下記の記事はヨミドクターオンラインからの(コピー)です
23歳の成田昭夫さん(仮称)は銀行に入行して1年目の社員。支店で明るく働いています。5年先輩の田宮二郎さん(同)と一緒に回っていますが、8月、顧客企業から調査条件の一部変更を急がされたので、独断で処理。結果的にうまくいかない状況になりました。
「なぜ、処理する前に一言、私に声をかけないんだ!」「損失こそなかったが、ミスを招いた」「一人の判断は早すぎるぞ。僕のミスにもなる!」と厳しい表情の田宮先輩から、キツイ注意を受けました。
「一度も叱られたことはないのに」、母親から抗議電話が
翌日、母親から直属上司の中川課長(同)に「昭夫が落ち込んでいます」「会社でひどく叱られたそうで……泣いています。厳しく落ち込むほど新入社員を 叱責しっせき するのですか」「息子は、親の私が言うのもなんですが、優秀で叱られたことが一度もない。息子の人権はどうなるの!」と抗議電話がありました。
課長は「お母さんが言われるように新入社員を厳しく叱責することはないです。言葉の受け止め方が違うことはあるでしょうが……」と答えました。
母親は「しばらく休ませます。今後のことは、家族で相談するから!」と言って、一方的に切りました。
4日たっても出社なし、課長は産業医に相談
呆然ぼうぜん とした課長は当事者である田宮さんを呼び、事情を聞きました。彼は「少しきつめに注意したかもしれませんが、仕事の件で、2回注意したくらいで、人格を責めるようなことは言っていません」と主張。当時、近くにいた人に事情聴収をしましたが、田宮さんの意見に近いようでした。
4日たっても出社しないので、心配した課長が私のところに相談にきました。以下は、そのやり取りです。
課長: 実は対応に悩んでいます。新入社員の件ですが。(事情を説明)
私 : そうですか。注意後に母親から抗議電話があり、4日以上、出社しないわけですね。
課長: そうです。対象者から事情聴取をしたのですが、「職務範囲内のきつめの注意をした」という結論です。今後、どうしたら良いのか、悩んでいます。母親から厳しい抗議電話もあったので。
私 : そのケースは、今、増加している「プチ引きこもり」の可能性が高いです。ストレスや欲求不満などの状態になると、短期間家に引きこもるのです。
課長: 増えているんですか。初めてなので、めったにない状態かと思っていたのですが。(ホッとした表情になります)
私 : 初めて経験した方は、同じように反応し、戸惑いますね。
課長: では、どうしたら良いのでしょうか?
必要なのは母親の話にじっくり耳を傾けること
私 : まず、課長が、“キーパーソン”(問題解決のカギになる人)である母親と話し合うことです。その場合、母親の言いたい点を、じっくり耳を傾け聴いてくださいね。反論したくなるでしょうが、抑えて、抑えてね。専門的には「傾聴技法」と言います。
課長: 反論はできないのか。やりにくいなぁ。
私 : 対応法ですから、ほかに方法がないのです。
課長: 傾聴技法ですか。やってみます。聴けばよいのですね。
私 : コツと経験が要りますね。まずは、相手の言い分を聴くことから始まります。「そうですか、なるほど、それで」などの相づちで、相手の主張に応答してくださいね。それがコツですよ。反論は控えてください。
課長: 相づちで返す、なるほど。
私 : 押さえておきたいのは、母親は息子の主張しか知らないので、怒りの感情を持っていることです。課長は感情的にならないようにね。そういう場合は、じっくり聴く。耳を傾けることですよ。なぜなら、主張すれば母親の怒りが爆発し、こじれますから。
課長: 難しいなぁ‥…。
私 : それともう1つ。彼の良い点、例えば仕事で頑張っている状況などを話してくださいね。部下を認める姿勢が重要ですから。
課長: 「傾聴技法」に、部下を認める言動がポイントですね。
「叱られたことがない子で」、課長は母親の話を聞いた
相談後、課長は静かなラウンジを予約し、母親と面談をしました。
課長: 昭夫さんの上司で、課長の中川です。おいでいただきありがとうございます。その後、彼はいかがでしょうか?
母親: 落ち込んでいますよ。部屋からも出ないで。
課長: う~ん。
母親: 叱られたことが一度もない子です。学校の成績も優秀で、学級委員もし、表彰されたこともある、私が言うのも何ですが、自慢の息子です。
(責める感情で)
どうして厳しく、追い込むほど、叱責をしたのですか!
課長: 叱責と言うより注意ですが。
母親: 調べたのですか?
課長: 調べましたが…。
母親: 息子の気持ちを聞いていないでしょう!
課長: (お互いに感情的になっていくようだ。間をおいて、冷静さを取りもどそう)事実関係より、彼のことが心配です。将来がある人ですから。
母親:(無言のまま)
部下を心配する気持ちと期待を伝える
課長: 昭夫さんが心配です。
母親: 叱られたことが一度もない子ですから、それは、それはショックで。褒められることには慣れていますが。叱られることはないから。
課長: 優秀な息子さんですよ。わが社に入社する人ですから。
母親: 入社して喜んでいました。がんばるぞ、希望した会社に入れたんだからって。頑張りすぎたのでしょうか?
課長: 一生懸命仕事をしています、期待の人材です。
母親: そう、そうでしょうね……。
課長: だから、私も戸惑っています。急に来なくなって。優秀な人だから余計に心配で。
母親: 心配いただき、嬉しいです。(少し間があり、考えながら) 実は息子には過敏な点がありまして。見かけほど明るくはないです。それで過剰反応したのか。親だから、子どもがかわいいから、息子の話だけで、電話でぶちまけました。
課長: お母様と、お話ができ、嬉しいです。
母親: 息子とも、もう一度話してみます。
課長: よろしく。お願いします。皆、彼を待っていますから。
母親: わかりました。
次の月曜日から出社してきた
次週の月曜日から出社してきました。課長は「やあ、よろしく」と言い、彼も「心配をかけましたが、よろしく」と応答のみで、働いています。
(課長の報告)
課長: おかげさまで、復帰してくれました。
私 : よかったですね。嬉しいですよ。
課長: だいたいこのような対応で、うまくいくのでしょうか?
私 : 私の経験では半々でしょう。半数は長引きます。
長引くケースが半数存在
課長: どこが違うのでしょうか? 今後のためにも、ポイントを教えてください。
私 : 長引くケースは二つ考えられます。一つ目は、本人の性格などから円滑な対人関係に向かない場合。ビジネスより研究者や芸術家に向いているタイプです。もう一つは、他の疾患がある時です。
課長: なんとなく、わかりますが。
私 : 対人関係に向かず、対人不信が強い場合は、「その根っこ」に母親との関係があります。養育過程で「基本的信頼感・安心感」を子どもに与えられなかった場合です。
課長:難しいですね。
浅い葛藤なので事実関係はスルーした
今回のケースにはうまく対応ができましたが、それはストレスが先輩のきつい注意だけで、精神的な葛藤が浅かったからです。だから母親との面談でも、職務範囲内の注意だったのか、それを逸脱していたのかというような事実関係を話題にせずにスルーして、「傾聴技法」と部下への期待を表明することに徹したわけです。元々母親には感情的なものがあるので、事実関係を話題にしても「職場VS部下・家族」という感情対立になって、こじれてしまいます。一見「プチ引きこもり」の様相を呈していても、様々な要因が絡み長期化するケースがあるので、専門医に相談していただくのが望ましいと思います。
追記:私にも同じ様なケースがありました。最終的には甘えを許さずほっておきました。結局退社しました。