さかいほういち@遠望楽観

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ストーンサークル

2005年11月24日 15時26分19秒 | Weblog



青森で縄文人の作ったともいわれるストーンサークルーを見ました。
環状列石といわれて、墓地だとも冬至や夏至を観測するものだとも言われています。
なにか意志を感じる石です。
しかし、これを見たとき「これは縄文人の芸術」だと感じました。

当時の縄文人の会話・・・・
縄文人A 「なんかワシ、石を丸く並べたくなっちまっただよ」
縄文人B 「それって、なんにも意味ねーだべ?」
縄文人A 「そーだけども、こうなんちゅーか、そういう気分になっちまったのよ」
縄文人B 「ふ~ん・・そうけ。んだば、ワシも手伝っちゃるけん、石並べるべ!」
縄文人A 「そうか。ありがとよ。しかしなんだな、これ見た3000年後の人間は、(これなんだべか?不思議なもんじゃな?)とか考えるんだっぺかなぁ?」
縄文人B 「そうかもな!」
縄文人A&B 「がはははは・・・」

まあ事実はこんなものではないでしょうか・・・・?





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山頭火の句 いちにち・・・

2005年11月22日 01時35分44秒 | Weblog



ご存知、山頭火の温泉俳句。
つくづく山頭火は温泉好きだと思える。
あるいは、流浪の旅だったので風呂は温泉にしか入れなかったのかもしれない。
しかし、なんとも心地良さそうな俳句である。
温泉に入っている気分になってきた・・・・・

岐阜県の世界遺産・白川郷に入る途中に平瀬温泉がある。
白山の麓にある温泉である。
その昔には、銭湯のような温泉場があったが、今もあるのだろうか。
平瀬温泉も良い温泉なのだが、そこから一時間半くらい白山を登っていった所に「大白川温泉」がある。
平瀬温泉からの山中の道程は、険しい崖の上にある細い道を、クネクネと登らねばならない。
対向車など来たならばすれ違いが出来るかどうか、はなはだ疑問も残る、それは危険な山道だった。
幸い対向車など来る事も無く、その山道を走っていったのであるが、所々に見える景色は最高で、原始の風景でもあるかのようなブナの林は壮観だった。
大白川温泉に到着する寸前に、キャンプ場がある。
あまり知られていないキャンプ場だと思うのだが、そこの近くにあるブナの林は圧巻だった。
大の大人が3人くらいが手をつないでも回せきれないくらいの太いブナの樹木が何本も乱立し、それはそれは人の心を揺さぶる景色だった。
その奥に大白川温泉がある。
登山道の入り口なのだろうか、山小屋風の温泉小屋は風情があり、湯船も昔のままの雰囲気だった。
その小屋の外には、新しく出来た露天風呂があった。
男女に分かれてはいるが、とりたてて塀なども無く見晴らしも抜群に良い。
とくに遠景にみえるダム湖の水の色が尋常ではない色だった。
水の色は、まったく「水色」なのである。
変な言い方だが、普通、水の色は外部の景色や岩の色や空の色によって変化する。
だが、そのダム湖の水は、水彩絵の具の水色を溶かしたような、まったくの「水色」だったのだ。
水の成分なのだろうか、理由は分からないが、あのような水色の水は、それからも見たことはない。



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禅語録 万古清風

2005年11月20日 13時02分31秒 | Weblog



「万古清風」とは、古きにも新しきにも全ての時空にあまねく清風が吹く、という意味です。
清風は、「仏の心」あるいは「神の精神」のような悟りの気持ちを表しています。
禅において、悟りを会得してしまえば、全ての時間や空間に仏の心が染み渡っている、ということでしょうか。

禅では「問答」というものがあります。
ある日、高名な禅師が茶屋のはためく幟を指して、弟子にこう言った。
「いま、はためいている幟は、風が動いているのか?幟が動いているのか?」
弟子は考えあぐねて答えられませんでした。
こういう、答えがあるようで無い質問をして、弟子の思考を麻痺させる禅の手法です。
禅師が良い人であればいいのですが、悪人であれば、弟子の自主性を奪い麻痺させるような危険な手法です。

こんな問答もあります。
禅師が両手を叩いてこう言った。
「いま鳴ったのは、右手か?左手か?」
弟子は思考不能になり、答えられませんでした。
こういう質問は、もともと質問自体が無意味な形式をとっています。
両手を鳴らすには、右手片方でも左手片方でも不可能です。
そんな事は、考える必要もないくらいの質問です。
それを、あえて答えさせるのが禅問答なのです。

私ならば、こう答えます。
「今鳴ったのは、右手でも左手でもなく、空気の振動です!」と。
禅師は困るでしょうね。
あえて答えの無い質問に、答えてしまったのですから。
しかも、科学的には合っている答えです。
悪い外道禅師なら「理屈を言うな!」と罵るでしょうし、良い禅師ならば自分の力量の無さを反省するでしょう。
外道禅師はならば、その場で殺した方が世の中のためである、と戦国時代ならアッサリ斬首されていたでしょうね。
禅師のすべてが悟っているわけではありません。
中には、自分の欲望のために禅を利用する「野狐禅」と呼ばれいる、いんちき禅師も多いのです。

禅問答は、昔のような科学も思想も発達していない頃なら通用するでしょうが、今では無意味です。
「答えが無い」と言って、昔通用していた禅問答の全てに、今なら答えが用意できてしまうのです。
答えの無い禅問答のすべてに、答えがある時代です、時代に即して禅も発達しないと、禅自体が野狐禅になってしまうでしょう。



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山頭火の句 はだかで・・・

2005年11月19日 18時31分54秒 | Weblog



山頭火の温泉か銭湯の句。
どこかの温泉場か銭湯で町の人達が世間話をしている、そんな光景です。
ひょっとして湯治場の温泉にでも浸かった時の句かもしれません。

岩手県に大沢温泉という所があります。
宮澤賢治や高村光太郎が良く通った温泉です。
湯治宿の方は昔のままの風情を保ち、障子で仕切られた部屋では賑やかな世間話も聞こえてきました。
湯治場の売店も昔のままといった雰囲気で、懐かしくて色々なものを買った記憶があります。
温泉の湯船も3つほどあって、賢治や光太郎も浸かったであろうと思われる古色あふれる湯船と露天風呂がありました。

岩手の人々は世間話が好きなような気がします。
大沢温泉の道順を聞いたとき、何処から来たのかと米の出来具合とか世間話を30分ほどして、道順を教えてくれました。
また、距離感も随分と違うような気もします。
高村光太郎記念館への道程を聞いたとき、「ここの道を行けば、すぐそこですよ」と答えが返ってきました。
すぐそこ、と言われたので1kmくらいかな、と勝手に思って行ったのですが、5km行っても見つからず、10km行っても分からずじまい、結局断念した思い出があります。
「すぐそこ」って、地方によってどれくらいの距離を指すんでしょうか?
この辺りの町では100mくらいだと思うのですが、北海道とかだったら30kmくらい先でもOKなんでしょうか?
アリゾナあたりなら100km先だとか・・・・


その昔の友人達と大沢温泉記念写真



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続・大山椒魚の逆襲

2005年11月17日 00時27分50秒 | Weblog

 大山椒魚は、ふるさとの川から・・・ 

太古の昔、両生類が陸上動物に進化した時のように・・・・

のそのそ這い上がり。

 ずんずんずんずんと行進は続く・・・・

 野越え山越、ずんずんずんずん・・・・

 いったい、何処へ行こうとしているんだい・・・・

 


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大山椒魚の一輪差し

2005年11月16日 00時38分04秒 | Weblog

大山椒魚が丸くなっている所。
一輪差しになってます。

この大山椒魚のオブジェや一輪差しは「オオサンショウウオの逆襲展」と銘打って名古屋や和歌山など数箇所で展覧会を開きました。
陶器や水墨画など、すべて大山椒魚で埋め尽くされた個展です。

この大山椒魚のオブジェは、友人の蛇窯で焼かしてもらったものです。
その友人は、新渡戸稲造や荒川豊蔵などと懇親がある、代々の文化人の家系なのです。
そのせいか、変人奇人ぶりも板についています。
私なんぞ、ちょっと世間の目など気にしたりしますが、彼はそのようなことは一切気にしていないようです。
変人奇人の友人も多いので、唐突の深夜に温泉に出かけたりもします。
また、台風の日に、コンサートに出かけたり、支離滅裂な日々が懐かしいような・・・

その時の事など小説にしてみました。
「風にふかれて嵐を呼ぶ本屋」
暇な方は読んでみてください。
(MIDI音が鳴ります)


 


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大山椒魚の逆襲

2005年11月15日 00時52分56秒 | Weblog



以前に焼〆で製作した大山椒魚のオブジェ。
200匹くらい製作して並べて展示したら、なんとなく「逆襲」という感じがした。
長良川の上流の板取川で撮影。

大山椒魚は、その昔滋養強壮のつく食べ物として、焼いたり味噌漬けにしたりして食べていたらしい。
飲み水の瓶の中で飼い、その水を飲むと目に良いといわれてもいたらしい。
大山椒魚の受難の時代である。

岐阜県郡上市で、本物を見たことがある。
1メートルもないくらいの川幅の小川のせせらぎの、岩と岩の間にジッとしていた。
夜行性なので、夜には岩の外や、陸上にも這い出てくるようだ。
大山椒魚は、両生類で爬虫類ではない。
5千万年もまえから生き延びている生命に対し、敬意を現す気持ちで製作した。
1年で1cm成長するとも言われているので、1m50cmの大山椒魚は150歳ということか?
やはり人間より長生きなのだろう。





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山頭火の俳句 よい湯から・・・

2005年11月14日 02時17分32秒 | Weblog




流離の俳人、山頭火の俳句です。
またまた温泉の俳句をお題にした書ですが、山頭火が温泉好きなのか、私が温泉好きなのか、あるいは両方ともなのか、定かではありませんが。
古今東西、日本人なら温泉で命の洗濯をするというのが、最上の休暇ではないでしょうか。


10数年前に、養老の滝で有名な岐阜県養老町に温泉が湧いた。
養老の滝というのは、貧乏な親孝行の息子が酒が欲しいという親の我ままを満たそうとおもい、滝の水を汲んだら、その水が酒になったという伝説の有る滝である。
その滝のほど近くに、その怪しげな温泉はあった。
怪しいといっても、いかがわしいという訳ではない。
まぁ、超現実的といった方が適切かもしれない。
我々芸術家仲間は「タルコフスキー温泉」と勝手に銘銘していた。
タルコフスキーとは、あのSF映画「ソラリス」や「ノスタルジイ」「ストーカー」「サクリファイス」などの、現実とも夢ともつかない素晴しい映画を作った監督の名前である。
その監督の名前を、勝ってにつけてしまったのには、それ相応の訳があるのだ。
その温泉は、唐突に牧歌的田園風景の中に突如として現れた、といっても地面からニョキニョキと生えてきた訳ではないが。
ようするに、業者が試しに切削したならば、1発でビンゴ!してしまった温泉のようなのだ。
そんな急ごしらえの温泉なので、掘っ立て小屋のような工場のような粗末な建築物の中にあった。
しかも、温泉と同時に天然ガスまで噴出したらしく、その粗末な小屋の横の煙突からは、まるでゾロアスター教の炎のように、ゴウゴウと火が燃えているのだった。
そして肝心な温泉の内部といえば、何かを貯蔵するためのような大きなプール状の、これまた粗末なコンクリート製の湯船なのだ。
温泉の泉質は、赤茶けて鉄分を含み塩辛かった。
その内部の光景が、まるでタルコフスキーの映画のでも出てくるような風景をかもし出していたのだった。
出来ることなら、古いコートでも着て湯船に佇み、聖書でも読んでみたかった。
夜になると、拝火教の炎が燃える、工場跡地のような温泉。
なんか、怪しげで素敵じゃないですか?
ああ?山頭火とまったく関係なかったですね(笑)






山頭火の句 タダの湯へ・・・

2005年11月13日 14時29分59秒 | Weblog




流浪の俳人、山頭火の自由律俳句。
また、温泉の俳句で恐縮です(笑)
やはり日本中を歩いて旅を続ける山頭火にとって、温泉は心身共に休まる癒しの湯だったのだろう。
それに昔は温泉ブームなどありはしないので、源泉かけ流しの露天風呂は無料の所が多かったと思う。

温泉ブームになる以前の、つい20年前くらいでも無料の露天風呂は結構あった。
名前は忘れたが、山深い場所に良い露天風呂が有るというので、真冬で雪も降っているというのに出かけたことがある。
麓の駐車場までは車で行けたが、温泉の場所までは積雪がひどく歩いていくしか方法がなかった。
もう深夜近くなっていたが、月明かりと雪の反射で道のりは明るかった。
1時間近く、寒さに震え雪を踏みしめながら温泉に到着した。
服を脱ぎ、さぁ温泉の湯船に浸かるぞっ!と思った時、ザブンと湯船の向こうから音がした。
ギクッとして見て見ると、こんな場所でこんな時間に先客がいたのだった。
このような状況で温泉にやってくるとは酔狂な人もいるもんだ、と自分のことを棚に上げ、気を使って女湯の方に入った。
女湯といっても、当然誰も居ないので貸切状態の雪見温泉だった。
しかし、あの時の入浴していた人物はどんな人だったのだろう、暗くて見えなかったが、後に有名になった温泉作家だったかもしれない・・・。



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山頭火の句

2005年11月12日 13時22分48秒 | Weblog




放浪の俳人、山頭火の俳句。
山奥の温泉で混浴、湯船からはこんこんと暖かい温泉が湧いて溢れている、そんな光景が目に浮かぶ。
山頭火の俳句には温泉の句が結構多い。
流浪の旅を続ける山頭火には、暖かい温泉の湯が何よりもの安らぎだったのだろう。

私が若い頃、秘湯を求めて、色々なところへ足を運んだ。
温泉ブームになる以前のことだ。
奥深い山中の谷の間にある温泉や、一度大雨が降れば一瞬にして流されてしまうような温泉。
そもそも名前すら付いていない温泉なので、どんな温泉かも分からない。
特に、深夜に入る温泉は、他の人が居なくて貸切状態で気持ちがいい。

和歌山に「千人風呂」と呼ばれる天然温泉がある。
河原を掘り込んで、千人も入れるような温泉だ。
河原の石と石との間からは、プクプクと熱い温泉が湧いていた。
深夜3時頃、誰も居ない巨大な温泉は、竹林に囲まれ夜空には満月が輝いて、もうこのまま本物の仙人にでもなってしまおうかと思ったりしたものだ。

標高2000mくらいの岐阜県飛騨の山奥に、もう廃温泉となって久しい温泉があった。
露天風呂はほったらかしだったが、まだ源泉は生きていて、誰も入らない湯船に滾々と暖かい湯を供給していた。
掛け値なしの、源泉かけ流しという温泉だ。
画家や陶芸家やミュージシャン男女十数人と共に、その忘れ去られた秘湯に行ったことがある。
秋も深まって肌寒い季節だった。
皆一斉に湯船に浸かったので、ザァ・・・と熱い湯があふれ出し、山頭火の俳句そのものの情景だった。




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賢治の短歌 南にも北にも・・・

2005年11月11日 14時53分11秒 | Weblog



ミズナラ コナラ カシワ ナラガシワ モンゴリナラ クヌギ アベマキ ウバメガシ イチイガシ ハナガガシ ツクバネガシ アカガシ シラカシ ウラジロガシ アラカシ ツブラジイ スダジイ  シリブカガシ マテバシイ オキナワウラジロガシ

賢治にとって本物のドングリとは、どのドングリをさすのだろう。
ドングリといえば「どんぐりと山猫」を思い出す。
一番小さな役に立たないドングリが、一番偉い・・・・

役に立つ植林された杉や桧より、雑木林が一番役に立つ。
そんな時代がやっと来たようです、賢治先生。




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宮澤賢治の短歌 ひとびとは・・・

2005年11月11日 13時24分04秒 | Weblog




ひとびとは 鳥のかたちに よそほいて

ひそかに 秋の丘を のぼりぬ


私の視覚を2分割するような景色。
画面の下の部分は秋のススキの穂が緩やかに揺れている。
画面の上の半分は、切れるように晴れ渡る青空である。
その中心を、燕尾服をまとった人々が、いそいそと結婚式に出かけるためにペンギンのように歩いている。

あるいは、秋の夕暮れの濃い瑠璃色のような空をバックに、礼服をまとった村人が弔いに出かけている光景でもよい。
下半分は、草と地面も判別できない真っ黒な影が似合う。

めでたい短歌なのか、弔いの短歌なのか・・・
「よそほう」と表現しているが、賢治はけっこう反語的に語句を使うのが上手いので、どちらか判別できない。




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宮沢賢治の短歌 鉄橋の・・・

2005年11月10日 14時19分42秒 | Weblog




鉄橋の 汽車に夕陽が落ちしとて

ここまでペンキ 匂いくるかな


賢治の短歌は、どこまでも映像的である。
夕焼けをバックにして、汽車が煙を上げながら鉄橋を渡る。
銀河鉄道ではないが、汽車は別の土地にあるであろう新しい自分の所へ連れて行ってくれる。
ペンキ塗りたての鉄橋のは、どこかよそよそしくもあるが初々しい巨大な鉄の彫刻のようだ。
交差する鉄骨の隙間から覗く夕陽は、赤と黄色と朱色のパレットの油絵の具のよう。
ペンキの匂いは、どこか懐かしい匂いで包まれている。
そんな映像を一瞬に描き出すことができる、賢治の短歌である




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宮沢賢治 冬のスケッチより

2005年11月09日 20時37分47秒 | Weblog

 


ボーイ 紅茶のグラスを集め

 

「まっくらでござんすな おばけが出さう」

 

と云ひしなり

 

 

なにげない詩であるのに、何か暖かさが伝わってくる賢治の詩である。

喫茶店の窓から、夕立寸前の黒雲が立ち上る空の光景が目に浮かぶような詩だ。

あるいは「冬のスケッチ」であるので、大雪の前触れの濃い灰色の空が一面に広がる様子かもしれない。

ここの喫茶店の常連である賢治が、ボーイと一緒に盛岡の天空を見つめている・・・そんな一瞬の情景描写は、映画の1シーンでも見るかのようである。

 


 

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