
愛の天秤というのは、不公平だと
思う。
「普通、男って浮気すると疲れて
奥さんの方に回ってこないもんじ
ゃないの?」
「ところが逆なのよ。後ろめたい
んでしょうね。浮気して来た夜は
かならず、迫るのよ」
女たちがちょっと沈黙した。
「その話、わかるような気がし
ない?」
髪を赤く染めている女が口を切った。
「あたしも他の男とアレした日は、
なんとなく亭主に迫りたくなる
もの。つまり後ろめたかったんだ
わね。なるほどねぇ」
としきりにうなずいている。
「要するに、男も女も基本的には
何も変わるところはないってことね」
自分のいった軽口に、愛する男が
思ったよりずっと深く傷つくのを
見るのは、やっぱりとても幸福だ
った。
自分の愛する人が心に苦しみを
かかえていることを知りながら、
何も知らされてないことのほう
が、女には苦しいのです。
心の苦しみを分け合わないのは、
女に対する裏切りだ。
男がたった一人でそれほどまで
の緊張を内部に抱え込んで、無言
で耐え忍んでいる姿を見ると、女
は母性の一部に痛みを感じるもの
なのだ。抱きしめて、赤子を揺す
ってやるように慰めることが出来
れば、彼女の母性の痛みは満たさ
れる。
彼女は、男の支えであると同
時に、男から支えられたかった。
彼が何を考え、何をどう感じてい
るのかを知っていたいし、彼にも
自分の胸の中をちゃんと見守って
いて欲しかった。
でないとすれば愛することは、
ただ虚しいことでしかない。
彼の身の周りの世話をしたり、家
の中をきちんとしておくだけなら、
是が非でも咲良がやらなくてもい
いいわけだ。
咲良は、彼のために彼女でなけ
れば出来ないことをしたい。