学校の帰りにいつも通る小高い丘で、僕は突然バッタリと、怪人夕焼け男に出会ってしまった。
夕焼け男も僕を見て、ギョッとした表情をしていた。
「・・・や・・やぁ・・」
怪人夕焼け男はドギマギしながら、手を小さく振り僕に挨拶している。
「・・こんにちわ・・」
僕も戸惑いながら、つられて挨拶をしてしまった。
怪人夕焼け男は、ペンキのタップリ含んだ刷毛で、空に色を塗っていた。
ペタペタと、それは凄い勢いで、青い色の空を夕焼けの赤い色に塗り替えている。
僕に突然に発見されてしまったので、今は刷毛を空から外し、右手に握ったままブラブラさせている。
「何をやってるのですか、怪人夕焼け男さん!」
僕は、恐る恐る尋ねてみた。
夕焼け男は、本当にギョッとした顔で僕の顔を見ながら言った・・・・
「な、なぜ、俺の名前を知ってるんだ・・・・??」
男の目がキョロキョロと定まらない感じだった、それはきっと、知られてはいけない事だったのかもしれない。
「あ・・・」と少し間をおいて、僕は答えたのだった。
「だって、その服の胸の部分に書いてあるよ・・・」
僕は、男の服を指差しながら言った。
そうなんだ、男の作業着のような服の胸あたりに、”怪人夕焼け男”と書いてあったのだ。
しかもしかも、それは印刷や刺繍のようなカッコイイ文字じゃなくって、ペンキで書いた下手糞な手書きの文字だった。
「あああ・・・そうかっ!自分で胸に書いてたんだっけ!?」
いやぁ~まいったまいった・・という感じの仕草で、男は自分の頭を掻く真似をしていた。
「・・しかし、人間の少年に会うのは久しぶりだなぁ。」
そうして夕焼け男は、夕焼け色のペンキのついた刷毛を、かっこつけながら軽く1回転させた。
怪しい・・怪しすぎる!
胸に書いた文字が怪しんじゃなくって、こんな時間に空に色を塗ってるなんて。
非常に、大変に、猛烈に、ムチャクチャ怪しい!!
僕は、声をかけたのを少し後悔し、何も言わないようにして、少し後ずさりし始めた。
「ああ・・今、君はヤバイ!逃げようと思ってるね・・」
男は、そんに怖がらなくてもいいという風な感じで、外国映画でやるような仕草でちょっとおどけて言ってみせた。
僕は、ほんの少しだけだったが、安心した、が、逃げる準備はシッカリしていた。
こうやって、おどけたふりをして、いきなり襲いかかるって事もないとはいえないからね。
「ああああ・・・その目つきは、まだ不気味な奴と思ってる感じの目だなぁ・・・」
僕の心の中を見透かしたように、夕焼け男は、右目をウィンクさせながら言った。
しかの、夕焼け男のウィンクは右目を閉じると同時に、左目も少し閉じてしまうのだった。
「あなたは、人の心が読めるのですか?」僕は言ってみた。
「・・いやぁ・・ただ当てずっぽうに言ってみただけさっ!」怪人夕焼け男は、また両目ウィンクをして、僕に言ったのだった。
怪人夕焼け男は、つなぎのズボンに赤いシャツ、髪の毛は長くてバンダナを鉢巻にして頭に巻いている。
そう、それはまるで、昔流行ったフォークシンガーみたいな格好だ。
なんだか知らないが、怪人夕焼け男は怪しいやつだが、悪い奴では無さそうだと思った。
「どうだい、俺が怪しくない奴だという証拠に、バケツの中のペンキを見てみるかい!」
夕焼け男が僕に言いながら、大きなバケツの中を見せてくれた。
夕焼け男が空に塗るペンキは、不思議なペンキだった。
赤い色だと思うと黄色に変わったり、黄色だと思って見てると紫色に変わったりする。
つまり一定の色じゃなくって、夕焼けの色そのものだったのだ。
刷毛についたペンキも、空に塗るたびに7色に変化する。
いや、7色どころじゃない、10色にも20色にもみるみる変化していく。
怪人夕焼け男は、僕に言った。
「こんなペンキ、どこへの店にいったって買えるってもんじゃないぜっ!」
かなり自慢げに夕焼け男は、エッヘンとでも言った感じで、胸を張ってみせた。
「ちょっと触ってみてもいいよっ!」
そう言うと、夕焼け男は僕のほうにバケツを近づけてきた。
僕は、おそるおそるそのバケツに手を突っ込み、ペンキに触ってみた。
少しヒンヤリとして気持ちがいい手触りだ。
夕焼け色のペンキの付いた僕の手は、赤や黄色や朱色や紫色に変化している。
あんまり綺麗な色だから、しばらく何も言わないでジッと見つめていた。
そうすると、夕焼け男がまた自慢げに言ったのだ。
「どうだい、素敵なペンキだろう。色だけじゃなくって、いい匂いもするんだぜぇ!」
僕にそう言いながら、自分の刷毛についてるペンキの匂いをクンクンと嗅いでいる。
僕も、自分の手に付いたペンキに、鼻を近づけてみた。
いい香りだった・・・春のような匂いだ。
花の香りだとか草の匂いだとか、そんな匂いがフワッと優しくしている。
もう一度、ペンキに鼻を近づけて、匂いを嗅いでみた。
すると、さっきと違って、海の香りや森のさわやかな匂いも、うっすらと匂っていた。
「・・・夕焼けってのは、人の心を優しくしてくれたり、元気ずけたりしてくれるもんさ!」
夕焼け男は、そう言うと遠くを眺め、フッとため息をついたように見えた。
「哀しい時に夕焼けを見る、楽しいときに夕焼けを見る、恋をしたときも失恋したときも、夕焼けを見る。そんなことばかりしてたら、いつのまにか怪人夕焼け男になっちまったのさ・・」
聞いてもいないのに、夕焼け男は、僕にそんな身の上話みたいな事を説明してくれた。
「ところで、手に付いたペンキは、どうやって落とすのかなぁ?」
あんまり綺麗だったので気がつかなかったけど、気になるので、僕は、夕焼け男に聞いてみた。
「絶対に落ちない!」怪人夕焼け男は、きっぱりと言った。
「えぇぇ~!そんなぁ~・・・」僕は、ちょっと困ったように怒ったように叫んでいた。
「いやぁ・・大丈夫、大丈夫。夕焼けの時間が終われば、自然に消えるから」
ちょっと笑ったように、夕焼け男は言ったのだった。
「俺の担当は夕焼けだが、夕焼けが終わるころには、”怪人・星空男”が、星空のペンキを空に塗るよ」
え~?なんだ、その怪人星空男ってのは・・・・?夕焼け男が、また妙なことを言うもんだから、僕は悩んでしまった。
「そうなんだ、空ってのは、みんな怪人達がペンキを塗って出来上がってるんだぜ?知ってた?」
夕焼け男が、またそんな爆弾発言をするので、たまらず僕は叫んでいた。
「そんなこと知るわけ無いよ~!」
そう言いながら、妙に可笑しくなってしまい、笑ってしまっていた。
怪人夕焼け男も、大きな声で笑っていた。
「青空を塗るのは”怪人青空男”、曇りの空は”怪人曇り男”、朝焼けを塗るのは”怪人朝焼け男”っていうわけさっ!」
人差し指を立ててアメリカ映画の俳優みたいにおどけてい言うので、また僕たちは笑ってしまった。
「そうそう、怪人朝焼け男と俺は、結構馬が合うんだぜっ!」
両目を閉じてしまう、下手糞なウィンクで、夕焼け男は僕に向かって言った。
だんだん、楽しい気分になってきて、時間も経つのも忘れてしまいそうだった。
そんなマッタリした気分でいた時、突然に空の上の方から、大きな大きな声が響いた!
「こらっ~!サボるな夕焼け男!もう時間が無いぞっ!」
あまりに大きな声だったので、僕は耳をふさいでしまった。
「ああ!すみません”親方”!」
夕焼け男は、ビクッとしながら答えている。
「早く夕焼けを塗り終わらないと。星空男がしびれをきらして待ってるぞ!」
突然の空からの”親方”の声は、怖そうな声だった。
「ここにいる子供と話こんでしまたっもんで・・・」
決まり悪そうに、怪人夕焼け男は言い訳している。
「なに!また人間の子供に見つかってしまったのか!不注意にも程があるぞっ!」
たしなめるような口調で、”親方”の声は響き渡る。
「すいません・・」怪人夕焼け男は、すまなさそうに頭をかいている。
「そこの子供!」低音の響く声で、”親方”が僕に言った。
「な、なんですか・・・」僕は、怖くなって答えた。
「今日のことは、誰にも話してはいかんぞっ!さもないと・・・」
空の親方が、恐いような声で含んだ話し方で言った。
「さもないと・・・・なにか恐いことがあるんですか・・・」僕は、かなりビビッて恐くなってしまっていた。
少し時間をおいて、親方は言った。
「特に何もない!がっはっはっ・・・!」笑い声が、空中に響き渡った。
怪人夕焼け男も、僕もホッとして、つられて笑ってしまっていた。
わっはっはっ・・と、3人の笑い声が、まだらに塗られてしまった夕焼け空にこだまする。
怪人夕焼け男が塗り忘れた、まだらの夕焼けを見ながら、急いで僕は家に帰った。
玄関を開け「ただいま~!」と言うと、お母さんの声が「もうすぐご飯だからね~!」と台所から大きな声がした。
僕は、そのまま2階の自分の部屋に行き、鞄を置いて、窓を開いて、もう無くなりかけの夕焼けの空を眺めた。
怪人夕焼け男がサボったので、所々夕焼けだったり青空だったり星空だったり変な空だった。
そして、僕の手についた夕焼け色のペンキが、赤くなって紫色になって青くなって、とうとう最後には消えてしまった。
窓の外は、もうすっかり怪人星空男のペンキ塗りが終わったようだった。