本当に久しぶりです。
今日も静かにだらだらと書いていきます。
はじめにどうでもいいことをおことわりしておきますが、一人称変えますね。
さて前回から今日までどんな生活を送っていたかというと、
テストの勉強をして、テストを受けて、夏休みになって、帰省して、
地元の友達と遊びまくって、戻ってきて、サークルに行って、
また遊んで、寝て、筋トレして、料理して、新学期が始まって、また鬱、って感じですね。
夏休みも終わってから1か月経ちますが、夏休みについて書きます。
夏休みは本当に楽しかったです。
やっぱり地元の友達が一番だなと思いました。
大学にもそれなりに友達はいるんですが、なんというか大学は自由すぎる分、
彼らとそんなに一緒にいる必要がなくて、それ故にそこまで深い関係にならないのかな、と思います。
高校まではほとんどいつもクラス単位で行動だったし、毎日のように部活も一緒にやってましたから。
大学みたいに「ここは何となく居心地が悪いからやめよう」っていうふうに、
いくらでも逃げ道があるわけではありませんし。
思えば高校に入ったばかりのときも、中学までの友達の方がよかったって思ってましたが、
今では高校の友達が一番ですからね。
やっぱり苦楽を共にしていくことで、次第に仲は深まっていくんでしょうね。
夏休みの間には、もう一つ出来事がありました。
祖母が亡くなりました。
僕の親戚は結構高齢なのですが、不思議と直接かかわりのある親戚が亡くなったのは初めてでした。
悲しかったです。
僕の実家は北海道ですが祖父母は大阪にいたので、年末年始と夏休みくらいしか祖母には会っていませんでした。
それでも祖母は本当にやさしくて好きだったし、尊敬していました。
最後に遺体と対面すると、本当に痩せこけていて、頬は沈み込んでいて、
ああ、これが死ぬってことなんだ、と実感しました。
それと同時に、祖母は亡くなるときに何を思っていたのだろう、と思いました。
GReeeeNの『刹那』という歌の歌詞に、
「運命だとか 人生だとか ようは最後の1秒に
笑ってたくて ただそれだけで 全て答えは自分の中」
というフレーズがあります。
こんなお葬式の最中にJPOPなんか思い出して何考えてるんだろう、とも思いましたが、
祖母は最後の1秒に笑っていられたのだろうか、どんな気持ちで人生を終えたのだろうか、
そんなことを考えていました。
祖母は僕の知っている中でも一番優しい人だと思います。心からそう思います。
いつも自分よりもひとのことを第一に考えていて、絶対に誰からも恨まれるような人ではありませんでした。
そんな祖母が最後に笑って人生を終えられたことを、心の底から願っています。
もう一つ、死の直前について。
これはこの前ツイッターでたまたま流れてきた言葉なのですが、
「『ああ、面白かった 疲れた――』って言って死ぬのが夢なんだ」
という台詞が漫画に登場するようです(何の漫画かはよく知りません)。
これを見たとき、なんだか心が震えました。まさにこれだな、と思いました。
最高に楽しくて、充実した人生を送ったということがこの上なく表されているように感じました。
楽しかった、ではなくて面白かったというところに少し人生の余裕のようなものを感じるし、
疲れた、というところにもう十分だ、ちょうどいい頃だ、という満足感を感じます。
本当に人生最後の、最高の夢だと思います。
そんなことに憧れている今日この頃ですが、後悔しない人生を送ろうというのは高校の頃からずっと思っているわけです。
でも高校時代からヘタレだった僕は、なかなか勇気も出せずに周りに流されて生きてきた節が大いにあります。
だから、いつも自分の信念のままに最良の決断をしてきたとは到底言い難いです。
それでも、今は数々の選択を後悔する気にはならないんです。
なぜかというと、それはきっと自分が運命論者だからですかね。
ことあるごとに、「あのときこうしていればよかったのかな」と思うことはあります。
例えば「、違う大学行ってた方が楽しかったのかな」とか、
「あのときあの子と付き合っておけばよかったかな」とか。
でもそういうことを考えたすぐ後に、
「どうしたって自分はこうなっていたんだろう」と思うんです。
つまり、「自分はこうなることしかできなかったんだ、これが運命なんだ」と。
歴史にたらればは存在しない、この言葉に尽きる気がします。
道はいくつもに分かれているように見えて、実ははじめから一本しかないのです。
心の芯から諦念が溢れ出ているように思えるかもしれませんが、どちらかと言えばこれは過去に対してのみ考えますし、
今や未来を良くしようと努力する必要がないとは思いません。
目の前には道がいくつもに分かれているけど、振り返ってみると後ろには選ばなかった道はなくなっている、
実ははじめからそれ以外の道は存在しなかったんだ、というふうに考えています。
実に都合がいいですね。
これもつい最近ですが、「自分はプラスの多そうな道よりも、マイナスの少なそうな道を選んで来た」
って気づいたんです。
これじゃ人生面白くないんじゃないかと。
だからそれ以降、少しずつ、本当に少しずづ、今までとは逆の道を選ぶようにしています。
いろんなところに顔を出したり、思い立ったらすぐに出かけてみたり。
これでいいんじゃないかと思っています。
いつまで続くかはわかりませんが、最期に笑って人生を終えられるように。
祖母に褒められる生き方をできるように。
それではみなさん、さようなら。
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