さんぜ通信

合掌の郷・倫勝寺のブログです。行事の案内やお寺の折々の風光をつづっていきます。 

福島の幼稚園に復興支援金を届けて来ました。(前篇)

2014-04-21 19:00:00 | 東日本大震災

 

福島の名山・吾妻山からの吹きおろしがまだまだ冷たい4月16日、皆さんからお預かりしている東日本大震災復興支援金(義捐金)を持って、福島市にある知合いの幼稚園を訪ねて来ました。

先日お伝えしたように、皆さんからの義捐金はかなり貯まっていて、数えてみたらなんと!32万9995円というけっこうな金額。

これに住職のへそくり分を加えて、36万円を届けに行くことになりした。

昨年は石巻市の石巻ひがし保育園建設資金支援に、義捐金をお届けしました。

 

子供たちを安心して預けられるような環境がなければ、子育て世代の親は働き口があっても地元から離れてしまいます。

これでは東北の復興が成し遂げられないばかりか、将来的には町自体が無くなってしまうことにもなりかねません。

安心してわが子を預けて働きに行けるような環境を整え、そして時間がかかっても、次世代をしっかり育て上げていくことが東北復興のカギになると思います。

後述しますが、特に福島では子供たちだけ仙台や近県の親戚に預け、親だけが県内で暮らしている例が多いのです。

それでなければ、週末は子供連れで福島を離れ、他県に暮す親戚の所で過ごすという方も。

福島を離れたくはないが、でも、子供のことを考えるとそうせざるを得ない・・・・震災、そして原発事故から3年余が過ぎましたが、まだまだ現実は厳しいのです。

少しでも義捐金をお預けくださった方々の想いが届けば、ということで、今回は直接福島の幼稚園にお渡ししてきました。

 

今回お伺いした「福島わかくさ幼稚園」は、福島駅から西へ車で15分くらいの仁井田地区の宝勝寺さんにあります。

この幼稚園は、住職の典座仲間の三宅さんのお師匠さんが設立した幼稚園です。

震災前は定員いっぱいの150名あまりが通っていたそうですが、いまのところ100名弱の園児さんをお預かりしているとのこと。

3分の1の園児さん、つまり、50組くらいのご家庭がよそに移ったということになりますね・・・。

さて、横浜を早朝に出発して10時に幼稚園着。

吾妻山を遠望する園舎となりの桃畑にはピンクの花が咲き、青空に映えていい雰囲気です。

 

隣接する本堂の前では桜の老木が満開の花を咲かせ、鯉のぼりの泳ぐ風景は、本当に長閑な田園風景といった感じです。

  

でも、園庭の目立つ所には放射線のモニタリングポストがデンとおいてありますし、お砂場には屋根やサッシも取り付けられています。

 

「雨が降ると空気中の放射線が降りてきて、線量が上がるんですよ。」

横浜にもこれ(モニタリングポストのこと)あるんですか?と訊かれて、いやいや、それはないけどさあ・・・と答えましたが・・・・う~ん、心中複雑です。

 

子供たちを安心して預けていただけるように、園舎や園庭の除染を進め、さらにお寺の駐車場や敷地の除染も行なったそうです。

駐車場に深さ2メートルで25メートルプールほどの大きさの穴を掘り、1ミリ厚のシートを重ね敷いて、そこに剥ぎ取った表土を入れて埋め戻してあります。

さらに、汚染されていない土を敷いて完成。

除染の費用は、園のほうは若干の補助がでましたが、お寺のほうは自前でしたので600万円以上かかったそうです。

「お寺と園は庭続きだし、子供たちのお迎えに親御さんが車で来るので、どうしてもいっしょに寺の除染もしなければなりません。」

  

園庭ではたくさんの子供たちが遊んでいましたが、こんなに外で遊べるようになったのはまだ最近とのこと。

芝生を植えて砂埃に混じった放射性物質が舞い上がるのを防いだり、園舎のサッシにはオイルダンパーを取り付けて扉が開けっ放しになるのを防いだりと、
いたるところに放射能対策の工夫のあとが感じられます。

「以前は近くに園専用の畑があって、そこで芋掘りをしたり土にふれさせたりできたんですが、放射能のことがありますからね・・・・」

「で、いまはご縁があって米沢の小野川に畑を借りて、園児をそこまでバスで連れて行ってます。」

畑を貸してくれ、とあちこちに電話をかけて断られ、ダメもとで米沢市役所に電話をしたら、市の土地は貸せないけど知合いの畑なら、と電話を受けた職員さんが個人的に紹介して下さったそうです。

よくやった山形県人!うれしい話しでありますなあ(^-^)

「畑まで園バスで1時間ちょっとですからそんなに遠くないし、遠足気分もあって子供たちも楽しんでます。」

でも、近くにあったらどれだけ負担が減ることか・・・・と思うと、両手をあげて良かったッ!万歳ッ!ていうわけにはいかないだろうなあ・・・。

 

副園長を勤めている三宅さんや奥さんからそんな話を聞いていると、若い先生が、準備ができました、と迎えに来てくれました。

「贈呈式、しましょう」って、いやはや、お渡しするだけで充分なのに・・・

年長さんのクラスに通され、子供たちの前に座らされてしまいました。

これがけっこう気恥ずかしい。

大人の前なら堂々としていられるのに、子供のきらきらした瞳の並ぶ前だと・・・心の中をのぞかれているようで、ちょっと恥ずかしい(*_*)

「園のみんなが放射能や地震の被害に負けないで頑張っているのをきいて、副園長先生の先輩がプレゼントを持ってきてくださいました~!」

可愛い先生が拙僧を紹介してくださり、それに応えて、持参した支援金やお花の種、谷口さんちの甘納豆、飴玉などを子供たちにお渡ししました。

  

御礼に、と「わかくさ幼稚園の歌」を振りつけ付きで歌ってくださいました。感激です。

鯉のぼりの前で記念撮影をし、「せんぱ~い!」と寄ってくる子供たちと戯れて、楽しい時間を過ごさせてもらいました。

    

お渡しした支援金は、子供たちが安心して遊び、学べるように活用して頂けることと思います。

みんな元気で大きくなってくれるといいなあ!

 

原発事故から最近までの週末、妻は子供3人を連れて仙台の実家に帰ってたんですよ、と三宅さん。

「放射能の事が心配で、金曜の夕方、園が終わると子供たちを連れて仙台の実家に帰ってました。日曜の夜、お風呂に入れて歯磨きもしてパジャマに着替えさせて、福島に戻るんです。

最初は子供たちも、おじいちゃんおばあちゃんに会えるって喜んでたんですけど、このごろは面倒がっちゃって・・・そんなことを2年以上も続けてました。」

2年以上も、ですか・・・というと、お水もねえ、と三宅さんが言います。

20リットルのポリ缶で20本、400リットル!を毎週仙台から運んでいたそうです。

園のそばには水路があって、その水路の底からきれいな吾妻山系の伏流水が湧いているのがわかります。

川しじみも棲んでるんですよ、と説明を受けたばかりだったので「え!?」という顔をすると、生活用の水道水は、いまひとつ不安がぬぐえなくて・・というのです。

「方丈夫婦と私たち夫婦、子供3人の7人で1週間に使う生活用水は400リットルくらいですね。大きい車に積み込んで仙台から持ってきてましたよ。」

素晴らしい美味しい水が眼の前にあるのに・・・放射能の疑いでそれが使えず、毎週大量の水を運んでくる・・・釈然としない思いが強まります。

 

 

色々とお話をうかがっていると、除染作業に携わっている拙僧の友人・江川さんが幼稚園にやってきました。

もとは八王子に住んでいたのですが、さまざま事情があって実家のある会津に戻り、いまは除染作業で福島にいます。

午後からは、江川さんの案内で南相馬に供養のお経を差し上げに出かけることになっていましたので、話しの続きは夜の懇親会の席でさせていただくこととし、

さっそく2人で南相馬に出発です。

 

続きは後編で。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 今日は朝から冷たい雨ふり。

チューリップもすこし寒そうです。

          

シャガも藤も、冷たい雨の中だけれど、とても生き生きして見えます。

   

今日はここまで。

上からチューリップ 2014

さんぜのまなざし goo別院 1404



最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。