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短編小説「ニアミス」 vol.1(2話完結)

2012-10-20 07:06:04 | 短編小説
 それからは、寒さのせいもあり、「トイレがちかく」なっていたので、とりあえずトイレに駆けこむこととなった。明香里を待っている間、弥平はこれからの展開に対して警戒感を弱めないように、と気をひきしめていた。

 こういうのって、どこかで知らん間にトラブルが起こるもんじゃ。絶対余裕をこいたらいけん。

 小さな子供までもが参加するスタンプラリーだ。主催者側のいじわるなひねりが、まだまだ入ることも考えられる。これを純粋にゲームと割り切れないところに、弥平の性格が出てしまう。 

 いろいろ考えすぎて、疑心暗鬼になる習慣がいつからか、ついてしまった。

 明香里のように、楽しむ発想を常に手に入れられたら、あまり考えこまないで済むのかもしれないが。


「どしたん、真面目な顔して」


 明香里がハンカチを手に、トイレから戻ってきたところだった。


「油断せんように、と思って。これから先も、スタンプは簡単には手に入らんっていう。今しがたの教訓」

「えー、本気で考えとん? でもさ、色んなステージがあっていいかもしれんよ。アッチのやり方は時にあくどいけど、気分転換にもなるし」

「ほうか? ほうよのぅ。毎駅降りるたびに小難しいと息詰まるよの。明香里、頭いい」


「頭の問題じゃないよ。ものは考えようってこと。やっちゃんがいつもみんなの前で言ってくれよることじゃん。硬いよ、今日のやっちゃん」

「硬い……。そうなのかもしれんけど」


 弥平のタイプは明香里、これも硬いんか? 鉄板より硬いんは確かじゃが。


「もーう。楽しまんにゃあ。損するよ」


 明香里は笑みを浮かべた口もとのまま、強烈な台詞をはなってくれた。

 楽しまんと、損する、か。

 弥平は明香里の横を歩きながら、その台詞を心の中で反芻しつづけていた。明香里は一つ目の電停から、いやそれ以前から、楽しむという発想を持ちつづけている。

 明香里のようにそれが自然になるには、経験と慣れと、あとなんだろう。そう、信じることが必要なのかもしれない。自分や仲間を。常に不安にもまれながらは生きられない。

 わかっていたようなことを、今さら確認している。明香里の前だと楽しめないなんて、そりゃ、損している。楽しめたらとてもハッピーだ。

 弥平は楽しむということを、本当は知らないでいたのかもしれない。

 明香里のことが、どうだこうだと言うばかりでなく、己が楽しんでいる姿を見せなければいけないのだ。それで明香里も楽しんでくれるなら、なおさらに―――。

 弥平は、ちいさな光を見いだしたような気分になっていた。


「あ、みづほからメールじゃ。なんじゃろ……。えー! 結局、一店舗を選んで、みんなでお好み焼きを食べるはめになったんと」

「グルメ共和国で? まじで?」


 明香里が立ち止まって携帯をのぞきこむたびに、弥平もそれにならっているような気がした。


「食べ物関係は明香里らも真由美らも、注意しといたほうがいいよ、だって。うわー、これってアタリハズレの世界じゃね。そういう意味じゃ、ウチらはずっとアタリじゃったんかね?」

「そうじゃの。でも、明香里がグルメ共和国に当たっとったら、どうしとった? 店にお金落として食べとった?」

「状況によるけど、そう言われれば、そうかもしれんね。さすがに商店街の時みたいに図々しくは行けんかったかも」


「じゃあ、商店街はその名の通り、『昔ながら』っだったってわけか。ああ、みんなが平等になるように下準備をしっかりしとけばよかったかのう……」

「それは言いっこなしじゃろう。ふりだしに戻るもん。まあ、全てコミコミで楽しめってことなんよ。きっと」


 弥平は明香里にそう言われてはみたものの、そういうものなのかのう、としばし自問自答してしまった。しかし、直後にはっとした。ほんの数分の間に、楽しむことを忘れている自分を発見してしまっていたからだ。習慣というのは、かくもおそろしい。


「ウチら、六駅じゃ少なかったかもね」


 明香里が少し申し訳なさそうに言うので、弥平も何度かうなずく。明香里は何かを考えているようだったが、今度は真由美たちの動向をメールで探っているようだった。


「はやっ。真由美からじゃ」


 二分と間を置かず、明香里の携帯へ真由美からの返信があったらしい。明香里が再び立ち止まる。一〇時三〇分から『アントキノイノチ』をご鑑賞するお客様にお伝えします、というアナウンスがその場に聞こえてきた。待機スペースで顔を上げる客の姿がちらほらと見える。


「『閉店が決まっているデパートの屋上階にいます』。屋上階だって。で、『無名のアイドルユニットの握手会に突入……、オスゴリラが興奮しています』。じゃって。何がメインなんかわからんけど」


「まあ、うまくやっとんじゃないんか」

「みたいじゃね。なんか、ウチら以外のみんなの方が、エピソードを持って帰ってきてくれそうじゃね」

「かものう。まあ、みんなが楽しそうなんは良かった」


 二人がしばらく沈黙していると、シネコンの階は急に人通りが多くなってきた。新たに映画の上映が始まるからだろう。


「このまま映画観ようか、余裕かまして」

「明香里、今観たいのあるんか?」

「ないようね。冗談。でも、最近映画館で映画観てないなあと、ふと思ったんよ。優待券とは別で、今度みんなで来れたらええね」


「八人で趣味の合う映画ってあるかのう?」

「はは。それもそうじゃね。じゃあ、ここにおってもしょうがないけえ、下りよっか?」

「うん、そうしよう」


 明香里は少しだけ惜しむように後ろを振り返り、下りエスカレーターの方へ進んでいった。彼女は、行きの上りのエスカレーターでもそうしたように、鏡面を見ながら髪やマフラーを気にしていた。

 三階まで下ってきたとき、明香里は二階の方へ向かわず、そのまますっとエスカレーターのラインを外れていった。


「下りんのんか?」

「ごめん。ちょっと見たいもんがあるんじゃ。ほんとっ、ほんとっ、これが最後じゃけえ。いいかね?」


 明香里が懇願するように手を合わせ、弥平を見あげてくる。明香里はそう聞きながらも、お尻の方からすすす、と進んでいるようだったので、拒むわけにもいかない。


「ええけど。ちょっとだけで」

「ありがとう、やっちゃん! 携帯のね、カバー見たいんじゃ」


 明香里はそう言うやいなや、どこかの売り場へと走りだしていった。小動物のようなその俊敏さは、なんだかあきれるくらいかわいい。弥平はますます、明香里しか見えなくなりそうだった。


≪つづく≫


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短編小説「ニアミス」 vol.2(2話完結)

2012-10-19 23:58:29 | 短編小説
 顔のあごをどっぷりとマフラーに埋めて、多種多様の携帯カバーを見定める明香里。あくまで表情は真剣だ。弥平がそれとなく明香里に寄り添っても、気づかれないような気がした。

 携帯のカバーというものは、どうやらスマートフォンの外側を包むカバーのようだった。商品は携帯会社別ではなく、携帯の機種別に並べられていて、デコって(?)いるカバーや、飾り気のないステンレス製、さらには漆塗りの商品まであった。

 中でも驚いたのが、これから発売が予定されている機種の携帯カバーだった。コロッケでいえば、用意されてもいない具をつつむ、外側の衣だけを選んでいるようなものだ(そんな状況はないだろうけど)。

 本家よりも先行で売られているとは。商魂たくましい。弥平はとてもじゃないけど、ついていけそうにない世界だった。


「半透明のスケルトンもいいなあ。こっちのピンクのハードケースもええし。あーん、ぶち迷うぅ」

「買う予定だったんか?」

「いつか、買わんにゃあいけんと思いよったんよ。なくても困らんものなんじゃけど、携帯本体にけっこう傷がつくけえ、必要になってきたんよ」

「ふーん。大変なんじゃのう。スマートフォンって」


 明香里は弥平との対話をおざなりにすることなく、次々と商品を手にしていく。

 ショッピングのデートって、こんなんなんじゃろうのう。

 弥平は本来、時間を気にしなければならない立場にいるのに、のんびりとそんなこと考えていた。スタンプを順当にゲットできたという余裕があるからなのだろうけれど、明香里とともにいると、時間を丁寧に切りとられていくような感覚がある。明香里の態度や雰囲気がそうさせてくれているのだろうか。弥平には、はっきりとした答えが見つからないでいた。

 そうして数分が経ち、明香里が通路の方に出て別の商品を手にした時のことだった。


「いけん……。やっちゃん、ウチのこと隠して。背を向けて、はよう、はようして、お願い」

「ど、どしたんや?」


 明香里が急に小さな声で解せないことを言ってきたので、弥平は一瞬何が起きているのか理解できなかった。でも、明香里は弥平の体を強引に引き寄せ、さらには通路側の方へ尻を向けさせる。最後には明香里自身が弥平の懐に隠れるようにしてきたので、されるがままにするしかなかった。

 明香里は弥平の胸の前でじっと息を殺し、下を見つめている。密着といっていい状態だ。明香里の髪の毛が弥平の頬や鼻に何度も触れる。心の「どぎまぎ」は止められなかった。


「やっちゃん、ありがとう……」


 三十秒は経過していただろう。明香里が申し訳なさそうに言い、弥平の体から離れていった。明香里にとって、どうにもまずいことが発生していたのは疑いようがない。けれど、それがどういうことであったのか、真実を突き止めるのが酷だという気も弥平にはしていた。


「明香里、大丈夫か?」

「うん。ごめんね、急に盾にして。会いたくない人がすぐそこを歩いとって」

「そうなんか……。女の人か?」

「ううん、両方……」

「両方?」


 明香里の会いたくない人って? 両方って、女も男もってことか?

 それらが誰なのか、もちろん気にはなった。弥平は思わず振りかえり、三階のフロアをなんべんも見渡したほどだ。当然、見当がつくわけもなく、それ以上の詮索はできない。明香里があまりにも動揺していたので、野次馬になるのはやめておいた。


「あー、余計なことせんけりゃよかった。ごめんね、もう行こう。店を出よう」

 明香里は努めて明るくしていたけれど、彼女の後姿には後悔の念のようなものがにじみでていた。

 雑貨屋の正面に出た後も、明香里はどこか浮かない表情だった。一刻も早くこの場を去りたいようでもあった。ゆかりの地として、雑貨屋店舗外観の写真を残すときにも、弥平の携帯の写メで撮ってくれと言ってはばかるのだった。

 弥平の携帯の写メは、二百万画素の能力しか発揮できない。商店街で決めていた、明香里の一千万画素を誇るスマートフォンの写メで記録していくというルールは立ち消えになってしまったのか。

 いや、そんなことよりも―――。

 今は、明香里にどう触れてあげればいいいのか、それが問題だ。何があったのか、それを知ることができれば一番の近道だ。だが、推して察するということも重要である。弥平はとりあえず写真を撮り、態度を決めかねるまま、ビル街の歩道を明香里と黙って歩くことにした。


「次はどこになるんかね?」


 明香里が急に話をふってきた。声が力んで、無理に明るくしようとしていた感じだった。


「次は……。M―12。モクアミ? もく網町いうところじゃ。有名なラーメン屋さんがあるらしい」

「そうなんじゃ。あっ、もうそろそろ十一時になるんじゃね。お昼前倒しで、M―12でラーメン食べようか? M―12の次は? また食べ物屋さん?」

「えーと、M―20じゃけえ、西用津駅。市内線と市外線との境目の駅になる。駅の銅像がゆかりの地じゃって。そうじゃのう、M―12でラーメン食べてもええで」


「うん。ラーメン屋じゃけえ、食べずに逃げる、ってことはもともといけんじゃろうしね」

「ははは。そりゃ、もっともじゃ」


 弥平の笑い声はどこか乾いて響いた。並木の落ち葉が風にさらわれ飛んでいく。弥平と明香里にも寒風が強烈に襲ってくる。二人は意図せずに身を寄せあい、それをしのいでいた。

 再び横断歩道を渡って、最寄りの市電の電停に向かわなければならない。交通の流れが激しい目の前の通りを見つめながら、しばしの信号待ちを余儀なくされる。何かを無性につめこみたくなるほど、二人の間の空間はスカスカのような気がしていた。

 明香里は明香里で気まずいのだろうし、弥平は弥平で無関心を装うしかない。ただ、それが不自然な状態であるのは否定できないことであった。それでも、弥平には鼻をすすることくらいしか、間を埋めるアイディアは思いつかなかった。


「ひとつ、発見があった」


 明香里がおもむろに弥平を見上げ、言ってきた。弥平は明香里が笑顔でいることに驚いていた。


「なんが?」

「やっちゃんは、買い物デートの相手にはぴったりじゃってこと」

「ええ? どういうこと?」


「珍しいもん。文句ひとつ言わず、女子の買い物に付き合ってくれる人は」

「からかっとらんか?」

「全然。感謝しとるんよ」


 明香里はじっと見つめてきてくれた。それが何を意味するのか分からなかった。さっきまで擬似デートをしていたという気分が、明香里にもあったということなのだろうか。

 どちらかといえば、明香里は無理をして話題を提供しようとしているような気がした。その証拠なのか、弥平は彼女の口から出てきた買い物デートというワードに、過剰に反応することができなかった。

 もちろん、買い物デート(みたいなもの)は嬉しかったし、明香里への思いも一層強くなった。ただ、あの明香里をかくまった出来事によって、それらの体験や感情が素直に受け入れられないでいたのだ。

 横断信号が青になり、明香里からゆっくりと歩きだす。混雑が増していく中、弥平は明香里を見失うまいと、なるべく歩を合わせることにした。

 しばらくは、明香里と他人になるか知り合いのままでいるか、そんな究極の選択を突きつけられたような気がしてならなかった。


≪おわり≫


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