繁浩太郎の自動車と世の中ブログ(新)

モータージャーナリストとブランドコンサルタントの両方の眼で、自動車と社会をしっかりと見ていきます。

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カマロ試乗して感じました。クルマの楽しさ。

2018-02-20 16:04:26 | 日記

カマロって、自動運転や燃費などの現在の効率や品質を向いたクルマ造りからは少し離れている。

というか、時代性は意識するものの、自動車の楽しさの車造りを守っているように感じる。
言い換えるとブランドをシッカリと守っているともいえる。

自動車離れと言われますが、作る方も楽しさ軸のクルマ造りを特に日本車はしていないように思う。
メーカーが異なっても、各車のウリ文句はほぼ同じですよね。

楽しさといっても難しいが、とにかく「個性、ブランド」かなと。
(あと、造り手が楽しんでいるかどうか・・・。)

あいつはこんなやつ、こいつはこんやなつ、と個性が最低限必要なのではと思う。
でないと楽しくない。(友達関係と同じ。)


燃費などを良くするのは良いことなのだが、そこへのアプローチが効率だけでやるから、どれも同じになっていってしまう。

カマロは、クルマの楽しさ、ブランドとしてのカマロらしさを守りながら、燃費や走りのフィーリングからディスプレイのデザインまでアップデートしている。

カマロの造り手は、造り手としてやるべきこと、ユーザーのためにやること、がクリヤーになっていて、売らんがためだけではないクルマ造りが出来ているように思う。
最初から台数を狙ったクルマは個性が無くなり、楽しさなんて感じない。
カマロはそういう意味で、存在感のある楽しいクルマになっている。

学生のころ、良くヤンチャして遊んだ友達が、ヤンチャさは残しながらも、キチッと社会の中で暮らしてる。
そんな、友達に、久々に会ったような気持ちだった。
 
カーメーカーの価値観として「台数売れたクルマは良い車」としていると、世の中はツマラナイクルマだらけになる。
世の中車離れと言われて久しいのに、カーメーカーはまだわからないのか?
 
「開発者はわかっているが、社長以下のお偉いさんがわかっていない。」といういい訳をする開発者は今一度考えて欲しい。
 
カマロの記事も、ついでに読んでください。
大磯の吹きっ晒しの駐車場で、ものすごく寒い中で撮っていただいた写真が載っています。笑えます。
しかし、寒かった。
 

シボレー カマロ試乗記 クルマ本来の楽しさを持っているhttps://autoprove.net/column/it_says/164948/3/ 

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自動車のチェーンの功罪

2018-02-19 11:45:31 | 日記

1月の末に、東京でも大雪が降って交通網が混乱した。

私は、スタッドレスタイヤを毎年はいている。12月から3月末をメドにしている。

1月の末の大雪の時は、クルマで杉並区から環八を通って神奈川県の町まで、クルマで出かける用事があった。

出かける前のテレビで、東名は通行止めで、国道246は多摩川の橋の上で渋滞しているのが確認できた。

覚悟を決めて、家を出てグーグル・ナビを確認すると第三京浜を通るルートがオススメ経路だった。

第三京浜は通れるのだと思って、渋滞の環八を行き第三京浜の入り口までやっとのことで来たと思ったら、第三京浜も通行止めだった。グーグル・マップでは通れることになってたのに・・・。

それからが、大変で、いわゆる裏道・・・申し訳ないが、山坂の住宅街も通り抜けて、神奈川県の町まで行ったが、途中で捨ててあるクルマを多く見た。スタックして置き去りにしたクルマだと思う。

また、スタッドレスタイヤをはいていないクルマも多く見かけた。

チェーンをはいているクルマは少なかった。

いずれにしても、神奈川あたりの住宅街は山坂が多くあり、このあたりに住む人にとって、普段雪がなくてもクルマのエンジンがうなるほどの坂道なので、大変だろうと思う。

しかし、このあたりのクルマは当然のごとく滑り止めは何かしら装着していた。

 

この日一日で雪は溶けず、家の周りでは2〜3日残っていたが、環八等の主要道路は直ぐに路面から雪は消えた。

 

しかし、その後に「大変なモノ」が2つ残った。

1つは、荒れた道路だ。

トラックのような大きな車両がチェーンを巻いて走った結果がメインの原因と思うが、道路表面のアスファルトが部分的に削れて、ガタガタ道路になっていた。

もう一つは、その削れたアスファルトがメインと思うが「砂埃」がすごくなった。

霧のように、先が見えなくなるほど、巻き上げられた。

これは、一週間程続いた。

いまでも、3車線の一番左側を車幅の大きいクルマが通ると、路肩近くにたまった「砂埃」を巻き上げる。

これは、健康に良いはずがない。

元々、スパイクタイヤの禁止はこの砂埃によるものだった。

雪がなくなってからも、チェーンのままジャリジャリと音を立てながら走っているクルマは意外とあった。

その中で多く見たのが、宅配便のクルマだ。

多分、細い道に入ると雪が残っている道もあることから、安全のためにということではないかと思う。

その考え方は間違ってはいないが、雪が溶けてアスファルトが出ている道路で、重量の重いくるまがチェーンを巻いて走るとどうなるか・・・。

 

これは、スパイクタイヤと同様にチェーンの使用を禁止するしかないと考える。

代替としては、ゴムチェーンだろう。これも、色々とネガティブな事はあると思うが、チェーンは絶対にスパイクタイヤ同様にいけないと思う。

 

1月末の雪の後、環八近くに住む人の家には多くの砂埃、粉塵が舞い降りて、洗濯物なんて干せなかったことだろうし、健康的にも注意されたことと思う。

また、この荒れた環八は税金を使って、期末に?補習工事をするのだ。

 

これでは、全く先進国でなく、恥ずかしい。

古い法律や習慣は、改めるべきと思う。

日本は、クルマ関係の法整備やドライバーのマナーが遅れていると常々感じている。

せっかくのおもてなしの文化があっても台無しだ。

 

 

 

 

 

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日産新型リーフとEV車普及への課題

2018-01-24 19:00:16 | 日記

リーフの記事をオートプルーブに書きました。

EVは中国を中心として、エネルギー政策やIT/AI政策等と足並みを揃えて、単に環境車ということでなく、国策として普及を進めているようにみえます。
しかし、途中でトンズラ?ペースダウン?する可能性も否定できないと思います。

バッテリーの生産量と品質が守れるのか?

なにより、ユーザーが買うのか?

課題は多いですが、とにかく中国などは2019年からと言っています。

 

https://car.autoprove.net/2018/01/60861/

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「定年」はやっと卒業

2018-01-17 09:24:06 | 日記

 今回は、とんでもない、「お題」ですが、早稲田のある先生が「隠居研究会」というのを開催し、それに参加させていただいて色々と、「定年後」を考えています。

 

その中で、私は日本においては「定年はやっと卒業」と思えるのです。

定年まで、幼稚園から、学校、会社とずっとどこかに所属してきているのが、日本の殆どの人達(サラリーマン)です。

定年は、会社によっては突然くる(くび)定年もあるでしょうが、だいたいが60とか65才です。

だから「定年後」は、この社会システムによるのです。

定年のない国だってあるのです。

 

 

日本の社会パターンとして、幼稚園から、学校、その後会社に属して、定年を迎え、その後は「老後」となり年金で暮らす。これは、戦後日本のいわば社会安定パターンとして構築してきました。

つまり、自営業や起業家、はたまた芸術家などが多くなると社会不安になり、GDP/GNP成長の足かせになるという考え方です。

戦後の成長期に「総中流意識」を持てたのも、こういう社会システムの恩恵で、確かに社会は安定して成長(GDP/GNP)したと思います。

郊外の団地に住んで、満員電車で、会社まで通い、残業して帰る。

これを普通の事とし、良い事としたのです。

 

日本人は、社会の安定と成長の為に、会社と何処かに所属して生きることが、「良い」という価値観になっている。

 

それが、バブル以降の社会的価値観の変化、及びITの進化で、価値観が多様化してきました。

さらに、先進国の課題である少子高齢化減少に対して、何も手を打てずにきている日本の政府。

戦後、自立心が無くなった政府、そのままきている。

戦争にトコトン負けたから、いわゆる形の上での国体は維持できたかもしれないが、国民の意識や価値観では国体は維持できていないのです。

永久平和を願う気持ちは、国民全員が持っているが、その為にするべきことは安保だけとなっている。

これは、政治的な話でなく国民意識の話で、「他力本願」が根付いてしまっているということを言いたいです。

つまり、自分の国を自分でまもれない。だからこそ、自分の国のあるべき姿を論じる事もないのです。

アメリカという傘のしたでしか生きられない日本。

結果、自発での企てや、行動指針や、とにかく自立したセンシング、リサ ーチと、認知、判断、それから行動・・・といかないのです。

 

今は、こういう認識をキチンと持って、将来に向かって、日本の社会システムのあるべき姿、ビジョンを創り、変革していかなければ、日本は先進国という立場ではなくなり、後進国となるだろう。

 

今まさに、ITの進化、AIの進化で、世界中の国は変革期を迎えている。もうはじまっているのです。

 

何も、GDPを追うとかそういう価値観で言っているのでなく、ブータンのような幸せ感を求める国でもいい。

つまり、国民が安全安心のもと、食えて、幸せ感を感じればいいのです。

 

日本の今後のビジョンはあったとしても、少くとも国民には伝わっていない。

どうなっていきたいのか?

明治の初めは明確だった。

 

それがあって国民で共有出来れば、日本人の「老後」も自ずとその生き方がわかってくるはずです。

 

ただ、少子高齢化から年金問題、国民の幸せ価値観の共有など、何も出来てない日本を見ると、政治家を批判しても責任を押し付けても、何の解決にもなりません。

 

私は、解決に導くには「教育」だと考えています。

日本の将来ビジョンをつくり、それに沿った「教育システム」を創り、その教育を受けた世の中を変革出来る優秀な人が育つのを待つ。

と言っても、気の長い話でなく、バブルの頃に生まれた人は今社会で活躍する年齢になっています。

 

 

「日本の将来ビジョンをつくり、それに沿った「教育システム」を創り、今は、その人材が居ないということになるが、明治の初めだっていなかった。

そういう意味では、日本国民が「危機感」を持つことなのです。

「危機感」は、人々の最大のモチベーションになります。

 

「危機感」をもって、「対処方法」の知恵を絞り、「実行」する。

国の生き様、国民の生き様、が定まれば、「老後」の話で盛り上がる事もな

くなります。笑。

 

 

それまで、だいたい25年くらいかかるが、この25年の意味を国民が納得することにより、「耐えていける」はずです。

夕張市は破綻して、病院が無くなった分、市民が健康になったと聞きました。

この人間の力を利用することが耐えることだと思います。

 

わかりやすいトップ事象は、「健康ファースト」だと思います。

「健康ファースト」にして考えて行けば良いのです。

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あおり運転の続き

2017-12-17 11:03:41 | 日記

昨日の日本経済新聞社のニュースです。

「死亡事故に発展する恐れがある「あおり運転」など悪質で危険な運転が社会問題化しているとして、警察庁は16日までに、車を使って暴行事件を起こすなどして将来的に事故を発生させる可能性があると判断した運転者に対し、交通違反による点数の累積がなくても最長180日間の免許停止ができる道交法の規定を適用して防止するよう、全国の警察に指示した。」


いままでも、警察は「車間距離違反」の取締を特に多分高速道路と思うのですが、していました。

実は、私も10年以上前に、これで反則金を支払ったことがあります。

東北自動車道は宇都宮の先あたりまで3車線ですが、下り線の佐野を過ぎると登り下りのちょっとしたワインディングがあるのですが、その終わりのあたりでした。

私が、右側車線を走っていると前に絶対100km/h以下というクルマが走っていまして、近づいてみるとやはり遅いクルマで車間は詰まってしまいました。

その時、真ん中の車線を走っていた覆面パトが「う〜」と。

何か悪いことしたかな?とわからないまま、言われるままに停まるとお巡りさんが降りてきて、「車線距離違反です」と。

つまり、私が前のクルマとの車間距離をとらず煽ったということらしいです。

その「車間距離違反」という法規が出来て、「ドライバーに知らせるキャンペーンで取り締まっている」とお巡りさんはその時言っていました。

あとから、考えると前の極端に遅いクルマはオトリクルマだったような気がするのですが。

 

それで、最初のニュースの「最長180日間の免許停止ができる道交法の規定を適用して」と言うのは、この「車間距離違反」という法規を適用するのだと思いますが、これは判断が難しいですね。

単なる「車間距離違反」が「あおり運転」か。

前回も書きましたように、「あおり運転をドライバーのエゴで、やる気なやつ」は確かにいて、それはアウトというのは間違いないと思いますが、嫌がらせのように、ユックリ走ったり、車間距離を無用にとって走ったり、「ヒドイやつ?」もいます。

ちょうど昨日も、環八のあるトコで、非常に混んでたのですが、前のクルマが車間距離を大きくとるので、どんどん割り込まれ、さらにそれでなくても渋滞しているのにユックリと走られると後ろはさらに渋滞が厳しくなります。

これらは、交通マナーの問題で、法律の問題ではないのです。

それを煽ったと警察が認定すれば、即免停もありうるとなると・・・益々、渋滞は大きくなりそうですね。

つまり、トロトロと走るクルマは煽られず、自分が多くのクルマの流れに迷惑を賭けていることには知らんぷりで、ゆったりと走っても後ろのクルマは大きく車間距離を開けておかないと、警察のどういう判断で「あおり運転」と言われるかわからないわけですから。

 

東名高速道路では、50km/hで走っても法律にはふれません。制限速度内です。

 

警察など日本政府は、国民の声に耳を傾けるのは良い事と思いますが、いつも言われるように「臭いものには蓋」式で、「コトの本質を考えずに」、さらに「法律だけで」対処するのは、良くないと思います。

しかし、そうさせているのは実は国民ともいえます。

しかし、極端な話、警察はクルマが走らなければ事故は起こらず、周りの省庁や国民からも何も言われなくてすみます。

走ってもその速度が遅いほど、確かに事故はおこりにくくなります。

しかも、車間距離を大きめにとるのは、事故防止に最大に役立ちます。

でも、道路を走っているクルマは、ほぼ全車が制限速度ギリギリか少し超えるくらいで走るのは公知の事実です。

そんな中で、私は「法律を守っているから」「安全性運転だから」「燃費運転だから」という走りをされると、そこでは事故の確立は上がると思うのです。

初心者マークはその為にあるのではないでしょうか。

つまり、一年くらいで、多くのクルマの流れの中で走れるようになってください。それまでは、流れに乗らないクルマでも周りが注意します。というもだとおもうのです。

今は、初心者マークを付けていないクルマでも「法律を守っているから」という走りをするクルマを多く見かけます。これは、言うまでもなく交通の流れを乱します。

これは、返って事故の確立があがるかもしれません。

警察も自分達のことファーストで考えるのでなく、道路/クルマ/ドライバーの心理など、深くコトの本質まで考えて、事故を防止しつつ交通の流れも考えた行動をしてほしいと思います。

 

 

 

 

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