沢田研二が27歳で挑んだ歴史的な『セブンスターショー』の映像
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J友さんから、2月13日のNHKラジオ「ふんわり」で、劇作家の横内謙介さんがジュリーのことを語っていました、とお知らせを頂きました。有難うございます(^-^) 横内さんは「THE近松」の劇作家、この作品は私の大好きな舞台です。
ふわり2月13日(木)10時台の放送
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聞き逃しは2月20日までです。
簡単にまとめました。
番組のMCは俳優の六角精児さん。ゲストの劇作家・演出家の横内謙介さんと一緒に「劇団扉座の名曲遺産」をお送りします。
始めに今話題の蔦谷重三郎の登場する横内さんの舞台「きらら浮世伝」の話が出て、川谷拓三さんが出ていて、やさしい人だった、東映の大部屋出身だから若者に頑張れとやさしかったと六角精児さん。(37年ぶりに歌舞伎座で上演するそうです。)
ここからは、劇団扉座の話し。
タイトルは、「扉座の名曲遺産」
(六角精児さん)扉座と言えばこの曲、というテーマで選曲してもらいました。座員にアンケートをとって決めました。2人でその話をしたい。
アンケートをとった座員のメンバー紹介で、有馬自由さん(ジュリーの舞台やXでもお馴染み)、岡森さんは扉座のメンバーで六角精児バンドのメンバー。大河ドラマにも出演。「虎に翼」の竹本の女将役の中原三千代さん。扉座のプロデューサーの4人で、劇団といえばこの曲を選びました。
創立メンバーの1人、岡森さんが選んだのは「勝手にしやがれ」
(六角)岡森さんは私生活は傍若無人な乱暴な人で僕の反面教師。でも芝居は息はピッタリでいい。
昔、横内さんがカラオケに行くと必ず歌っていた。カッコ良かった
(六)僕はなんでこの曲を歌うんだろうと思っていた。横内さんが細かくフリを再現していた。
(横内)僕は白い帽子も買った。ジュリーが好きだった、ジュリーが天下を取っていた時代があった。ベストテンとか必ず一位で、TOKIOとかカサブランカダンディとか、自分は中学高校くらいで、ジュリーカッコイイな。体に染みついていた
カラオケなんかなくてもフリをつけて歌っていた。
(六)居酒屋で手拍子で、チャラチャラーン♪僕は井上尭之です。奥から扉も無いのに出て来る芝居もやったな。
(横)カサダンでは、ビールを吹き飛ばして(笑)
横内さんに曲を紹介していただきましょう。
沢田研二さんで「勝手にしやがれ」です。
(六)こののち沢田さんに脚本を書かれるじゃないですか、沢田さんが主人公の、その時はどう思われたのですか?
(横)ジュリーだ!と思ったよ。ついにジュリーだ、大阪と日生劇場でやった。近松をミュージカルにするという無茶な企画なんだけど、沢田さんの役は八右衛門、「冥途の飛脚」の色男にすごく意地悪な役。丁稚が客の小判の封印を切る大罪をおかす。いじめる役の八右衛門を主役にして近松の、金貸しをケチ八といって、その役を面白がってやって下さった。
六角さんも出てる。
(六)大阪でやったので下駄屋のきろくの役で。マフラーみたいに下駄をかけて、下駄で少し斜めになっている舞台で踊らなければならず、ものすごく大変だった。腰が痛くて、ケーチケチと歌いながら踊る。
(横)詞も書いてと言われたので、ほんとに嬉しかったね。僕はさすがに仕事でやってるときはパンフレットにサインとかもらわないけど、沢田さんのだけは今も持っている。
(六)沢田さんは俺らの年代のスターだから、その沢田さんが打ち上げでカラオケで歌ってくれてたよ。
(横)その頃は打ち上げなどに時間は取らず、時間が有れば打ち上げという事で、少ない人数の中で沢田研二メドレ-を歌ってくれた。
(六)書いてくれる人が座長で、ほんとに俺は助かった。
(横)沢田さんはキラキラしてた大スター沢田研二とは違うんだな、愛妻弁当とか持ってきて、自分で運転して稽古場にやってきて、飲みに行くときは車を置いてきて、けっこう遠い横浜から、電車で来る。
(六)けっこう凄いおもしろい人なんですよ。楽屋に行った時に
(沢田)おお六角さん久しぶりや、俺の事太ったと思てるやろ
(六)いやそんなことない(笑)
(沢田)俺な、三日前まで太り過ぎで入院してた、 嘘に決まってるやろ!!
爆笑
そんなこと言う人なんですか
(六)自分のことギャグにしたんですよ、すごい面白いなと思って。芝居に向き合う姿勢はしっかりあって、独自の姿勢で向かってところがある。
(横)だから現役のファンがいる。昔の幻影を追ってる人だけじゃなく、今の沢田がいいという人を常に生んでいる。だからそののちもずっと芝居をやっている。
(六)その場その場で考えていることがあるから、進めている。昔のどうのじゃないんです。
進化しているんですね
(横)いい手本です。
六角精児さんが、「THE近松」に出ていた記憶は全くなくて、出ていたの??と思いましたが、下駄屋の小さな役だったのですね。まだ無名時代だったのでしょう。
以前にも書いたのですが、私が一番最初にジュリーの関西弁に参ってしまったのは「the 近松」です。
いつものジュリーらしくない強欲な金貸しの役で、冷たい欲張りの自分勝手な嫌なやつだったけど(最後は哀れ)、大阪弁の台詞回しの色っぽさにすっかり堕ちました。 40代半ばのジュリーには年齢なりの貫禄も出てきて、こんなにお芝居が上手かったんだ!といたく感動


1994年頃はTVには出ず、ライブでしか逢えないジュリーへのテンションがいささか落ち気味だった時だけど、この作品で改めて惚れ直したという、記念碑的な舞台です♥ 私の気持ちが下がっているときにジュリーは「THE近松」「大阪物語」「桂春団治」の舞台や映画を私に見せつけて、再びグイっと力強く引き戻します。ジュリーの大阪弁の色っぽさに惚れ直し、思いがまた熱く再燃するきっかけになりました。
近鉄劇場のパンフレット(上部)1994年

再演の日生劇場のパンフレット

ジュリーは近鉄劇場で上演後に「この舞台をお江戸で上演したいんだな」と語っていました。江戸の方々にも、この面白い舞台を是非見てほしかったのでしょう。再演は嬉しかったのですが、初演とはジュリー以外のキャストが大幅に変わっていて、役者が違うと かくも芝居は違うのか・・と思いました。初演の役者さんが良かったです。
特に初演で女郎屋の女将を演じた、田根楽子さんが上手かったな~! 大阪弁の台詞が小気味良く面白く、威厳もあって、着物の裾を翻し「それが女郎の生きる道や!」と啖呵を切るのがカッコ良かった!日生では、ほかの人に代わっていてガッカリしました。同じ役を違う人が演じると、これだけ芝居が変わるのかとよくわかりました。舞台のパワーの違いを、ほかならぬジュリーが一番そう感じたんじゃないでしょうか。