「わが教え子,ヒトラー」の舞台は第二次世界大戦末期の1944年末,自信を喪失したヒトラーが,収容所から連れてこられたユダヤ人の元俳優の指導を受けるというあり得ない,それでいてひょっとしたらそんなこともあったか,と思わせる設定です。ヒトラーに演説を教える元俳優のグリュンバウム教授を演ずるのは,「善き人のためのソナタ」で国家保安省の役人を好演したウルリッヒ=ミューエです。残念ながら,昨年54歳の若さで亡くなりました。ところで,実際にヒトラーは演説の指導を受けたことがあるのですが,それはナチスが政権をとる前の1932年,指導したのはオペラ歌手で,もちろんユダヤ人ではありません。
予告編ではシリアスなドラマのようです。たしかに,グリュンバウムと家族の葛藤なども描かれていますが,この映画は喜劇なのです。知らないで見ると,最初の方のシーンで,ナチスの兵士が無意味に「ハイル・ヒトラー」をくり返すシーンでとまどいます。そういえばヒトラーは喜劇に登場することが多いですね。もし悪の権化のようなヒトラーをリアルに描けば,それはそれで悪のヒーローになってしまいます。かと言って弱さを持った普通の存在として描けば,人間的な側面に対してどうしても共感が生まれます。2004年の映画「ヒトラー,最後の12日間」が話題になったのも,人間的な弱さを持ったヒトラーを描いたからでした。そこで,突き放して笑い飛ばす喜劇に登場させることになるのでしょう。しかも,チャップリンがいち早く類型化したように,ヒトラーの風貌は七三分けの髪型とチョビ髭という特徴のあるものでした。
ただし,チャップリンの「独裁者」はちょっと別です。以前にも書きましたが,あの作品は,1940年ヒトラーが現実に独裁者として権力の絶頂にいたときに製作されたのです。ヒトラーそのものの独裁者ヒンケルが,地球の形をした風船をもてあそぶシーンが有名です。でも,私はヒトラーの演説を,何語でもないでたらめな言葉で風刺したシーンが凄いと思います。似たようなことを,藤村有弘やタモリなどの芸能人がやりましたが,次元がまったく違います。ヒンケルそっくりの名もなきユダヤ人の理髪師を登場し,最後に入れ替わって愛と平和を語らせ,観客は感情移入することができることになります。
この「わが教え子,ヒトラー」でも,最後に声の出ないヒトラーにかわって,演説台に隠れたグリュンバウム教授が演説します。しかし,その内容はチャップリンのような理想を訴えるものではなく,ペシミスティックなヒトラーの自己否定というようなもので,結局グリュンバウムは撃たれてしまいます。1940年ヒトラーが権力にいた時代に,チャップリンは,独裁者に愛と平和を語らせました。それから60年ほどたって作られたこの映画では,ヒトラーに自己否定と自らの恨みしか語らせることは出来なかった。これはなかなか象徴的なことのように思えます。
ところで,ヒトラーには影武者がいたという話を読んだことがあります。たくさん撮られたヒトラーの写真を見ると,面長のヒトラーや丸顔のヒトラーがおり,身長も高くなったり低くなったりするのだそうです。イラクのフセインにも影武者が複数いたことを,当時フセインと会った日本の芸人が証言していましたから,ヒトラーにもいた可能性は大いにありますね。さらに,チョビ髭と七三分けの髪型の人物は実はすべて影武者で,本当のヒトラーは,スキンヘッドで髭さえ生やしていなかったという話も読んだことがあります。さて,本当なのでしょうか。
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