スターリンの死後、マレンコフ、ブルガーニン、フルシチョフどによる権力闘争が繰り広げられるが結局フルシチョフが勝ち残る。1956年2月,第20回党大会の秘密報告会でフルシチョフはスターリン批判を展開した。スターリンの個人崇拝主義をはじめとして、彼が犯した様々待つ身がやり玉に挙がった。しかし火道報告会と言っても彼の演説のコピーは事前にアメリカCIAとイギリスのMⅠ6の手によって西側の手に入っていた。
その演説の中彼は言った。
「にんげんはみな間違いを犯す。しかしスターリンは自分だけはどんな間違いも犯さず、常に正しいと考えていた。理論的にも現実的行動においても多大な間違いや失敗を犯したにもかかわらず、彼は誰に対してもそれを認めたことはなかった。
フルシチョフが延々とスターリンの悪行を語り、演説を終えたときある若い共産党員が尋ねた。「スターリンの犯罪を暴くのは結構だが、あのころあなた方はどこにいたのですか?
このときフルシチョフはちょっとためらってから、胸を張ってハッキリ言ったという。
「ここにいた。今君たちがいるようにだ」
この1ことでもわかるようにフルシチョフは物事をストレートの言うタイプだった。そしてユーモアのセンスはそれまでとそれ以後のソ連の政治家にないものを持っていた。
権力を固めた直後、彼の言った有名な言葉に“あなた方が好むと好まざるとにかかわりなく歴史は我々の側にある。我々はあなた方を生むるだろう”というのがある。あなた方というのはアメリカに代表される西側資本主義国家である。
多くのかメリカ人はこの言葉を真っ向からの軍事的挑戦と受け止めたが、勿論フルシチョフのしいは経済的に共産主義が資本主義を打ち負かすということだった。この言葉だけからでも、いかに彼がユーモアの才能に恵まれていたかわかる。しかも真剣に言っているからからなおさらおもしろい。
いま、われわれは
世界でで第2番目の地位にある。イギリスやフランスはすでに追い越した。同志諸君、後はアメリカだけだ。そのアメリカは疲れ切った走者と同じだ。アメリカの科学者たちは、1976年にはソ連がアメリカにとって代わると報告している。彼らは正しい。それがわれわれが目指してるしている日付けだ」
フルシチョフがこれを言ったのは59年だが。その2年前すでにソ連はスプートニク1号を打ちあげていた。この成功はアメリカにとっては1周の敗北であり、アメリカの科学者たちは、宇宙へ二競走でソ連に1府先を越されたという敗北感に駆られていた。彼ら科学者は、もしアメリカが宇宙問題ににもっと真剣に取り組まねば1670年までにはソ連に完全に水をあけられるだろうと政府にアピールした。予算獲得のためのオ-バーな言い分であるのは明らかだったが、その彼らの言葉をフルシチョフは引用したわけである。
S・masanori