「自分の顔 相手の顔」 (曽野綾子著)
●正義感だけでは生きていけない
人を生かすには、自分も生かされなければならない。飛行機が緊急着陸をすることになり、酸素マスクが下りてきたら、幼い子供を連れている人はまず自分が酸素マスクをしてから、子供にマスクをつけさせることが指示されている。それはまず自分の意識が保たれていなければ、幼児を脱出させる人がいない、という現実的な問題からものごとをみているからである。
三人の親たちと暮らしていた時、私たち夫婦はまず自分たちが平凡に生きることを目的にした。私たち夫婦が倒れたり、離婚したり、ヒステリックになったりすると、三人の親たちの行き場がなくなるからであった。
おむつを換えてあげたい、という思いも、長くなれば疲れて辛くなる。しかしせめて家族の最期には、そういう時期があって当然だ、という思いも自然である。
「おむつの世話はいやだ」と言いながら、遂に世話をしてしまう人も私は好きなのである。やだ、やだ、と言いながら、人間はしなければならないことを心のどこかで承認している、おかしくて偉大な存在である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・