たろうくん(太郎)のつぶやき

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詩集『昔書いていた詩Ⅱ』

2016-08-01 13:49:27 | 
詩集『昔書いていた詩Ⅱ』
                        清水太郎
   
(1)抱擁

貴方の心を弄ぶ 私は悪い女です
行きずりの 男に抱かれ
燃える炎を消しきれず
悪魔に身体を売り渡す

快楽求めて 蛾のように
ネオンの闇に紛れこみ
軽い情けに 軽い尻
嘘で飾ったドレスを纏い
手練手管の マリア様

伸びた肢体で 男を誘い
微笑みながら 男の体液 吸いつくし
カマキリみたいに 食い殺す
荒れた心に 乾いた唇開き
唄う 涙の 騙し歌
私は夜の 青緑泥

(2)朝の飛行

輝く朝に 心のアクセル 
力一杯 加速して
未知の世界に 飛び出そう
広げてみよう 心の翼 大空に
大地は緑 空は青
丸い地球を ひと回り
心の垣根を 飛び越せば
言葉は世界の 兄弟だ
手をつなぎ 記そう 心の伝言板
輪になって 心の扉 開いてみよう
心の歌を 唄ってみよう

(3)時刻表

人生の旅路で見た
複雑に編成されたダイヤ 
その片隅にある無名の駅を 
夜行列車は通過する

東雲の空に向かって驀進する
展望車の窓にかけられた 
浅黄色のカーテンが開けられると
寝台車で萎えた青春を抱きしめて
仮眠する僕らに色褪せた朝が始まる

目覚めた僕らは陽の当らない 
窓辺の座席で欠伸をする
終着駅も知らない僕らに 
車掌が時刻を告げる
「アナ―キイな夜明けだ」とつぶやいて 
僕は貴女を見る
 
貴女の言葉のツルハシで 
心に空いたその穴から
溢れた涙が雨になる 
頃は八月蝉しぐれ 

(4)ポケット

君の膨らんだ ポケットには
何が入っているんだろうね
僕のポケットは
過去の異物で 一杯だけれど
君の ポケットには
希望とかも 入っているんだろうね

 (5)バリアー

君を 愛のバリアーが
覆っているから
安心して 眠っていて 
いいのよだよ
だけどね 不安が
君の 棚の上に
乗っているから
注意した方がいいよ

(6)アンテナ

世界中を 電波がめぐり
身体中を 電波が 突き抜けているから
恋の電波は 素早く キヤッチしなさい

(7)笑顔

悲しかったら 泣いても
いいんだよ でもね
君には 笑顔が
一番 似合っているよ 

(8)季節

職業安定所の 
紹介係が
ほんの少しばかりの
自由を斡旋して
季節は過ぎゆく
回転木馬
春の雲雀に
夏のハマナス
秋の長雨
冬の雪しぐれ

(9)手紙

別れ手紙のあとがきと
空の封筒 握りしめ
窓辺の紫陽花 見つめます

涙で滲む 文字のくせ
白紙の便せんは 語ります
あの時 貴方が 眩しくて
外は六月 雨上がり

別れ手紙のあとがきは
残した未練の胸の内
急いで印す走り書き

外は六月 雨上がり
心の穴は みつからぬ
言葉の杖は もういらぬ

(10)人形

私は貴方の操り人形
言葉の綾で
あやつりの糸は切れ
唯の女になれたのに

乱れた髪に 細い指
切れた糸を絡ませて
ひとり寂しく 糸をつぐ

舞台の幕が閉まっても
慣れぬ楽屋の 片隅で
ベビードールの独り言
心の糸は紡げない

貴方の心は 糸車
カラコロ カラコロ 廻ります
埃にまみれて 操り人形
 
昔の夢を追いながら
貴方の姿を探します
煌めくライトと歓声に

答える貴方は 恋のあやつり師
もつれた糸を 解きほぐし
私の 心の糸車
カラカラカラと 廻します

(11)青春

僕くらの青春 荒削り
言葉のカンナで 削っても
心の傷が 深すぎて
時の流れの 標準器
求め独り 旅に出る

僕くらの夢も 船出して
過去と未来の 中程で
時の嵐に 巻き込まれ
折れたマストに ぶら下がる

ああ 君よ 勇気を持って
破れた帆を 揚げよ
僕は独り 海原を漂って 
見知らぬ港に 辿り着く

そこで 僕くらの青春 
総仕上げ 心の 立て板に
時の金槌 振り下ろす 

(12)異国

異教徒の住む砂漠で
風に逆らうのは 砂ばかり
風がそれを手助けする 
砂丘に気紛れな 
アラベスク模様に似た 
風紋を残して
駱駝に乗ったアラビア人の 
隊商を迎える

アラビア人と駱駝の歩み
何千年の昔から 
砂漠も人も 変わらない
風は生涯吹き続け 
アラビア人の 
旅は終わらない

砂漠で風に逆らうのは 砂ばかり
ああ 風よ 砂丘に 異教徒の
悲しみを刻み 何処まで渡りゆく
アラブの歩みは 駱駝の歩み

(13)蟻地獄

雨が降ると 子供たちは
神社の床下に 潜り込み
蟻地獄を 掘り返し
イチッ子を 捕える

だが それが ウスバカゲロウの
幼虫であるのを 知らない
時に 蟻を 突き落とし 遊ぶ

その村も 神社も
成人した子供たちには 遠くて
待ちぼうけの イチッ子には
遠い時の流れです

(14)立川

「朝鮮戦争の時は アルコール死体の腹さいて 
ええ給料の仕事があった」
基地の門前で老人が 倒れるときに呟いた

鉄条網は青錆びで 飛行機の飛ばない
滑走路には 雑草
団結小屋に出入りするのは 砂川村の
歴史を 特製の消しゴムで 消した
老人と 子供達

自分の国に 他国が有る 現実を
言葉で知っても 身体が知らない
基地が返ってくる その中にあった
悲しみと喜び 許せないのは
傍観者と 政治家
暑い夏の終わりに 村にあった 小さな戦です 

(15)投影

盆地の小都市の 入道雲の上に
登山者の目から 投影された 
ヒマラヤの峰々が 現出する

都会のキャラバンは進まない
心ばかりがヒマラヤに飛んで
彼らの地上に 聖域はない

夢の中の 日常で
彼らは遭難し SOSを発信する
或日 ネパアールの救助隊が
その信号を 偶然に傍受する

(16)器械体操

あん馬の上で 倒立していた
僕らの時代の 幽霊は
僕らの言葉を 真に受けて
冷たい心を 置き忘れ

ガラスの向こうの 真実に宙返り
ああ おまえ聞いて極楽 見て地獄
嘘を地表に敷き詰めた
都会の暮らしは 身につかぬ

砕けた情けを 石に変え
賽ノ河原に 積みあげて
ひとり故郷を 思いだす
因果の糸は 切れ切れで
今は懐かし 生き地獄

南無阿弥陀仏の お経も知らない 僕らを見つめ
こんな世界と 知らなんだ
ひとり静かに 嘆いてる

(17)石棺

闇黒の闇と歴史の時に守られて
地中の 石棺の 深い眠り
この俺と地表の土を払いのけ
重ねた石蓋 取り除き
呼び醒ますのは 誰だ

お前たちに この世の権利があるように 
疲れた身体を 横たえて
深い眠りと 安息の 日々を過ごす俺たちの
自由を 犯して 良いものか

今更 この世に 生き返り
手厚いもてなし 受けたとて
何処へ行っても 見当たらぬ
見世物小屋の 俺たちだ

裸の骨の 真実を晒されて
深い眠りは もう出来ぬ
墓をあばいたやつは 必ず共にとり殺す
安息の日々 取り戻すまでは

(18)漁火

時のうねりを知らせるように
沖合から 押し寄せる 波
ローラーで 平均的に地ならしされた
浜辺で 漁火を見つめる

男たちの 瞳に映える
非暴力の旗を 背負って
のろのろと 歩む青亀よ
だが 深海に降る
マリンスノーが積り その重みで
海底が陥没して 海鳴りが始まると
俺も海女も 汚染された
阿古屋貝を求めて 船を出す

ああ 海鳴りの 浜辺で
網を引く 老人たちの目から 
ウロコの 角膜が 剥がれ落ちる 

(19)広島

ピカドンの日
数百キロ離れたところっで
 俺は 母の 子宮の中
隣の姉と 一緒に
羊水に 浮かんでいた

だから俺は 今も被爆者ではない 
双子の兄弟 その男の 
名前「峠三吉」を知る前までは

八月の 熱い日になると
広島の 被爆者と共に
ピカドンの日を 忘れない


(20)海水浴

浜辺に タイプライターのような
足跡を残し 入墨男は波間で
情婦と楽しんでいる

危険信号のブイが 時々 波間に消えると
次に やって来るのは 好奇心と怒り
それらを運んで 波は浜辺に 辿り着く

その浜辺で 口をあけて 死んでいる
貝の記憶を 俺たちは知らないが
漁師たちは 知っているか

波は 何処からやってくるのか 誰も知らない
夜 子供たちが 花火を打ち上げる

入墨男は 情婦の 性器を 弄りながら
花火に向かって 飛び込んでくる 
夜の鴎を ピストルで 撃ち落とす
俺たちにとって 許せない 夏の始まり

(21)海水浴(Ⅱ)

ヤクザと情婦が 後背位で交合する
波間で 俺はブイにしがみつき
入墨された 極彩色の 夏に出会う

位相の波が重なり 俺を襲う
浜辺に置き忘れた 昨日までの俺を 引き算して
咽喉に侵入する 苦い海水の法印

俺の日常は 浜辺に突き立てられた
ビーチパラソルの継目に 挟まれて
日影で 使い古しの 性器を
セパレートの水着に 貼り付け
女と 転がっている

女の予備軍から 抜け出した少女が
腹の突き出た男の前で 日焼けした内股に
貼り付けた 禁欲の免罪符を いとも簡単に 剥がし 
バスケットの中に 投げ込んでゆく

男の記憶の中では まだ子供の少女が
波に向かって 砂の防波堤を 造り続ける
その足元で うつ伏せになって 死んでいる 
青貝と重なる

(22)凍る

季節風の吹き出しが 雪女郎と共にやって来て
山頂を真冬の壺に押し込め 白く凍らせる

石室でツララを飴のように しゃぶりながら
狂乱する冬の使者を やり過ごしていた 山男に出会った
 
はにかみながら 差し出す手を 握ったら
山男の喜びが 石室に拡がった

吹き込む風の音に 夜 目覚めると 山男はいない 
朦朧とする 意識の中で
出あった山男は 俺自身であったのかと 考えながら眠ってゆく 
SOSの無線を 貴女に打電しながら

(23)ロストボール

過去のプロゴルファーが殴打する ゴルフボールは
少し狭くなっているグリーンの 
白杭のオービーゾーンを飛び越え ロストする
僕も人生の藪に迷い込み
青春をロストしかけている
ところで聞くけど 君の青春はどうだい
けれどもね ロストボール探しの名人の キャデイは
そのボールを 必ず探し出すんだ

たとえそのゴルフボールが アイアンで傷ついていても
おう それなのに 今日も 都会のゴルフ場では
過去のプロゴルファーは 人生をロストしかけている

(24)求職者

人工衛星スカイラブの落下する月 
(直訳すると大空の愛が落下するとは皮肉だ)
鈍行列車を途中下車した 無職の三十男が
何度も 送り返された 偽りの履歴書を
燃やしに 街はずれの公園へゆく

木製のベンチに座った 義眼の試験官が
「どうして辞めたんだい」
「理由などない いやだから」
男は小声で呻くように答える

真実らしい嘘を 整理しながら 
(失業保険はとうに切れている)
ガタンと夕陽が傾いても 男の帰る家はない


おう 鈍行列車の時刻表を 眺める
乗り遅れの乗客が 僕だ 
(祭り囃子がピーヒョロロ)

(25)予感

ウインチで巻き上げられた偶然が
43階のビルの屋上から落下するように
死は加速されて物憂げに歩く 
地上のお前を突き刺す 
そんな 或日 夕陽が黄金に燃え
都会の裏町に隠れた 偽善者を映す

ちょと貴方 天国行きの時刻表が改正されました
お間違えのないように 人は皆、月曜日から日曜日の間に死んでいますね
金も名誉も持ち込めぬところが有るでしょうか

善と悪が判定される 特別製の天秤では 
貴方の過去は反映されないでしょう
そして、誰もがいつの日か、死の切符を無理やりに買わされて
請求書が送られてくるのです 支払う代価は命です

あの世行きの行列に並ぶ老婆に 偶然の死はない
僕にはいつごろ届くのだろう 死の案内状
その配達人は 貴方ですか
だが、僕は今、無職なのであります

初冠をつけたばかりの少年が 一眼レフカメラを構えて
澄んだ瞳の中に 死の光景を連写する 夕暮れに
胸のふくらまない売春婦が 快楽を捨て 街角に立っている
 
売春婦を買う為に稼いだ金ではない
給料袋をポケットの中で 固く握りしめ
不能になった性器を 露出させて
小走りに走りさる お前を罵って
売春婦も 少年も 夕陽と共に
奈落の底に落ちてゆく
待ち構える 死の先触れのように

(26)必然性

真夜中に 突然にジョキングを始めると言って
駆け出した男に 仕上げたばかりの
入れ歯を磨きながら 老人の歯科技工士が聞く
「どうして走るのか 老いれば枯れる身体なのに」
戸惑いながら男は答える
「ならば どうして1年は365日で、大安の次に仏滅が来るのか」

老人は立っている 男は走っている
ランニングシューズの底に 少しばかりの自由を 安堵して
地球の上に立っているのではなく 逆さまにぶら下がっているのだと
 
夜の公園の森を 傾斜して飛ぶ 蝙蝠のように 呟きながら
男の工具箱には大工の 差し金がない 
唯、時代を暗示する 大型のレンチが 口をあけている

男の野球帽は八角のボルトで止められ
呪術師の 言葉に 傷ついて
夜の闇に向かって 駆け出す
妻の待つ 眠りの上へ 一直線に

(27)貨車

連結器の外れてしまった貨車が 
逆方向に走り出すと
僕は過去の象徴であった 
反戦と書かれてたファイルを取り出す
僕らに関わりのない今の繁栄が許せないのだ

だから、僕らの胸の画架にある キャンバスは真っ白で
使われない絵具や筆が 足元に転がっている

遠い時代に浮世絵で踏み絵され 言葉を発するよりも 
先にお前を 殺してしまったから

僕が不自由なのは オモチャの手錠を 
心に懸けて生きているせいだ
連結器から外れた貨車が 
破滅の終着駅に向かって 
徐々にスピードを揚げ 突進してゆく 

(28)夢

眠りの中で 釈迦のポーズをして
呪術師の言葉に 聞き込む男は 目覚めて
両手に呪文の入ったバケツをぶらさげ
廊下に立たされた 小学生に変身する

その中身を自分の墓石に 注ぎ込みながら
しだいに成長する 蛾の幼虫のように 脱皮してゆく

男には学校も 教師も 友人も いらないが
愛がほしいという 贅沢な欲望がある

呪術師の呪文を解き 男が必要とされる日が来るまで
自分の愁訴を示す 額のシワを 手鏡に写す
そんな男を見て
呪術師は 今日も笑っている
 
(29)革命家の嘆き

何にもすることがないから
玩具屋に行き プラモデルの
ピストルを買いに行こう

そして、ケチな殺し屋にも
別れの挨拶をして
自分は団地の 水洗便所で 
核戦争のボタンを 押すんだと
呟いて レバーを 横に倒す

昼間は、10年前まで革命家だったので
頭のハゲが 日本のCIAに 見つからないように 
ゴルフ帽をかぶって 外出する

夜は、団地の仲間から マージャンの誘いの 電話を待つ
頭の中で古びた思想が 居眠りしている

(30)喪失

何処で失くしてしまったのか 
何処で忘れてしまったのか
僕らが育ったあの頃

何処に行っても
貧しさが 充填されたガスボンベのように
周りに転がっていた
希望は新品の鉛筆を 削るように
少しずつ 短くなったが まだ残っていた

今の、貧しさは 時々通る
チンドン屋のような 見世物だ
(共産主議は色あせたピエロ)
経済大国日本のプチブルジョアの僕らは
英雄気取りの肥満児だ 本当は 
心の貧しさを どうすることも出来ない
 
(31)宇宙の誕生

数え切れなく遠い 或日
宇宙の果てで 風見鶏のように
定まらない方角に 向かって
超エネルギーが放射された
(これをビッグバンと云うらしい)

それが、我々の誕生と時の始まり
次第に膨張する 宇宙の中で
放たれた矢のように 時は
一方通行で 過去を置いてきた

だから、僕らは 現実を食べて生きている
時間は膨張する宇宙と同じ速度で走り
僕らは其上にいる 止まっているように
思っているだけだ 自己中心的になる

そして、時を刻む暦を作り 辛うじて
安心した 征服者のつもりだ
僕も 時も 光速で走っている 
世界は ノンストレスだろうか

(32)八月の或日

街の零細業者の手で 
納品された金属バットで 
殴打されたソフトボールが 
アインシュタインの
相対性理論の壁を越えて 
少年のグローブに捕えられる

少年は一舜たじろぐが 
次々とボールは殴打される
双曲線を描いて飛んだ距離だけ 
希望を失うが 少年は確実に捕えてゆく
 
少年にある可能性とは何だろう
僕の汗と少年の汗は 同質だと気がつく
 
八月の或日僕の頭の中で機械油のする 
計算機が組み立てられる

少年はゼンマイ仕掛けの 
腕時計をはめて
アインシュタインの 
ソフトボール大会へ出かけてゆく 

(33)白壁

修復すべき壁に囲まれて
男は戸惑っている
幾年月の星霜に晒されて
壁が朽ちている

男の手に新しい土壁
だが白壁は男の修復を拒んでいる

自信がない男の横を
九月の風が土埃を揚げる
壁を宥める
歴史に綴られた過去が
ずーと伸びる

(34)公園

飛行機が
頭上を飛んだ
娘がそれを見て
跳ねる
公園から捕り取りの
「どのこをとろうか」と
子供たちの声が聞こえる
神のいない
午後の娘の子守唄

(35)サーカスの思い出

子供の頃の いつまでも始まらない
天幕で覆われた サーカス小屋の上に 
三月の雲と朝の訪れ

学校の片隅のローラーで 圧殺されていた
僕の幻想よ 目覚めろ

対岸に接続する橋を 
ノロノロと自転車をこぐ
不自由な少年が僕で 
河原の浅瀬に片足で立つ
白鷺が貴女 (彼岸三月 墓場の亡者は 浮かばれぬ)

白鷺が飛び立つと
少年の僕に多感な朝の クラクション
ブレーキ音が 遠のいて
犬も啼かない真夜中 
頭上を 謎の飛行物体が 犯す時刻には
僕も 橋も 狂っている

(36)夏の夕暮れ

熱気を十分に吸い込んで
膨らんだアスファルトの表面が 腐食し始めた 
羊肉のように 徐々に弛緩してゆく
 
両足を投げ出すような格好で 歩いている男の
長身で猫背の 後ろ姿を 水銀灯が写しだす
暗く沈みがちな男の眼に 水銀灯が ボーと映る

「不条理な夏だ」と呟きながら
重たそうに歩く 男が僕だ

(37)誕生日には

焼夷弾の落下音と 高射砲の  
咆哮が 羊水の中で
姉と相関した日々を捨て
仮死状態で 誕生した僕に
潜在意識が 羊水に溶け込んでいる電解液だと
三十四歳の誕生日の 真夜中に気づかせる

そして、僕は卓上の便箋に 少し短い直線を引く
その、両端が 未来と過去で 僕はその線上にいる 
だが僕は まだ生きていることを証明する
公理を見つけることができない 

(38)櫂

後悔ばかりの舟を漕ぐ 僕も貴女も
未来を 限定されるから
老人が 羨ましい

僕が死ぬと 別の時代に 
輪廻するだろう
それが、遠い時代なら 
僕は 幸福でいられるが 
記憶喪失は その代償

僕の現世は 生活ごっこだったから
僕の乗った舟の舵は どの方向に
切られたか物知り顔の 老人も知らない

だから 明日 僕は文房具屋にいって
幾度でも 消せる 
消しゴムを 買いに行くんだ

(39)カメラマン

僕の目は カメラの眼
ファインダーの中から
貴女を 視姦する

僕の 網膜に映った
貴女の 横顔が
どの子よりも 美しいので
僕の シヤッターは
瞬時に 押される

今 僕は 印画紙に
貴女を 定着させている
浮き上がった 貴女を
讃える 言葉の 比喩を 僕は知らない
或日 僕の アルバムで
褐色に変質した 貴女を見ました

(40)衝動

黄金の光を放ち
落下する 夕陽を
捕まえようと
道路に飛び出し
子供は 死んだ

運転手は 僕
同じ夕陽を見ていた
誰に罪が有ると言うのか

子供は 未来を失い 
僕は 自由を失う
裁判官にも わかるまい

(41)天日和

僕は 心の部屋に 鍵かけて
又 独り 旅に出る
それが僕の 宿命だから
(鎌倉時代の 末期の 儀海と云う名の 旅の修行僧)

胸の疼きは 部屋の軋みか
摺りへつた スニーカーと
ジーンズ姿で 行けば
いつの日にか 海辺の街角で
少しだけ 希望が残った
傷心の貴女と 出会うだろう

そして 貴女の心の 扉を叩く
涙が 微笑みに 変わる時
振り向かないで 僕は行くんだ

(42)肋間神経痛

会社に出かける時刻になると
俺の左胸が痛む
取締役が外れて
唯の営業課長だ 
給料も安くなっちまった
それで 経営者と社員の サンドイッチだ

ワンマン経営者の口癖は
「好況よ 今日は 不況よ さようなら」
だから 鼻血も出ない

倒産前の噂が忙しそうに 
業界中を駆け巡って 
社長の妻は 夜逃げする

逃げたくても 出来ない俺
いつそ 倒産してしまえば楽なのに
何処からか 金を工面して来る
社長の凄腕 倒れるのは 裏の墓石ばかり

「在庫は少なく 売上あげろ」が口癖
どんぶり勘定 金数え 二重帳簿
棚卸の日に会社を 社員が口で棚卸して

俺は 今日も又 会社に出かける時刻になると
左胸が痛む

(43)嘆き

ああ 都会の
石塀に 囲まれた
狭隘な 墓地に
埋葬された 僕は
コンクリートの 石室で
時の流れに晒される
大地に 還元されることもなく
溜まり水に 浸かりながら
骨壷の中で 仮眠せねばならぬのか

だから 僕の慟哭は
怨念となり 幾重にも重複し
僕の執念だけが 抜け出し
都会に黒雨を 降らすだろう

そして 僕は 現世に
黄泉がえり 輪廻する

僕の 抜け殻は いつまでも 残る
都会の 黒雨も 永遠に 降り続く
だから 僕を癒やす 呪文はいらない
貴女の 温もりが ほしい

(44)海のオイルフェンス

西暦二千年の夕陽が 沈む日に
恐怖は 憎悪に替る
地上に降り立ち
囲まれた 核基地の
黄色いボタンを 僕は押す
 
ああ その時がきっとくる
そして 僕は 投獄される 
静かな海は 巨大なスクラップ 工場へと繋がる
汚染された カモメが
遅れた八月の夏に 乱舞するだろう

僕の罪科は 誰よりも重く 加速される
僕も 貴女も 滅ぶ日を 迎える

(45)昇給通知

ああ 僕の苦悩は
何処まで 果てしないのか
見上げれば 星が見えるはずなのに
薄汚れた 都会の 片隅で
鉛の分銅を 首からぶら下げた
ピエロの仕草で 僕は歩く

片足を失った犬が 空き地で
吠え続ける 夜に
田舎で忘れられた 映画の
サイレントシーンが始まる

ドーム型の体育館で 
老人が 腕立て伏せを 繰り返す
僕も昔の 流行り歌を 口ずさむ

団地の床下で 糠味噌が
腐っているのに 地球は廻っているから
僕の苦悩も 細い針金の上で
ジャイロ駒となって 廻っているに違いない
僕は昨日 一枚の
昇給通知を 貰いました

(46)埋葬

子供のまんま  
死んだ
姉みたいに 
貴女の 手で僕を
蒼茫の 大地に 
遺棄して 下さい

(47)窓

開いている 窓の向こうにも
闇が続いている
僕らの 宴会は
華やかに 進んでいるが
僕は 目をつぶって 酒を流し込む

ひとりひとりの 飢えと渇きが 麻痺するまで 
昨日までの 僕が今までの僕で 
明日の僕が 解らなく迄 飲むんだ

宴会場を 片づける女が
窓を閉める頃に
僕らは人生の 曲がり角で
彷徨っている

(48)「さようなら」

幸福の留め金を 貴女の 
しなやかな左手で 外された僕は
貴女の姿が 闇に紛れてしまうまで
引き絞った 弓のように
息を殺している

僕に訪れた 幸せが
貴女の不幸と 入れ替わって
僕の「さようなら」は
闇に 吸い込まれてしまう

(49)魚の日

僕は子供の頃に 釣った魚の 夢を見るんだ
投げ込まれた 井戸の底で 
魚が黒く育ち 水位が揚がると 
グルグル泳いでいたっけ

僕らが使かっていた井戸は 大家のもので
家は親父が建てた 掘立小屋だ
もちろん土地は 神主のもの

或日 高速道路建設が 舞い込み
僕らは 故郷を離れたが そうでもなかったら
鋳掛屋に見放された 鍋だ

都会の 団地の 箱の中に住む
僕は 魚も井戸も忘れて
空中に浮かんでいる

今 僕の 口に懸っている
釣針が 僕の夢を 萎ませる

(50)月夜峯

丘陵の上に 女子大の校舎が建ち
昔の砦跡はないが 春のパステル画の
ナラとクヌギの 林が残った

絵にしたいのだが 今の僕は
血ぬられた 画布を左手に持っている
醜悪な所に 咲く花が
美しいように 丘陵は
腐食土の 盛り上がり

今日も 体育の授業に 汗を流す
女学生が月経を 校庭に灌ぐのを
片隅のテニスコートで カルコートを播く
気のいい用務員は 眩しそうに見ている
(僕の知り合いだ)

秋になると 運動会がある
女学生は 林の中に潜んでいる男に 
恥垢を なめさせるから
生まれる赤子は 僕と同じ道を辿る

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