時刻は午後11時を少し回っていた。家に戻り、居間の扉を乱暴に開け親父の向かい側に座る。
「親父、聞きたい事がある」
「何だ?」
「麗菜の事何故黙っていた?」
俺は冷静さをなんとか保ちながらもそう切り出した。
「なんの事だ?」
親父も真剣の顔をむけてくる。
「麗菜が虐待を受けていたという事だ」
そう、神宮寺から聞かされた事は麗菜が以前住んでいた親戚から虐待を受けていたという事だった。主に身体的虐待。殴る・蹴る・平手。性的な虐待も2度ほどあったそうだ。原因は、麗菜の両親にあった。
両親は居酒屋を経営しようとしていた。その時に親戚達に借金をしていた。が、麗菜が8歳の時に交通事故死。麗菜は親戚達からたらい回しされていた。そして、この家に来る前の所で虐待があったそうだ。それを聞いて頭に血が上った。神宮寺の前では出さないようにしていたが、神宮寺と別れてからが酷かった。こうした今も怒りがまるで収まらない。
「知っていたんだろう?」
親父に詰め寄る。
「ああ」
「警察には?」
「言ってない」
「何でだっ!?」
俺は怒鳴った。親父は睨むように俺を見た。俺も親父を睨んだ。虐待が行われているのを知っていて通報しないのか!そんないい加減な事があるか!
「ここに来る前は辰夫の家だ。ここまで言えば、頭に血が上った状態でも分かるだろう」
辰夫…その名前が出てくるとは思わなかった。辰夫というのは、親父の従兄弟だ。事業に大成功し、今や俺達の家系で最も金持ちだ。政財界にも知り合いもいる。しかし、性格が最悪で親戚の中でも評判がとても悪い。暴力なんてザラで、離婚もしている。警察沙汰にもなったが、知り合いや金の力でなかった事にされている。警察関係者も『なんとかして捕まえたい』という人も多数いるらしい。よりにもよって、あんな奴の世話になっていたなんて…。
「辰夫のおかげで、麗菜の両親の借金も全て返済されている」
「…よく呼べたな」
「…『飽きた』らしい」
どう表現したらいいかわからない怒り。くそっ!俺は居間を飛び出し、二階に駆け上がった。
麗菜の部屋を少し乱暴にノックする。
「麗菜、俺だ。話がある」
どうぞ、と声。中に入ると、妹は不安の表情で俺を見ていた。
「虐待されていた事、何故黙っていた?」
………俺の言葉に麗菜の表情が凍りついた。そして、俯いた。
「…怒鳴り声が聞こえたので何かあったのではと思ったのですが…お父さんから聞いたのですね…」
「いや、神宮寺から聞いた」
「そう、ですか…」
しばらくの沈黙。
「俺もどうして気がつかなかったのかと思ってな。事故で着替えを覗いてしまった時もその痕が見えなかったし…」
「兄さんが見たのは…前でしたからね。傷は…背中にあります」
長い前髪で表情が見えない。声のトーンも…出会った時のように沈んでいた。
「黙っていたのは…言いたくなかったんです。楽しかったから…。それに、この事を知ったら兄さん達も変わってしまうのではないかと思って…怖かったんです」
でも、いつまでもそれではいけないですよね……。
そう呟いて、麗菜は顔を上げた。
『今から、詳しくお話します』
俺は、麗菜の隣に座り、手を握っていた。麗菜にそうお願いされた。
「…両親が亡くなってから、私は親戚を転々としていました。中学二年生の時でした。辰夫叔父さんが現れて、私を見て気に入ったと言って引き取ってくれました。それからは、玩具のように…人形のように扱われました。気に食わなかったり、言う事を聞かないと暴力を振るわれました。言葉の暴力も…性的暴行も受けました…。辰夫叔父さんは借金を全て払ってくれましたから、従うしかありませんでした。精神が崩壊しそうな時もありました。でも、こうしていられるのはお手伝いさんのおかげでした。辰夫叔父さんの見えないところで、心を癒してくれました…。秋絵ちゃんには、身体測定の時に…。当然、クラスメイトも先生も気付きましたし…。先生は、警察や児童相談所にも言ったそうですが…叔父さんの権力前では無力でした…。秋絵ちゃんも怒っちゃって叔父さんを捕まえるって言っていますけど…なかなかできないみたいです…」
手が…というより身体が震えている。顔色も悪い。当時の事が脳裏に蘇っているのだろう。だが、俺から止める事はできない。だから、俺が出来る事はこうして手を握って黙って聞くくらいだ。
「お手伝いさんに癒されていましたが、私は…私の心から靄が消えませんでした。叔父さんの前では、人形のように…機械のように…。それがどんどんエスカレートしていって…お手伝いさんの前でも秋絵ちゃんや優ちゃんの前でも叔父さんと同じように接するようになっていました。怖かった…怖くなってしまったのです…人間が…っ!」
ポロポロと涙を流す麗菜。だが、話を続けた。
「お手伝いさんも…お友達も…私の事を気遣ってくれて…。嬉しくて…でも…でも、申し訳なくて…。そんな迷惑かけてる自分が、情けなくて…っ!でも、変えられなくて…っ!」
悲痛の叫びに変わってく。握られる手の力も強くなってる。
「私なんて…私なんて、いなくなってしまえばいいって…っ!でも、私がいなくなったら…お手伝いさんが同じ目にあってしまうかもしれないと思って…もう、どうしたらいいか…わからっなくって……っ!」
限界だ。そう思った俺は、思い切り抱き寄せた。俺の胸で精一杯泣け、と。一瞬驚いた麗菜だったが、感情を制御できず声を立てて泣き出した。
俺は妹の頭を優しく撫で続けた。
泣き止むまで、ずっとずっと……。
「親父、聞きたい事がある」
「何だ?」
「麗菜の事何故黙っていた?」
俺は冷静さをなんとか保ちながらもそう切り出した。
「なんの事だ?」
親父も真剣の顔をむけてくる。
「麗菜が虐待を受けていたという事だ」
そう、神宮寺から聞かされた事は麗菜が以前住んでいた親戚から虐待を受けていたという事だった。主に身体的虐待。殴る・蹴る・平手。性的な虐待も2度ほどあったそうだ。原因は、麗菜の両親にあった。
両親は居酒屋を経営しようとしていた。その時に親戚達に借金をしていた。が、麗菜が8歳の時に交通事故死。麗菜は親戚達からたらい回しされていた。そして、この家に来る前の所で虐待があったそうだ。それを聞いて頭に血が上った。神宮寺の前では出さないようにしていたが、神宮寺と別れてからが酷かった。こうした今も怒りがまるで収まらない。
「知っていたんだろう?」
親父に詰め寄る。
「ああ」
「警察には?」
「言ってない」
「何でだっ!?」
俺は怒鳴った。親父は睨むように俺を見た。俺も親父を睨んだ。虐待が行われているのを知っていて通報しないのか!そんないい加減な事があるか!
「ここに来る前は辰夫の家だ。ここまで言えば、頭に血が上った状態でも分かるだろう」
辰夫…その名前が出てくるとは思わなかった。辰夫というのは、親父の従兄弟だ。事業に大成功し、今や俺達の家系で最も金持ちだ。政財界にも知り合いもいる。しかし、性格が最悪で親戚の中でも評判がとても悪い。暴力なんてザラで、離婚もしている。警察沙汰にもなったが、知り合いや金の力でなかった事にされている。警察関係者も『なんとかして捕まえたい』という人も多数いるらしい。よりにもよって、あんな奴の世話になっていたなんて…。
「辰夫のおかげで、麗菜の両親の借金も全て返済されている」
「…よく呼べたな」
「…『飽きた』らしい」
どう表現したらいいかわからない怒り。くそっ!俺は居間を飛び出し、二階に駆け上がった。
麗菜の部屋を少し乱暴にノックする。
「麗菜、俺だ。話がある」
どうぞ、と声。中に入ると、妹は不安の表情で俺を見ていた。
「虐待されていた事、何故黙っていた?」
………俺の言葉に麗菜の表情が凍りついた。そして、俯いた。
「…怒鳴り声が聞こえたので何かあったのではと思ったのですが…お父さんから聞いたのですね…」
「いや、神宮寺から聞いた」
「そう、ですか…」
しばらくの沈黙。
「俺もどうして気がつかなかったのかと思ってな。事故で着替えを覗いてしまった時もその痕が見えなかったし…」
「兄さんが見たのは…前でしたからね。傷は…背中にあります」
長い前髪で表情が見えない。声のトーンも…出会った時のように沈んでいた。
「黙っていたのは…言いたくなかったんです。楽しかったから…。それに、この事を知ったら兄さん達も変わってしまうのではないかと思って…怖かったんです」
でも、いつまでもそれではいけないですよね……。
そう呟いて、麗菜は顔を上げた。
『今から、詳しくお話します』
俺は、麗菜の隣に座り、手を握っていた。麗菜にそうお願いされた。
「…両親が亡くなってから、私は親戚を転々としていました。中学二年生の時でした。辰夫叔父さんが現れて、私を見て気に入ったと言って引き取ってくれました。それからは、玩具のように…人形のように扱われました。気に食わなかったり、言う事を聞かないと暴力を振るわれました。言葉の暴力も…性的暴行も受けました…。辰夫叔父さんは借金を全て払ってくれましたから、従うしかありませんでした。精神が崩壊しそうな時もありました。でも、こうしていられるのはお手伝いさんのおかげでした。辰夫叔父さんの見えないところで、心を癒してくれました…。秋絵ちゃんには、身体測定の時に…。当然、クラスメイトも先生も気付きましたし…。先生は、警察や児童相談所にも言ったそうですが…叔父さんの権力前では無力でした…。秋絵ちゃんも怒っちゃって叔父さんを捕まえるって言っていますけど…なかなかできないみたいです…」
手が…というより身体が震えている。顔色も悪い。当時の事が脳裏に蘇っているのだろう。だが、俺から止める事はできない。だから、俺が出来る事はこうして手を握って黙って聞くくらいだ。
「お手伝いさんに癒されていましたが、私は…私の心から靄が消えませんでした。叔父さんの前では、人形のように…機械のように…。それがどんどんエスカレートしていって…お手伝いさんの前でも秋絵ちゃんや優ちゃんの前でも叔父さんと同じように接するようになっていました。怖かった…怖くなってしまったのです…人間が…っ!」
ポロポロと涙を流す麗菜。だが、話を続けた。
「お手伝いさんも…お友達も…私の事を気遣ってくれて…。嬉しくて…でも…でも、申し訳なくて…。そんな迷惑かけてる自分が、情けなくて…っ!でも、変えられなくて…っ!」
悲痛の叫びに変わってく。握られる手の力も強くなってる。
「私なんて…私なんて、いなくなってしまえばいいって…っ!でも、私がいなくなったら…お手伝いさんが同じ目にあってしまうかもしれないと思って…もう、どうしたらいいか…わからっなくって……っ!」
限界だ。そう思った俺は、思い切り抱き寄せた。俺の胸で精一杯泣け、と。一瞬驚いた麗菜だったが、感情を制御できず声を立てて泣き出した。
俺は妹の頭を優しく撫で続けた。
泣き止むまで、ずっとずっと……。