晴嵐改の生存確認ブログ

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず

中二病的アイマスSS

2009年10月03日 | SS
※このSSは、島原薫さんの中二病SSと世界観と設定を共有しています。
――


 戦闘開始から、間もなく五分が経過しようとしていた。
 S級アイドルユニット「覇王エンジェル」がエントリーする試合とあって、観客のボルテージは戦闘前から高かった。だが、多くの予想に反して、現に戦場を支配しているのは、前線で派手に立ち回る双海姉妹であった。
 姉の真美と妹の亜美。二人はまだ十二歳の少女だが、既に戦士――アイドルとして十分な実力を備えていた。
 あどけなさの残る容貌とは裏腹に、それぞれ二挺のマイクロUZIを両手に携え、戦場として設定された仮設の廃墟の中を縦横無尽に駆け巡る。その振る舞いたるや、まさに神出鬼没。糸で繋がれているのではないかと疑うばかりの滑らかで鮮やかな連携により、対する覇王エンジェルの前衛二人を完全に翻弄していた。
 もっとも、覇王エンジェルのトレードマークとも言える漆黒のフェイスガードに覆い隠された表情を窺い知ることはできない。しかし、彼女達が構えるイングラムから吐き出される弾丸が一度も目標を捉えられず、ただ空しくマズルフラッシュを明滅させるばかりであるのを見れば、誰の目にもどちらが優勢なのかは明らかだった。
 年少の双海姉妹が、なぜ覇王エンジェルと互角に戦えるのか。それは、彼女達の持つ特殊能力に負うところが大であった。

 ――感覚同調

 それは、他者の五感が捉まえた知覚情報を自己のものとして取り扱うことができる能力のことである。端的に言ってしまえば、目が四つ、耳が四つあるようなものだ。つまり、彼女達は二人でありながら一人であり、一人でありながら二人なのである。
 ゆえに、相互に死角をカバーするように動いて、裏を掻こうとする敵の意図を先回りして封じていくことができる。
 そして、手にした武器の感覚すら共有している彼女達だから、計四挺のマイクロUZIのポテンシャルを限界まで引き出すことも可能となる。亜美も真美も、互いの手の中にある銃のトリガーを引く感覚が自分のものとしてわかるから、あたかも自分が四本の腕を持ち、四挺の銃を携えているかのように振る舞うことができる。
 間断の無い射撃を目標に浴びせてゆくことなど朝飯前だし、複数の弾丸を同時に一点に集中させることすらやってのける。そんな非常識な射撃を現実のものとするのが、感覚同調という特殊能力なのである。
 交戦規定によりフルオート射撃機能の使用が禁止されているため、扱いようによっては、これは多大なアドバンテージたり得る。単位時間あたりに叩き込む弾丸の数が多いほど打撃力は増すのは自明であり、フルオート射撃ができないのなら、同時に多数の銃を撃てばよい。つまり、四挺のSMGをセミオートで連続発射すれば、フルオート射撃同様の威力を発揮するということであり、瞬間的とはいえ、敵の火力を圧倒可能であることを意味する。
 控えめに言っても、敵に回すにはいささか厄介な相手と言えよう。

「あぁ、もうっ、ちょこまかと……」

 覇王エンジェルの一人――仮に、エンジェルAと呼ぼう――が、そんな亜美と真美に毒づいた瞬間の出来事だった。
 エンジェルAは頭部に激しい衝撃を感じて、その意識を失った。
 巨人に張り倒されたかのように地面に崩れ落ちるエンジェルAの様子に、行動を共にしていたもう一人の前衛――こちらを、エンジェルBと呼ぶ――の足が止まる。
 次の瞬間には、エンジェルBも昏倒して戦闘不能を宣告されていた。
 ほんの数秒のうちに覇王エンジェルは二名を失い、後衛一名のみが残される形となってしまった。が、覇王エンジェルの前衛を仕留めたのは、双海姉妹ではなかった。亜美と真美の撃った銃弾は確かにエンジェルAとBを捉えていたのだが、ボディアーマーと強化された肉体に阻まれて、彼女らに致命傷を与えるには至っていなかった。しかし、それでよかった。二人の役割は元より、ただ攪乱し、誘導することであったのだから。
 覇王エンジェルの前衛二名を相次いで襲った攻撃は、亜美と真美から離れること数百メートルの位置に潜む一人の狙撃手によるものだった。
 彼女の名を、三浦あずさという。彼女もまた能力者であった。

 ――ホーク・アイ

 俗にそう呼ばれる超感覚視力の持ち主であるあずさは、遠距離にある動目標を静止目標と同じように捕捉することができた。それを、高度な未来予測である、と結論づける者もいるが、あずさ自身にも本当のところはわからない。ただ、そう見える、というだけのことなのだ。
 止まって見える。だから狙いを付けて撃つ。そうすると目標に命中する。
 そんなあずさの説明を聞かされた人間は、誰しも狐に摘まれたような顔をする。おっとりしていて、凄腕の狙撃手という感じがまるでしないし、言っていることも感覚的で掴み所がない。
 けれど、いざ戦場に立つと、あずさの表情は一変する。ステルスシートを被って狙撃位置に着くと、もう普段の彼女とは別人である。目標を仕留めるまで何時間でも同じ姿勢を保ち続けることを厭わず、一度訪れたチャンスを逃すことは決してなかった。
 敵ユニットの人数分しか弾を消費しない。それが、アイドルとして戦場に立つ彼女の矜恃でもあった。

「ターゲット変更だね、真美」
「そうだね、亜美」

 あずさの狙撃成功を受けて、亜美と真美は狙いを覇王エンジェルの後衛――彼女は、エンジェルCと呼ぶ――にスイッチする。ほぼ空になった弾倉をイジェクトし、予備弾倉に手早く交換。ボルトを引いて初弾を装填すると、弾かれたように走り出す。その動きには迷いも躊躇いもなく、顔に浮かぶ表情は新しい玩具を見つけた子供のそれであった。

「ターゲット、インサイト」

 そう囁いたのは、亜美か、真美か。

「……っ!」

 そこでようやく双海姉妹の接近に気づいたエンジェルCが舌打ちと共に立ち上がり、アサルトライフルを構え直したが、もはや手遅れであった。

 ――!!

 側頭部に激烈な衝撃が走り、意識が刈り取られる。
 手を伸ばして掴もうとする意識が指の隙間を擦り抜けてゆく刹那、視界に入った双子の眩しい笑顔がやけに印象的だった。
 やがてドーム中に響き渡る戦闘終了の合図を、エンジェルCが聞くことはなかった。


 パシン、と互いの掌を打ち合わせ、亜美と真美は勝利を祝福する。
 ステルスシートを払って、あずさがゆっくりと立ち上がる。
 彼女達の戦いは、まだ始まったばかり。その行く末に何があるのか知らぬまま、三人は一歩を踏み出したのだった。


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