お前が富田に出し抜かれたと思ってしまうのは、お前がのらりくらりと遊び暮らしていたからだ。
中途で入ってきた人間ってのは、それなりに必死だ。見えないところで懸命に努力しているのは当然だ。
お前はそこんことろを見くびっていた。富田の教育係であるなら、あいつ以上にあらゆる方面において、準備と復習を怠るべきではなかった。
今さら泣きついてきても、俺はどうにもしてやれん。
立場は入れ変わったんだ。明日から、いや来週からでいい。お前は工場に異動しろ。
そこでゼロから始めるのか、終焉に向かっていくのかはお前次第だ。
課のリーダーだったなら、部下の、一人一人の性分までもをきちんと把握するべきだった。
それを重視せず、同じような失敗を犯しても、ある者には感情のままにののしり、ある者には一切の過ちをとがめもしなかった。その逆もあった。
そんな主任に誰がついてこようか。お前は自分のやり方に、ただの一度でも立ちどまって再考したことがあったか? 進歩のない者は自分にすら目を向けない。
中途の富田は過去、子会社に出向していた経歴があり、いわば即戦力だ。
将来的に主任のポジションを担わせようとした社の思惑もあった。言いかえれば、お前が変わるかどうかも見極めようとしていた。
それを薄々感づいていれば、もっとやりようがあっただろうにな。
お前は何も考えずに生きていただけだ。ちがうか? 昼休み、平気でスロットに興じるような人間だ。返す言葉は見つからんだろう。
気づきを与えてくれる仲間を作ろうともしなかった。お前の自業自得だ。
お前は必然、社内で扱いにくい駒となっていた。部下からも、上層部からもだ。
俺だけがかろうじてお前の愚痴を聞ける相手だったかもしれんが、内心、迷惑に思っていた。お前の発する悪影響は、俺にも飛び火するからな。
組織の風通しを乱す人間と見なされれば、どうなるか分かるだろう。
富田はお前にけなされていた者の一人だったよな? お前は何か知らんが、富田を一方的に煙たがっていた。
他の人間にもそうしていたように、相手の態度や容姿、一見の印象で敵視していたようだった。ちがうか?
富田がお前から受けた罵詈雑言は、相当な数にのぼる。日に日に激しくなっていた。誰もが見て聞いて、嫌になるくらいだった。
それでも富田は、自分の受けた傷はさておいても、真っ先にお前の理不尽さに必死に耐え続ける同僚のフォローに回っていた。
人望ってのは、そういうところからも生まれる。それを根回しだの、機嫌取りだの、うがった見方をした奴が俺の目の前にいる。
一生かかっても得られないとやっかんだのかもしれんが、みっともなかったな。
私生活でもむしゃくしゃしていたのか知らんが、うっぷんを晴らす場所は見定めるべきだった。
どうだ? 堪(こた)えたか? ここまできて何も感じないなどと言うなよ。
まだ憎しみの気持ちの方が強いなら、もうここを去った方がいい。やり直したいという意志があるのなら、すがりついてでも目の前にある任務をまっとうしろ。
今回のことが人生の中の一部の出来事だとする。会社人生で見れば、さらに短い一瞬の只中(ただなか)にいることになる。
お前には味気のない通過点なのかもしれんが、それを濃いものにするか、薄いまま放置するのかで、お前の生き方に対する機微は変わってくる。
一度でも、生き方を丁寧に行うことを覚えれば、何事にも肯定的になれる。
人生は五分と五分と言うが、何もしなくて両方に振れるわけじゃない。
悪いことがあっても、その後に良いことも起こるってのは、どちらも自分がそうなるように仕向けているからだ。
お前は今、自分で悪い方へ仕向けたんだから、どうしたいのかは自分で分かるはずだ。やり方はお前しか知らん。
俺が言えるのはここまでだ。
会社は一つの堅牢な家だ。塀、外壁、そして屋根瓦、庭にいたるまで社員が守っている。
どんなに立派な建材を用いようとも、それらを守り抜くのは社員の腕にかかっている。
家の中に住む社員同士で諍(いさか)いあっていては、凋落するのは目に見えている。
社員の和は不可欠だ。
分散して働こうが、最後には一堂に会する。
反目する関係にあっても、つながる手立てはある。
一度や二度なら逃げてもいい。
だが、考えることはやめるな。
最後に、もしも仮にだが、お前に心の病があるのなら、まずゆっくり直した方がいい。
俺の言ったことに向き合うのは、その後でもいいから。