Prehistoric Safari
メルクサイと二大直牙型巨大ゾウ(ステゴドン & パレオロクソドン)
更新世間氷期ユーラシア東部 & 西部
●スマトラサイ「族」の最大種●
中国湖北省神農架林区は、有名な周口店と同様に旧石器時代の化石が豊富に発掘されることで知られています。特に、紅坪鎮は更新世サイの一大産地として際立っており、史上有数の大型種、メルクサイ(Stephanorhinus kirchbergensis)の化石が多く見つかっています。メルクサイの分布域としては、神農架林区は最南、かつ最も標高が高い地域になります。
中国で見つかる更新世サイは、ケナガサイ(Coelodonta antiquitatis)を除き、その大半が現生スマトラサイと同じスマトラサイ属(Dicerorhinus)に無批判的に分類される傾向があったようですが、スマトラサイ属との十分な形質差異を明らかにしたTong & Wuの研究('Stephanorhinus kirchbergensis (Rhinocerotidae, Mammalia) from the Rhino Cave in Shennongjia, Hubei' , 2010)以降、神農架林区のサイ群は、近縁ながら別系統の「ステファノリヌス属」※に分類し直された経緯があります。
(※Stephanorhinus yunchuchenensis, Stephanorhinus lantianensis, Stephanorhinus kirchbergensisの、計3種)
神農架林区のメルクサイは四肢が比較的短い点を除けば、概ねヨーロッパ産の種類と同形質であり、歯のサイズから判断して、後者よりも大型であった可能性が指摘されています。通俗的な文献に肩高2m超に達したという記述が見られるメルクサイは、大きさが誇張される傾向も見受けられるものの、ケナガサイ(現生シロサイと同等の大きさ)やスマトラサイも含まれるサイ科の中のクレード、スマトラサイ族(Dicerorhinini)の最大種であったことは、間違いないようです。
顕著に伸長し、それでいてgraviportalな適応を示す四肢、頭部の位置が高いこと、大臼歯が長冠歯ではないなど、こうした形態上の特徴は、メルクサイが閉鎖林の生態に適応した大型ブラウザーであったことを示唆しています。一方で、本種の小臼歯は長冠歯であることや、上顎形状などから判断してグレーザー特有の幅広い吻部と上唇を有していたとする説もあり、その食性について判然としない面もあります。
当復元画では、Tong & Wu (2010)に倣って本種がmixed feederであったという説を採用し、いわばブラウザーとグレーザー双方の特徴を併せ持った如くの口唇形状を意図してみました。
更新世中期にユーラシアの広範囲に亘って分布していたメルクサイは、大陸西方では間氷期を特徴づける「Palaeoloxodon-Equus 動物相」に典型的にみられる動物の一種であり、同じくアジアでは「Ailuropoda-Stegodon 動物相」に典型的にみられる一種でした。
本イラストでは、汎ユーラシア規模で分布していたメルクサイを中心に据えて、その東方と西方における複数のコンテンポラリー種を、一度にフィーチャーする形をとっています。
といっても、ステゴドンについては同属のタイプ種であり、最大種ともされるS. zdanskyi を描いており、厳密にはAiluropoda-Stegodon動物相に含まれる該当種ではありません。この点はいわばartistic licenseというか、ご寛恕を請うところ。
以下、メルクサイ以外の絶滅種についても簡単な説明を付記します。
●ユーラシアの二大直牙型ゾウ●
今回登場する長鼻類は、更新世のユーラシア大陸を西と東に二分してそれぞれの勢力圏を誇っていた直牙型(straight tusked)のゾウ、パレオロクソドンとステゴドンです。
両属の最大種(ストレートタスクゾウ Palaeoloxodon antiquus と、コウガゾウ Stegodon zdanskyi)を描きました。
鮮新世から更新世にかけて、日本にはナウマンゾウ(Palaeoloxodon naumanni)、コウガゾウと同種とみられる大型のミエゾウ(Stegodon miensis)、ミエゾウから派生したアケボノゾウ(Stegodon aurorae)などが生息していましたから、パレオロクソドン属とステゴドン属は日本人にとって馴染み深い化石長鼻類だといえます。
両属の最大種(ストレートタスクゾウ Palaeoloxodon antiquus と、コウガゾウ Stegodon zdanskyi)を描きました。
鮮新世から更新世にかけて、日本にはナウマンゾウ(Palaeoloxodon naumanni)、コウガゾウと同種とみられる大型のミエゾウ(Stegodon miensis)、ミエゾウから派生したアケボノゾウ(Stegodon aurorae)などが生息していましたから、パレオロクソドン属とステゴドン属は日本人にとって馴染み深い化石長鼻類だといえます。
ストレートタスクゾウとコウガゾウともに、肩高4m前後、推定体重10トンを超す大きさに加えて、ゾウ科の種類であること(ただし、ステゴドン属を別系統とし、ステゴドン科として分類する妥当性を説く研究者もいます)、主に間氷期に森林生態に適応し繁栄していたブラウザー、ないしmixed feederであったことなど共通点も多いですが、形態上の違いも目につきます。
肩高がほぼ同じである甘粛省博物館のコウガゾウ全身骨格※1とジェノヴァ自然博物館のViterbo産ストレートタスクゾウ全身骨格※2を比較すると、コウガゾウの頭骨は頭高が低めで幾分前方突出型であり、胴長、骨盤が非常に幅広であるなど、よりアルカイックな特徴を備えていることが判ります(歯に関しても同様)。
ストレートタスクゾウは頭部が大きく、特に頭頂部は長鼻類のあらゆる種類の中で最も著しく隆起しています。
※1(甘粛省博物館のコウガゾウ)
上腕骨長1210㎜、大腿骨長1460㎜、骨盤幅約2m、肩高387㎝、生前の推定体重12.7トン
※2(ジェノヴァ自然博物館のストレートタスクゾウ)
上腕骨長1230㎜、大腿骨長1440㎜、骨盤幅1810㎜、肩高381㎝、生前の推定体重11.3トン
(各寸法データは A. Larramendi, 'Shoulder height, body mass and shape of proboscideans', 2015 参照)
※1(甘粛省博物館のコウガゾウ)
上腕骨長1210㎜、大腿骨長1460㎜、骨盤幅約2m、肩高387㎝、生前の推定体重12.7トン
※2(ジェノヴァ自然博物館のストレートタスクゾウ)
上腕骨長1230㎜、大腿骨長1440㎜、骨盤幅1810㎜、肩高381㎝、生前の推定体重11.3トン
(各寸法データは A. Larramendi, 'Shoulder height, body mass and shape of proboscideans', 2015 参照)
両者ともに四肢が長くかつ全体にロバスト型の骨格であり極めて大型ですが、肩高が同じである場合、体長と胴幅に優るステゴドン属種のほうが、恐らく体重は重くなったと考えられます。
パレオロクソドン属種の形態についての詳細は、Eofauna代表のAsier Larramendiとローマ・ラ・サピエンツァ大学のMaria Rita Palombo教授共著になる最新の研究論文('Reconstructing the life appearance of a Pleistocene giant: size, shape, sexual dimorphism and ontogeny of Palaeoloxodon antiquus (Proboscidea: Elephantidae) from Neumark-Nord 1 (Germany)' Asier Larramendi, Maria Rita Palombo & Federica Marano, 2017)が発表されているので、そちらにも目を通していただきたいと思います。
モントレイユ産とアップナー産のストレートタスクゾウ個体は、部分的な骨格寸法(例えばモントレイユ産の上腕骨長1350㎜)に基づいてジェノヴァ自然博物館の個体より著しく大きかったと推測されており、本種には肩高4m超、体重15トン超級の個体も決して珍しくなかったと考えられます。
ステゴドン属種についても、島嶼小型化が顕現する以前のミエゾウの大型個体は肩高4m前後に達していた可能性があり、サイズ的に全く遜色ないと思われます。
つまり、「史上最重量級」の長鼻類※3 が日本に存在していた可能性があるというわけですから、ロマンを感じずにはおれません。
※3 長鼻類最大級の種類としてこの他に名前を挙げ得るのは、Deinotherium giganteum(デイノテリウム属最大種)、Elephas recki(レックゾウ)、Mammut (Zygolophodon) borsoni(ボルソンマストドン)、Mammuthus trogontherii(ステップマンモス)、Stegotetrabelodon syrticus(ステゴテトラベロドン属種)でしょう。
なお、当ブログでも以前紹介したように、ストレートタスクゾウは2016年の遺伝子解析で現生のアフリカゾウ2種、特にマルミミゾウに近縁であることが判明しており、この結果を受けて、本復元ではロクソドンタ属(アフリカゾウ属)の外形的要素を取り入れてみました。もっとも、形態に基づきパレオロクソドン属に分類されてきたその他の種類(ナウマンゾウやナマディーゾウ、コビトゾウなど)にまでアフリカゾウとの遺伝的近縁性が果たして主張できるものか否か、私にはわかりません。
●Species●
〈ユーラシア東方(右側)〉
手前から
ジャイアントバク Tapirus (Megatapirus) augustus
更新世に中国南部から東南アジアにかけて分布していた、バク科の史上最大種。サイズの見積もりには幅があるが、体重500kg近くに達したと考えられている。
ステゴドン属種(コウガゾウ / ミエゾウ)Stegodon zdanskyi / Stegodon miensis
カモシカ Capricornis sp.
〈ユーラシア西方(左側)〉
手前から
エトラスカサイ Stephanorhinus etruscus
ステファノリヌス属の基底種の一つと考えられている。現生スマトラサイとほぼ同等の大きさで食性も同じくブラウザーであるが、より細長い四肢に特徴づけられている。
ステファノリヌス属の基底種の一つと考えられている。現生スマトラサイとほぼ同等の大きさで食性も同じくブラウザーであるが、より細長い四肢に特徴づけられている。
パレオロクソドン属種(ストレートタスクゾウ) Palaeoloxodon antiquus
ブロードフロント・ムース Cervalces latifrons
オオツノジカやスタッグムースを凌ぐ史上最大のシカ
〈トランスユーラシア(中央)〉
メルクサイ Stephanorhinus kirchbergensis
メルクサイ Stephanorhinus kirchbergensis
個人的に気に入っている作品の一つになります。宜しくお願いします。
『プレヒストリック・サファリ25 (更新世中期・ユーラシア東部 & 西部) メルクサイと二大直牙型巨大ゾウ(ステゴドン & パレオロクソドン)』
イラスト & テキスト:©the Saber Panther (All rights reserved)
stegodon属は個人的に一番好きなゾウの仲間なので、この記事にはstegodon属の気になる点があるので、今回コメントさせてもらいます。
まず、コウガゾウの学名についてですが、コウガゾウの学名はstegodon huanghoensisだったはずですが、ツダンスキーゾウとコウガゾウは同種になったのですか?
それと、コウガゾウは何故鮮新世から更新世まで生存できたのですか?鮮新世の中国にはsinomastodon属やanancus属のゴンフォテリウム科のゾウがいたはずですが、何故ゴンフォテリウム科のゾウと共生できたのですか?
長文すいません。
コウガゾウ(中国では师氏剑齿象の通称がより一般的なようです)の学名として
Stegodon huanghoensis も確かに散見されますが、現在正式な学名として使用されているのは、
S. zdanskyiのほうだと思います。S. huanghoensis はS. zdanskyiのシノニムであると理解してよいと思います。
二番目のご質問は興味深いですが、難しいですね。
一朝一夕に返答できるものではありませんし、私も私なりに調べてみたいと思います。
コウガゾウとゴンフォテリウム科のゾウとの共生ができたのは何故かわからないのですね。
そうしたら、ツダンスキーゾウという和名は無効になるのですか?そこのところは詳しく教えて欲しいです。
palaeoloxodon属も結構好きなのですが、ストレートタスクゾウの牙を湾曲させないことにメリットはあったのでしょうか。個人的には、鼻を休めるところがなくなるのでかえって不便だと思います。
コウガゾウとは別の種類を指しているわけではないと思うのです。和名として定着しているのはコウガゾウですから、
ズダンスキーゾウの方は淘汰されたとみられますが、正直、それ以上の詳しいことは私にはわからないです。
更新世の東アジアにおけるステゴドン属種とゴンフォテリウム科の種類の摂餌生態を比較した、最近の研究がありました。
オンラインで閲覧が可能です。
(Zheng et al., ’An examination of feeding ecology in Pleistocene proboscideans from southern China (Sinomastodon, Stegodon, Elephas),
by means of dental microwear texture analysis’, 2016)
ご質問の、両者が共生し得たことの原因ではなく、論文ではステゴドンがより長く存続し得た要因について、探っていますね。
ご質問への答えとしては趣旨が変わってしまいますが、関連性があることなので述べてみます。
ステゴドン属種もゴンフォテリウム科のシノマストドン属種もブラウザーであり、食生は似通っていたはずですが、
横堤歯(lophodont)を持つステゴドンのほうが植物をせん断し咀嚼する効率性において、より優れていたと考えられるようです。
論文では、気候の変動による植生の変化に曝されながらステゴドンが長く存続した要因の一つとして、
この咀嚼の効率性を挙げています。
ただ、ステゴドンの歯がアドヴァンス型のゾウ科種にみられる高歯冠型になることは、ついになかったのですね。
一方、中国南部において更新世終盤に及ぶまでステゴドン属種とアジアゾウとが共生していた事実がある。
これについては、高歯冠、かつ横堤歯型であるアジアゾウの食生は有意にグレージングも含むmixed feedingであることから、
ステゴドンとのニッチ分割が十分に可能であったためと推測されています。
ひとつ気になったのですが、この絵の舞台となっている約90万年前には、トウヨウゾウは誕生してましたか?トウヨウゾウは全身がわかっていないというイメージが強いので全身の特徴についてもできれば教えてほしいです。
形態の特徴についても、寡聞にして詳しいことまでは申し上げられません。
更新世中期の中国のステゴドンに関しては、S. huananensis (S. preorientalis というのは本種のシノニム) が固有種として分類されているはずですが、
他にも、S. huananensisよりも古風な形質に特徴づけられた、まだ未分類の種類も近年発見されているようです。
本文中でも紹介したM. R. Palombo博士率いるチームが、新たな知見に基づき分類の見直しを試みています。
2017年の第7回 'International Conference on Mammoths and Their Relatives (国際化石長鼻類会議)' で発表された、比較的新しい研究です。
私は論文の導入部しか読んでいないので詳しいことは書きませんが、パレオロクソドン属の種類は、
「シュツットガルト形態型」と「ナマディクス形態型」という二つの異質なモーフォタイプに大別し得るという、
分析に基づく仮説が展開されています。
新仮説や最近の発見から得られた形態データを基に、ヨーロッパ産とアジア産の種類を比較分析し、
その結果から分類の見直しを図るという内容です。
本文中で私が疑問を呈した各種のアフリカゾウ属との関連性についても、勿論主に形態学的なアプローチにはなるのでしょうが、
解明の手掛かりを与えてくれるかもしれません。
のちに詳細を紹介できたらと思います。