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短編小説「知ったかの現場」

2013-03-10 11:57:33 | 短編小説
 最近は肩に余計な力を入れずに、リラックスして現場にのぞめるようになった。自らをしばりつける、現場のロマンチシズムからの解放術を覚えたからだろう。


 いちフリーターから、研修社員としてココに来てからというもの―――。


 この現場に関わるロマンチシズムに浸ることは、自分には無縁のことだと思うようになっていた。有名なCFを作る名門広告代理店、優れた機材メーカー、豪華絢爛な著名人。往年の映画支配人、評判の現役プロデューサー、現場にひっきりなしに出没するマスコミ取材陣。

 それらを目の前にして浮足立ったのはルーキーだった当時のことで、自らがなぜこの世界に存在し、何を成すべきなのかを考えると、尊大に意識しすぎるものではないというのが分かってきたのだ。

 例えば、他会社の同様の仕事をこなす同業社員とは真の友人になることはないし、倒すべきライバルの一人ずつでしかない。たとえ何かのチャンピオンホルダーであろうが、基本的に関係ない。コンペで競い合って互いを出し抜こうとすれば、ワイロや顔色を使うことで問題を収束させたりもする。とっくみあいのケンカなどまず発生しない。

 もちろんオーラのある業界人を目の前にすると、委縮してしまうこともある。ハンガリーオークションの企画で、自らの後方支援の失念によってミハエル・ベンガルという出品者の入札を妨害してしまったことがあった。仕事が無事終わったと安堵する自分のもとに、ミハエルがタキシード姿のまま文句を直接言いに来て、結果、取引の無期限延期のペナルティを受けることになった。

 ミハエルはその場で整然と状況を分析し、お前のやりかたは信頼がない、いつだって次回はないものと思って気をつけなきゃだめだ、と激高して詰め寄ってきた。こちらは状況を飲みこむのにとまどい、もちろん殴られることなんてなかったが、生けるディーラーとも評されるミハエルを前にして見上げるだけで、恐縮してしまったのだ。

 修羅場をくぐった業界人、その厳しい瞳からは目をそらすことはできない。クロスさせる手振りを交え、説明する懸命さ。それだけで、この業界という現場に誰にも負けない情熱を注いでいるのが分かったのだ。この緊迫した状況を憂慮したのか、自分の上司の今村さんが飛んできてミハエルをなだめたが、彼は今村さんの腕を払いのけ、まっすぐ自分に向かってくるだけだった。


 今季も大半を取引先の後方支援者として過ごすことが多い。似たようなシュチュエーションはいつでも起こりうる。ミハエルの注意を受けてからというもの、今一度、自分よりも百戦錬磨の鋭いクライアントに対しては細心の注意を払わねばならないと強く思ったものだ。とはいえ、現場に至るまでのミーティングパレード、会合なんかで顔を合わせれば、軽い雑談だってする。

 その人が持つ厳しい表情が、おおよそ嘘のように、穏やかな表情を自分に見せてくれる。ああ、この顧客はこういう人なんだな、とほっとした感情が生まれ、それほどかまえて接しなくてもいいのだということを理解する。劇的に見えていたものが、意外に普通だったりする。一つずつ、業界の現場で浮足立つことも少なくなっていくのが快感だった。

 なんにせよ、現場はチームスポーツであるがゆえ、チームの結束、チーム内での個々の信頼関係が重要だ。一人の仕事人としては、たとえ同業者を必要以上に敵に回したとしても、チーム内で信頼を勝ち得ることの方が実は一番必要なことだったりする。苦楽を共にするチームのために結果を持ち帰る。そうしてチームからの信頼を勝ち得る。認められることによって、周囲の雑音など気にならなくなっていく。

 基本的に、研修社員の自分は下位カテゴリー(フリーター生活)でも実践してきたことを、現在所属する会社でも継続していくつもりだ。一つの成果として、今はこの世界のロマンを俯瞰で感じている。現実あるのみだ。


≪おわり≫


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