今 僕は 印画紙に
貴女を 定着させている
浮き上がった 貴女を
讃える 言葉の 比喩を 僕は知らない
或日 僕の アルバムで
褐色に変質した 貴女を見ました

(40)衝動

黄金の光を放ち
落下する 夕陽を
捕まえようと
道路に飛び出し
子供は 死んだ

運転手は 僕
同じ夕陽を見ていた
誰に罪が有ると言うのか

子供は 未来を失い 
僕は 自由を失う
裁判官にも わかるまい

(41)天日和

僕は 心の部屋に 鍵かけて
又 独り 旅に出る
それが僕の 宿命だから
(鎌倉時代の 末期の 儀海と云う名の 旅の修行僧)

胸の疼きは 部屋の軋みか
摺りへつた スニーカーと
ジーンズ姿で 行けば
いつの日にか 海辺の街角で
少しだけ 希望が残った
傷心の貴女と 出会うだろう

そして 貴女の心の 扉を叩く
涙が 微笑みに 変わる時
振り向かないで 僕は行くんだ

(42)肋間神経痛

会社に出かける時刻になると
俺の左胸が痛む
取締役が外れて
唯の営業課長だ 
給料も安くなっちまった
それで 経営者と社員の サンドイッチだ

ワンマン経営者の口癖は
「好況よ 今日は 不況よ さようなら」
だから 鼻血も出ない

倒産前の噂が忙しそうに 
業界中を駆け巡って 
社長の妻は 夜逃げする

逃げたくても 出来ない俺
いつそ 倒産してしまえば楽なのに
何処からか 金を工面して来る
社長の凄腕 倒れるのは 裏の墓石ばかり

「在庫は少なく 売上あげろ」が口癖
どんぶり勘定 金数え 二重帳簿
棚卸の日に会社を 社員が口で棚卸して

俺は 今日も又 会社に出かける時刻になると
左胸が痛む

(43)嘆き

ああ 都会の
石塀に 囲まれた
狭隘な 墓地に
埋葬された 僕は
コンクリートの 石室で
時の流れに晒される
大地に 還元されることもなく
溜まり水に 浸かりながら
骨壷の中で 仮眠せねばならぬのか

だから 僕の慟哭は
怨念となり 幾重にも重複し
僕の執念だけが 抜け出し
都会に黒雨を 降らすだろう

そして 僕は 現世に
黄泉がえり 輪廻する

僕の 抜け殻は いつまでも 残る
都会の 黒雨も 永遠に 降り続く
だから 僕を癒やす 呪文はいらない
貴女の 温もりが ほしい

(44)海のオイルフェンス

西暦二千年の夕陽が 沈む日に
恐怖は 憎悪に替る
地上に降り立ち
囲まれた 核基地の
黄色いボタンを 僕は押す
 
ああ その時がきっとくる
そして 僕は 投獄される 
静かな海は 巨大なスクラップ 工場へと繋がる
汚染された カモメが
遅れた八月の夏に 乱舞するだろう

僕の罪科は 誰よりも重く 加速される
僕も 貴女も 滅ぶ日を 迎える

(45)昇給通知

ああ 僕の苦悩は
何処まで 果てしないのか
見上げれば 星が見えるはずなのに
薄汚れた 都会の 片隅で
鉛の分銅を 首からぶら下げた
ピエロの仕草で 僕は歩く

片足を失った犬が 空き地で
吠え続ける 夜に
田舎で忘れられた 映画の
サイレントシーンが始まる

ドーム型の体育館で 
老人が 腕立て伏せを 繰り返す
僕も昔の 流行り歌を 口ずさむ

団地の床下で 糠味噌が
腐っているのに 地球は廻っているから
僕の苦悩も 細い針金の上で
ジャイロ駒となって 廻っているに違いない
僕は昨日 一枚の
昇給通知を 貰いました

(46)埋葬

子供のまんま  
死んだ
姉みたいに 
貴女の 手で僕を
蒼茫の 大地に 
遺棄して 下さい

(47)窓

開いている 窓の向こうにも
闇が続いている
僕らの 宴会は
華やかに 進んでいるが
僕は 目をつぶって 酒を流し込む

ひとりひとりの 飢えと渇きが 麻痺するまで 
昨日までの 僕が今までの僕で 
明日の僕が 解らなく迄 飲むんだ

宴会場を 片づける女が
窓を閉める頃に
僕らは人生の 曲がり角で
彷徨っている

(48)「さようなら」

幸福の留め金を 貴女の 
しなやかな左手で 外された僕は
貴女の姿が 闇に紛れてしまうまで
引き絞った 弓のように
息を殺している

僕に訪れた 幸せが
貴女の不幸と 入れ替わって
僕の「さようなら」は
闇に 吸い込まれてしまう

(49)魚の日

僕は子供の頃に 釣った魚の 夢を見るんだ
投げ込まれた 井戸の底で 
魚が黒く育ち 水位が揚がると 
グルグル泳いでいたっけ

僕らが使かっていた井戸は 大家のもので
家は親父が建てた 掘立小屋だ
もちろん土地は 神主のもの

或日 高速道路建設が 舞い込み
僕らは 故郷を離れたが そうでもなかったら
鋳掛屋に見放された 鍋だ

都会の 団地の 箱の中に住む
僕は 魚も井戸も忘れて
空中に浮かんでいる

今 僕の 口に懸っている
釣針が 僕の夢を 萎ませる

(50)月夜峯

丘陵の上に 女子大の校舎が建ち
昔の砦跡はないが 春のパステル画の
ナラとクヌギの 林が残った

絵にしたいのだが 今の僕は
血ぬられた 画布を左手に持っている
醜悪な所に 咲く花が
美しいように 丘陵は
腐食土の 盛り上がり

今日も 体育の授業に 汗を流す
女学生が月経を 校庭に灌ぐのを
片隅のテニスコートで カルコートを播く
気のいい用務員は 眩しそうに見ている
(僕の知り合いだ)

秋になると 運動会がある
女学生は 林の中に潜んでいる男に 
恥垢を なめさせるから
生まれる赤子は 僕と同じ道を辿る