婆のたわごと♬

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姑と古着♬

2022-04-06 06:36:27 | 日記

400年以上続いた山持の旧家が姑の生家だ。

姑の話では、先祖は御所の北面の武士であったそうな。

矜持(プライド)を持った明治生まれの姑だった。

老女になっても美しい人だったが、若いころは、〇〇小町などと言われ、

引く手あまたの存在だったようだ。

 

そんな姑が、親の決めた人を嫌い、弟の家庭教師に来てた、隣村の村長さんの息子と

行李(こおり)一つを持って、東京へ。

駆け落ち同様の結婚であったそうだ。

主人が生まれる頃は、舅も出世が早かったから、それなりの生活を営めたけれど、

東京に出てきて、池袋の教員宿舎での新婚生活は、厳しかったそうだ。

特に、年子の姉たちの学費には頭を悩ませ、質屋のお世話になったこともあったとか…。

私が主人と結婚したころは、穏やかな老女になっていたが、若いころは、それは苦労の連続だったそうな。

 

姑は、嫁の私に、とても優しかった。

そんな姑に一度だけ、叱られたことがある。

友人から、古着を貰ったときのことだ。

古着と言っても、新品同様の品だ。

彼女のご主人は、若くして自社ビルを建てたような成功者。

私と同年の彼女の生活は、華やかだった。

ブランド品の服など、ごろごろしてた。

それらの服を、惜しげもなく、友人に配るのだ。

私も、いただいた一人だ。

姑とは隠し事せず、何でも話す間柄だったから、嬉々としてその服を見せた。

 

日頃、怒った顔を見たことがない…と言う姑だが、その形相は怖かった。

「人さまから恵んでもらうほど、うちは困っていません。

 洋服が欲しかったら、私に言いなさい! 買ってあげます。」

 

この時のことは、主人には内緒の話だ。

姑と私だけの秘め事だ。

若いころから、一人、頑張ってきた姑。

他人から、後ろ指さされないように…と、暮らしてきた姑。

嫁の安易なふるまいは、明治生まれのプライドの高い姑には、我慢できなかったのだろう…。

古着屋さん巡りなどするようになったのは、姑が亡くなってからのこと。

 

が、今でも古着は、なんか、私の中では、タブーの扱いとなっている。"(-""-)"

コメント (12)
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