Set me free!!!

storytellerです。本当に短い物語を書いたり、思い出話や日常の諸々について綴ります。

リアトリスの花言葉に想いをのせて

2024-07-21 10:18:06 | 物語

彼と出会ったのは7年前の夏。わたしも彼も南信州を一人で旅していた。

南信州の夏を彩るリアトリスの花畑を背景に、わたし達は並んで写真に納まった。別れ際、お互いの連絡先を交換しあった。当時、わたしは東京に、彼は兵庫に住んでいた。

旅先での思い出を共有できる大切な仲間という意識が恋に変わったのは、旅が終わってそれぞれ日常に戻った数日後、彼からリアトリスの花籠とメッセージが届いたときだった。

「リアトリスはあなたにとても良く似合っていました。僕の正直な気持ちを花言葉にのせて贈ります。」

ネットで調べると、リアトリスの花言葉は「燃える思い」「向上心」「長すぎた恋愛」だという。穏やかで物静かな人という印象の彼と燃える思いとの結びつきが意外であり、同時に心が大きく揺さぶられる出来事であった。

それからわたし達はメール、電話、ヴィデオ通話など、さまざまな手段を駆使して恋を育んでいく。1~2か月に一度は週末を利用して会った。お互いの家を訪ねたり、時には旅先で落ち合ったりして。典型的な遠距離恋愛は、少し寂しくもあり、日常と非日常の切り替えが刺激的で楽しくもあった。

距離は隔たっていても、わたし達は相手への思いが薄れることなく、むしろ次第に熱が高まっていくような感じであった。かといって、燃えるような激しい恋ではなく、互いの気持ちを尊重し合い、信頼し合い、落ち着いた良い関係であった。

ところが交際4年目に、大きな変化が訪れる。彼の海外勤務が決まったのだ。赴任国はタイ。お互いの気持ちは決して軽々しいものではなく、真剣に愛情を確かめ合ってはいたものの、結婚という選択肢はまだ2人の間には存在していなかった。だから、彼からは「一緒に来てくれますか」という言葉もなく、わたしも「あなたについていきたい」と言わずに、空港で彼を見送った。

東京と兵庫でさえ遠いと感じていたのに、日本とタイは恨めしいほど離れている。わたしの友人はみな、「あなた達の関係って本当にドラマチックね。この恋が実るのか、消えてしまうのか、見守るわたし達のほうがはらはらしてしまうわ」と言う。

彼がタイで働いている間、わたしは職場の同僚に誘われるまま、一緒に食事をしたり飲みに行ったりするようになった。そして、同僚がわたしへの想いを打ち明けてくれたとき、わたしの心は揺れ動いた。会いたい時に会えない人より、わたしが辛い時や悲しい時、すぐに飛んできてそばで支えてくれる人のほうがいい。正直、そんなふうに感じてしまった。

彼にも赴任先で出会った女性と微妙な関係になった経験があるかもしれない。でも、わたしはあえて尋ねなかったし、知りたいとも思わなかった。たとえ彼がほかの女性に好意を寄せたとしても、わたしが知らない限り、それは問題ではない。だから、わたしが同僚の告白に心が揺れ動いたことも、彼には言わずにいた。

彼がタイに赴任したことにも良い事がある。毎年有給休暇を取ってタイへ彼に会いに行くうちに、わたしはこの国が大好きになったのだ。彼もわたしも旅が好きだから、非日常の時間はお互い気分の高揚を覚えて、それが2人の関係にもプラスの効果をもたらしてくれる。タイでは、彼のわたしへの「燃える思い」を再確認できて、わたし自身も彼のことが大好きな自分を再発見できるのだった。

そうやって時折波に揺られたり、消えかかった灯が再び燃え上がったりしながら、わたし達は関係をなんとか維持してきた。

今年も、わたしはタイへ行こうと思っている。でもその前に、どうしても確かめておきたいことがあり、彼にメールを送った。7年前の夏、リアトリスの花畑を背景に撮った2人の写真を添付して。

「7年前、あなたはわたしにリアトリスの花言葉、『燃える思い』を届けてくれました。今度はわたしが花言葉をあなたに贈ります。それを『燃える思い』と受け止めてくれるのか、あるいは『長すぎた恋愛』と解釈するのか。あなたの胸の内を知りたいのです。」

彼からの返信を読むのが怖い。でも、彼を信じたい。いずれにしても、今夜わたしは眠れない夜を過ごすのかもしれない。

(↑のリアトリスの画像の提供元は、「大森ガーデン 通販サイト」さんです。大森ガーデンさんのご好意により、使わせていただきました。)

後記:この物語は、「遥か彼方へ」の旅人さんからの返信コメントがきっかけとなって生まれました。旅人さんの粋なメッセージに感謝!


2024-07-05 06:39:41 | 物語

声。

 

あの人の声には魔力がある。

初めて耳にしたとき、全身が痺れるような感覚を覚えた。

あの人の声が、わたしの身体中を駆け巡る。

そして、わたしの中心にあるものをそっと揺り動かす。

気が付けば、わたしはあの人の声に魅了されていた。

 

あの人の言葉に深く傷ついて、

もう会いたくない、別れてしまいたい、と思っても、

わたしの心はあの人の声を渇望する。

もう一度、もう一度でいいから、あの声を聞きたい。

それを、何度も繰り返してきた。

 

夜中にふと目が覚めて、眠れなくなってしまったとき、

思い出すのはあの人の声。

今ここで、あの人にささやいてほしい。

あの魔力に満ちた声で。

あの人の声が、わたしを再び夢の中へと導いてくれる。

心地よい眠りが待っている世界へ。

 

ああ、あの人の声を結晶にして、わたしの手元に置いておきたい。

それが、わたしの秘かな願い。


入れ替わった夢と現実

2024-06-22 06:27:05 | 物語

彼女は最近、急に睡魔に襲われるようになった。

仕事中でも、昼休みでも、通勤電車の中でも、すとんと眠りに落ちてしまう。はっと目が覚めたときは午後の就業時間が始まっていたり、電車を乗り過ごしてしまった、ということも何度かあった。

夜は熟睡できていると思うし、疲労がたまっている感じもしないのだが、昼間の時間帯でも眠気を堪えられなくなる。

そんなとき必ず見る夢に、あの男の人が登場する。見知らぬ他人なのだが、夢の中では彼女に対して妙に馴れ馴れしい。ぎゅっと抱きしめてきたり、甘い言葉をささやいたり、かと思えば腹を立ててひどい言葉を投げつけてきたりする。

もともと彼女は人よりも夢を見る頻度が多いが、ほぼ毎日のように同じ男の人が夢に出てくるというのも、気味が悪い。まるでストーカーのようだ。

ある日、目が覚めると、夢に出てくる男の人が彼女の顔を覗き込んでいた。驚いて飛び起きる。まだ夢の続きを見ているのかと思ったが、これは紛れもなく現実だ。しかし、そこは家ではなく病院であった。彼女は何らかの病気で入院していたようだ。

呆然としている彼女に、その男の人が優しく言葉をかけてきた。

「やっと目が覚めたんだね。1か月も眠れる森の美女になっていたんだよ。本当にこのまま目が覚めないかと思ってすごく心配したよ。」

そして、その人は医師を呼び、診察の結果彼女は退院できることになった。

退院した翌日、彼女が出勤すると、職場のみんなが驚いた顔で迎えてくれた。

同僚の一人が真顔でこう言った。「みんな心配していたのよ。昨日ご主人から電話があって、無事退院したって聞いて心底ほっとしたわ。本当にもう大丈夫なのね。だって、あなたは1か月も昏睡状態だったのよ!」

夫のふりをしているあの男の人だけでなく、職場の同僚までもがそんな嘘をつくなんて!というより、こんな顔の同僚っていただろうか。

彼女はますます混乱してしまう。自分が本当にあの男の人と結婚していて、この会社で働いていたのか、自信がなくなってしまった。もしかしたら、夢と現実の世界が入れ替わってしまったのかもしれない。そう思うと恐ろしくなり、身体の震えが止まらなくなった。

彼女は、新しい現実が受け入れられず、そこから逃げることにした。

夜中、夫と称するその男の人が深い眠りについている間に、彼女は家を出る。パスポートを持って、飛行機を乗り継いで何十時間もかかる遥か遠くの国へ飛ぶために。誰一人彼女のことを知らない新しい土地で、彼女は人生をやり直すことにする。


十人の男友達

2024-05-31 09:45:02 | 物語

友人に「あなたって恋愛体質ね」と言われた。そうなんだろうか。わたしはただ男の人にときめいて、一緒に濃密な時間を過ごしたいだけ。

若い頃から彼女はたくさん恋をした。傷つけたり傷つけられたり、危ない橋を渡ったり、沼に落ちそうになったり、つきまとわれる恐怖を味わったり。

それでも懲りずに恋をし続け、結婚後も夫に気づかれないように道ならぬ恋を楽しんだ。そして、離婚。

子ども達もそれぞれに自立し、一人暮らしになった彼女は、離婚後も恋をした。

でもある日、ふっと気持ちが冷めた。「わたしって何やってるのかしら、ばかみたい。」

男なしでは生きていけない女みたいに思えて、自分が情けなくなった。そして決心する。

もう恋愛は終わり。十分すぎるくらい堪能したから。でも、染色体の異なる生き物の面白さは知っているから、これからも男性とは関わっていきたい。

そして、SNSにこんな記事を投稿した。

「男友達を募集します。恋愛感情抜きで、性的な関係も持たず、純粋に異性との友情を築きたいと思う人のみを求めています。既婚者でも、奥様に誤解されない自信のある方ならOKです。ご連絡お待ちしています。」

投稿した日に早速数人の男性から連絡がきた。翌日もまた数人、その次の日もまた数人、というように、1週間もたたないうちに10人以上の男性が彼女の記事に興味を示してくれた。

そこで、彼女は面接を実施する。直接会って本人の意思を確認するためだ。

実際会ってみると、友達といってもセフレのつもりで応募してきた人や、友達から恋人へ発展することを願っている人もいて、半数以上の人が彼女の条件に合わず、断ることになった。

そうやって一か月くらい面接を続け、この人なら安心して友情を築ける、と思える10人が確定した。そこで彼女は自分の記事を削除する。これ以上は探す必要がないから。

それから彼女の人生は大きく変わった。女友達との時間はもちろん大切、でもそれと同じくらい、男友達と一緒に過ごす時間も貴重だ。なにしろ、経歴、価値観、思考パターン、趣味嗜好がそれぞれに異なり、会うたびに彼女は刺激を受けてわくわくする。それは性的なときめきではなく、人間として魅力的な人と話をするときに得られる気分の高揚。

彼女の友人はみんな口をそろえて、「いいわねえ、あなたすごく楽しそう。若返って見えるわ。」と言う。

そりゃそうだ。料理の得意な男友達は、彼女の食べたいものをさらっと作ってくれる。ドライブ好きな男友達は、彼女の行きたいところへどこへでもつれていってくれる。山歩きの好きな男友達とは、時々山登りを楽しむ。読書の好きな男友達とは、読後感を話し合ったり、おすすめの本を紹介し合う。

本当に、それだけ。決して体の関係を求められることはない。プラトニックラブもない。大切な友達だから、お互いの意思を尊重し、信頼関係を損なわないよう気を付ける。

自分が変われたことがとても嬉しい。自信もついたし、以前のように感情の嵐に翻弄されることが少なくなった。残り少ない人生だもの、良い思い出を作って最期を飾りたい。

彼女は、10人の男友達に毎日感謝しながら眠りにつく。


そして彼女は

2024-05-24 11:46:54 | 物語

★この物語は、それは一枚の名刺から始まった (5/17/2024) の続編である。★

彼女が入社後最初に関わったのは、遥か遠くにある国の諜報機関から依頼を受けた業務であった。

その国のある作家の小説が何者かによって日本語に翻訳され、その翻訳本に暗号が隠されているという情報を、かの国の諜報部員が入手した。その内容が国家機密に関係する可能性が高いため、表向きは探偵事務所だが裏では諜報活動を行っている名刺の主に暗号解読を依頼してきた、というわけだ。

彼女は公式には日本語訳の出ていない海外の小説が読める上に、諜報活動にも関われると知り、血が騒ぐ。こんなスリリングな経験は一生に一度あるかないかであろう。

その小説は700ページもの大長編なので、彼女のほかに2人のスタッフがいて、3人で手分けをして読み進めていくことになった。暗号らしきものが見つかったらどんどんノートに書きだしていく。そして3人のノートを付け合わせ、完成した暗号文を解読する、という作業だ。

ここで彼女は思わぬ才能を発揮することになる。

もともと速読・多読が得意なうえ、映像記憶能力も備わっているので、他の2人がまだ半分も終えないうちに、彼女の担当ページを読破、暗号も見つけた。彼女の類まれな才能に名刺の主である社長も目を見張る。

彼女はこの業務に多大な貢献をし、社長からは特別手当(能力給)をたっぷり上乗せされた高額の報酬を受け取った。当の作家は身の危険を感じてどこかの国に亡命し、翻訳者は行方知れずという。それほど危険な業務だったのに、彼女は怖気づくどころか、暗号解読の魅力に取りつかれてしまった。

その後もこの会社は次々と依頼を受け、常に中心的役割を任されるようになった彼女は、非常勤の仕事を辞め、この仕事に専念するようになった。かつて節約生活を強いられていたことが嘘のように、彼女の暮らしは大変豊かになった。

もちろん、豊かさと引き換えに、彼女は自由を失うことになった。自分が関わっている業務については一切、誰にも明かしてはならないからだ。家族はもちろん、友人や知人に対しても、本当のことを言えないもどかしさはある。

それでも、彼女はこの仕事を天職だと感じていたし、社長の彼女への評価もどんどん上がっていく。自分の能力が非常に高い価値のあるものだと気づいた時、彼女はある野望を抱くようになった。それは、社長にも同僚にも悟られてはいけないものであった。

彼女は毎晩遅くまでパソコンに向かう。本業に支障が出ないよう気をつけながらも、睡眠時間を削って小説を書く。小説といってもただの読み物ではなく、随所に暗号を潜ませてある。自分は暗号解読のみでなく暗号作成においても秀でていると気づいた悦びは、格別であった。

数か月後、彼女は小説を完成させ、自費出版にこぎつける。小説が書店に並ぶ頃、彼女は日本を離れ、海の向こうの国に移住しているはずだ。そこでは、彼女が最初に暗号解読を手掛けた小説の翻訳者が待っている。

暗号の作成と解読において並外れた才能を発揮する2人が手を取り合い、史上最強のパートナーとして新しいビジネスに着手する。2人は自分たちのこれからの人生が前途洋々であると、信じて疑わない。