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短編小説 「君と職員室まで」 vol.2 (7話完結)

2015-11-01 18:06:08 | 短編小説
 吉岡はくすっと笑うと、また前に向き直っていく。思いきり誤解されたように感じた。自業自得ではあるが、わざとらしい益田が少し憎たらしくもなる。


「誤解されるようなこと言うな」

「若山君。勝ち馬投票券なんて買ってはいかんぞ。で、いくら儲けた?」

「しつこいな。だいたい、なんの話だよ」


「現国の出来」

「現国ぅ? 可もなく不可もなくだよ」

「あ、そう。俺もだよ。ま、必要ないしね。捨てちゃっても、今さら、ね」

「余裕の発言だな。留年間近ってあの噂は本当だったか?」

「えっ? どこからその話を。さすがは事情通。ならば打ち明けるが……」


 そこで会話に間が空く。くだらなすぎて二人で笑いあう。いつものパターンだった。気心知れているからこその仲だから。それが俺たちだから。狭く深く付きあう嗜好性が合致し、一年の時の林間学校で親しくなった三年来の友人。

 一緒にいられる残りの時間を逆算してしまうと、感傷的にもなってくる。こいつともこの先、つきあっていきたい。いけるだろうか。そこんとこ、益田はどう思っているだろう。


「もう帰れる?」

「悪いまっすん。三者面談の希望日時の記入待ちで、しばらくかかる。遅くなるぞ。今日もバスだろ?」

「うん、まあ。でも待つよ」

「いいって。バイパスのバス一本逃したら、次、三十分待ちだろ? 寒いし、気が遠くなるぞ」


「そうか? うーん、じゃあ、今日は先に帰るか?」

「そうしろよ」

「おう。よし、じゃあ、お先。またメールする」

「おう」

「若山の彼女によろしく」

「いないから」


 益田はいたずらげな顔だった。いまどき、男で男に手をふりながら去っていくやつはいるまい。あいつはこちらよりも一足早く入試が始まる。それも第一志望の私立大学と言っていた。事前に備える事柄が、凡人とはいくらか異なる。気づかいは必要だと思うのだ。


 あいつも、そんなこちらに気づいていてほしい。

 でもなんか、それって、願うこととちがうような。

 いい人になっても、見返りがあるわけじゃない。

 やっぱ、どうかしてるのかも、今の俺。


 いつの間にか、教室内の人間は半数以下になっていた。皆、こころなしか帰りを急いでいるように思う。各々、やることが基本的に一緒でも、内実は十人十色で人生に向かって行っている。当たり前の事実に、気圧されていく。

 自分は何もできていない。この先どうなるのか、本当にわからない。どうして、こんなにも弱き人間になってしまったのだろう。時間は待ってはくれないのに。ため息を漏らすのをがまんして、天井を見上げるしかなかった。

 五人、四人、そして三人。クラスメートがどんどん消えていく。女子の一人が吉岡にプリントを渡すと、教室内はとうとう二人きりになってしまった。場がシーンとしているからなのか、自分と吉岡しかいないからなのかはわからないが、妙に緊張してしまう。

 きれいな髪が肩までおりていて、紺のブレザーの後ろ姿は華奢に見える。後ろにいる者の特権で、ここぞとばかりに女子という存在をあけすけに見てしまう。男だから、ふらちな想像すらしてしまう。救いだったのは、目の前の席が一つ空いていたことだ。これが至近距離であれば、荒い鼻息をとどめられていただろうか。


「若山君、最後だよね?」


 いすをギッと引き、吉岡が上体を真横に向けてこちらをうかがっていた。吸いこまれそうな瞳と目があう。あう。あうー。うなるように、吠えそうだった。

 吉岡ってこんな綺麗な顔してたんだ。この二年間、話したことなんて数えるほどで、意識もしたことなんてなかったけれど。やばい。もろタイプだーって、今になってかよ。ここには二人しかいないからだ。だいたい吉岡に失礼じゃないか。


「最後だよね?」

「は? あ、はい。最後です」

「なんで敬語なの。おかしい」


 念押しされていたようだし、敬語になっていたし、笑われたし。なんて挙動不審。女子への免疫力がまるでないみたいだ。実際、ないけど。もうどう思われてしまっても仕方ない。にこやかな吉岡は、椅子から立ち上がってプリントを持ってきてくれた。


「わたしって、こわい?」

「え? 全然。なんで」

「よそよそしいから」

「そんなことないよ。ええっ、そう見えた? ごめん」


「謝らないでよ。若山君って面白いね」

「あんまり面白くはないけど」

「そこが面白いんだけど」


 どこがだよー、と突っこみたかったが、ますます墓穴をほりそうで何も答えなかった。ただただ面映ゆかった。からかわれているのか、単なるコミュニケーションなのか、よくわからないというのが正直なところだ。ただ、弟を相手にしているのとはワケがちがうのは明らかだった。



≪つづく≫
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