goo blog サービス終了のお知らせ 

サンズ・トーク

自分を越えたい。時にそう思っている中高年の記。

明桜高校 夏の甲子園 緒戦突破ならず

2009-08-17 22:21:04 | スポーツ
ここは秋田経済法科大学付属高校だったが、大学がノースアジア大学となり、高校も経営を刷新、明桜高校になった。
小泉理事長、学長は昨年、面識をいただいたご縁がある。

このチームは、堅実な守備が特徴だったが、2対2のまま延長戦になり、最後は守りにほころびが出て敗戦になった。
結果論だが、時の運だからしょうがない。

ピッチャーも粘り強く持ちこたえたが、野手の皆さん含め、いやみのない表情が素晴らしかった。
秋田の青年たちよ、良い思い出を胸に、立派な大人になってもらいたい。
今度からは、18才から大人になるらしい。もうすぐではないか。



私は、兵庫県立芦屋高校の出身だ。3年のとき、夏の高校野球で優勝したのだ。
昭和27年夏、今思えば57年も前の話なのだ。
私は野球部じゃなかったが、優勝戦は、甲子園へいって3塁がわアルプススタンドで応援した。
ピッチャーは植村くんという豪腕投手だった。大毎オリオンズへ行った。
彼とは、通学ルートが一緒で、朝、顔が会うときは、いつもぎりぎりで、大抵遅刻になった。
彼は俊足、我は鈍足。
快晴で暑く、かちわりを食いながら応援したことを思い出す。
それにしても、あのころの友、続いているのは少ないけれど、でも、かけがえのない友垣なのだ。

かちわり=氷を砕いたのが経木の舟に乗っているもの。
経木=極く薄くスライスした木の板、昔は、合成樹脂とかビニールなどない時代だった。






最新の画像もっと見る

1 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (T.F)
2009-08-18 09:02:48
昭和27年夏 思い出します。
ずいぶん、自慢したものです。もう、そんなに年を経たんですね。
返信する

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。