『ガッチャマン』
(2013・日本・1h53)
監督 : 佐藤東弥
出演 : 松坂桃李、綾野剛、剛力彩芽、濱田龍臣、鈴木亮平、岸谷五朗、初音映莉子
ギャラクターによって世界の半分が支配された近未来。ギャラクターによる大量殺戮計画を阻止する任務に就くガッチャマン。
子供の頃にアニメは見ていた。でも思い返してみれば内容はほとんど理解していなかった事に気付いた。ただカッコいいヒーローがカッコいい必殺技やメカで悪者をやっつけるのを毎回飽きずに見ていただけで。
当時はそれでもちろん満足していて。ただ、現在において実写化するにあたりその昔のアニメのままでいいのか。昔のアニメの『ガッチャマン』のままで果たして2時間の映画になり得るのか。という問題があったのではないだろうか。昔のままでは無理という判断が今回何かの会議で出たのでは。本当に無理だったのかは今となっては分からないが。
次『破裏拳ポリマー』でカッコいいヒーローが悪者をやっつけるだけってのを作ってみては。なるべくコスチュームはいじらない方向で。
世界の半分を支配しているというギャラクターの悪の組織としての全容、ギャラクターに支配されている世界の実情だとかが薄らぼんやりとしている。
当世の流行としてヒーローが自分自身のヒーローとしての存在に苦悩するけれど、本作もまた然りで。
薄らぼんやりとしている世界で薄らぼんやりとしている悪者と戦うヒーローが苦悩してるってのはヒーロー映画としてあんまりよろしくないかなあと。
その苦悩に伴い作品中の8割9割方で正義の味方のリーダーの目が死んでいるっていうのもよろしくはないかと。
それと終盤はタイムリミットサスペンスの要素が加わるが、そのタイムリミットが設定されてからの内輪揉めは観ていてイラッとするのでそれもよろしくないかと。
ベルクカッツェの「ウィルスエックス」の発音だけが妙にいいのは面白かった。
続編作りたそうな終わり方だったけど多分無いのでそれだとこの物語があの人の見た夢という解釈も出来る終わり方になってしまった。
この映画自体が夢だったのなら良かったのに。と思う関係者の方はどれほどいるのだろうか。
冒頭の中野‐新宿間のバトルは実景(ミニチュアも使われていたんだろうか?)が効果的に使われていたように思う。
しかし、新宿で線路が分断されたら東京の都市機能はどうなっちゃうんだろうか。
トーホーシネマズ渋谷にて。ドーナツ屋さんの方の裏口(?)から入ると渋東シネタワーの名残がまだ残っていて懐かしい気分に。
しかし渋東シネタワーの1と2をそれぞれ半分ずつにしたのは改めて考えてみても勿体ないなあと思う。なんだかせせこましい感じになってしまって。だからあんまり行かなくなった。