こんばんは。
一昨日帰省から東京に戻ってまいりました。
帰省中は本当に楽しくて、死にたいなんてこれっぽちも思わなくて、
このブログのことなんかも黒歴史かよみたいなくらいに思っていたのですが、
こちらに戻ってきてからのこの短期間で劇的な鬱の戻りを見ました。
そういった経緯でパソコンに向かってぽちぽちやっているわけです。
今回は帰省の間に感じたことを少し。
帰省の間は、地元の友達と遊びまくっていました。
その中で感じたのは、みんな少しずつ変わっていくんだなあ、ということ。
高校を卒業して1年半。
その間には皆、大学に入り(浪人の人もいますが)、一人暮らしをする人も少なくありません。
ここまで大きく環境が変化し、自分自身も十代の終盤ということでまだ思春期と呼べる時期です。
このような状況では、僕たちが変わるのも無理もないでしょう。
それでも僕たちの関係は変わらずにいられるのでしょうか?
「高校時代の僕」と「高校時代の君」の間に成り立っていた関係は、
「大学生の僕」と「大学生の君」、「社会人の僕」と「社会人の君」、
あるいは「おじいさんの僕」と「おじいさん・おばあさんの君」の間でも成り立つのでしょうか?
それは難しいのでしょうね。
僕は今大学よりも高校時代の方が楽しくて、
高校時代までの思い出が、崩れそうな僕をぎりぎりのところで支えてくれているのは確実です。
「僕には帰る場所がある。」
その想いだけで生きているようなものなのです。
そんな僕が、先月書いた話のように、再び「僕の場所」を失ったら、
どうなってしまうのでしょうか。想像したくもない。
また新しい「僕の場所」を見つけなければ、と思います。
僕だけに限らないと思います。
人間って、心から居心地がいいなと思える「自分の場所」がないと、
その人を待っているのは、深い、深い、絶望なのでしょう。
陳腐な言葉で言えば、「心のふるさと」。
それがない人は、おそらく、根無し草のように、自分がどこにいるのかもわからない、
自分が何者なのかもわからない。
僕のことを「過去にこだわっている」という人がいます。もちろん事実です。
でも、それを言うのは常に「今いる場所」を「自分の場所」に更新できるからなのです。
それができない僕のような人間は、昔あった「自分の場所」を、
大事に、大事に抱きかかえていくしかないのです。
そうしなければ、僕が崩れてしまいますから。
しかし問題は、さっきも書いたように、
人が変わっていくのに従って関係も変わってしまう、ということです。
つまり、昔あった「自分の場所」は永遠ではなく、有効期限があるのです。
どうしたら常に「自分の場所」を持っていられるのでしょうか。
その答えが、「愛」なんだろうなあ、と思います。
愛なんて言葉使わなさすぎて、「あい」の変換で随分下の方に追いやられていましたが。
いきなり安っぽいことを言うなあ、とお思いでしょうか。
しかし、これは本当に思うことなのです。
以前読んだ文章に、印象的なものがありました。
どこで読んだかも忘れてしまったので、引用元も書けませんがご容赦ください。
まとめると、こういうことです。
恋愛は、自分のアイデンティティを求めるゲームである。
私たち人間は、生まれたばかりのとき、ただ「自分が自分である」、
それだけで親から認められ、愛を受けることができた。
しかし、成長していくと、社会では「自分が自分である」だけでは、誰にも認めらない。
認めてもらうために私たちは、自分をよく見せようと様々な努力をしている。
だが、「愛」があれば、話は別である。
自分を愛してくれる人を見つければ、幼いころの
「自分が自分である」だけで認められることを取り戻すことになる。
それを求めて、私たちは「愛」を探すのである。
まあ様々な意見はあるでしょうが、概ねそうなのだろうな、と思います。
実際に愛を求めるのは進化論からいっても子孫を残すための本能でしょとも思いますが。
心の問題として考えたとき、同意できると思います。
「自分が自分であるだけで、認められる」
これ以上のことはありません。
多くの人が言う手垢のついた言葉でもあるように、
「誰か一人、心から信頼できる人がいれば、人間は生きていける。」
本当にそうだと思います。
「自分の場所」にいてくれる人は、そんなに多くなくていいのです。
一人でもいいのです。
誰か、どんな状況であっても自分を認めてくれる人が、たった一人いる。
それだけで十分でしょう。
先ほど昔の「僕の場所」には有効期限があると書きましたが、
「愛」となれば話は別です。
もちろん冷めてしまう愛もありますが、
いわゆる「永遠の愛」なるものもあるのではないかと思います。
それが見つかれば、人間は幸せです。
逆に、その「僕の場所」から離れていく人も、
新しい「自分の場所」を見つけたのでしょうから、祝福すべきかもしれません。
皆、僕も含めて、それぞれに「愛」を見つけて、
昔の「僕の場所」を卒業できたら幸せです。
そうなることを信じて、しばらく待ちましょう。
誰か、愛してください、愛させてください、誰もが愛されてください。
世界が愛で溢れてください。
やっぱり改めて見返してみても陳腐ですね。まあ良いです。
それではみなさん、ごきげんよう。
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