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好きなことを書くブログ

by けいぷ
映画、旅行、舞台、いろいろ好きです。
でも、たまに酷評。(笑)
ネタバレ注意!!!

初恋

2009-08-16 00:04:49 | 
『初恋』を読んでみました。



トゥルゲーネフ著/沼野恭子訳
16歳の少年ウラジーミルは、年上の公爵令嬢ジナイーダに、一目で魅せられる。初めての恋にとまどいながらも、思いは燃え上がる。しかしある日、彼女が恋に落ちたことを知る。だが、いったい誰に? 初恋の甘く切ないときめきが、主人公の回想で綴られる。作者自身がもっとも愛した傑作。


なにを今さらってことなんですが、これは「光文社古典新訳文庫」の一冊。
この新訳シリーズは、かなり注目されていて、順調にラインナップが増えています。
で、当然、売れ行きも上々らしいですね。

さて、『初恋』は中編の中でも短めでさらっと読むことが出来ます。
新訳の大きなポイントは、「です、ます調」で書かれていること。これは、親しみやすく、この小説の内容からして、とてもマッチしている印象を受けました。
また、著者の表記も「ツルゲーネフ」から「トゥルゲーネフ」になっています。

40歳になったウラジミールが二人の紳士に初恋の想い出を語るという形式で話は進みます。
16歳の少年の純真かつ滑稽な恋心、満ちあふれる青春の魅力がロシアの美しい自然と共に描かれています。


青春に魅力があるとしたら、その魅力の秘密は、なんでもできるというところにではなく、なんでもできると思えるというところにあるのかもしれません。
(中略)
つまり、ほんのつかのま浮かび上がった初恋の幻影を、ふっとため息をつき、もの悲しい感覚を味わいながら、やっとのことで見送ったそのころ、私はいったい何を望み、何に期待し、どれほど豊かな未来があると思っていたのでしょうか。


恋の終わりはほろ苦いものになりましたが、「初恋の美学」が堪能できる作品で、新訳がその魅力を大きく引き出していると思いました。

トゥルゲーネフは本作品を「最愛の小説」と言っています。
実際の経験によるものだからというのが理由だそうです。
トゥルゲーネフは、トルストイやドストエフスキーと同時代の作家ですが、『初恋』に限っては社会的あるいは宗教的批判めいた記述はほとんどありません。
ただし、何気なく、社会の格差がうまく描かれていて、少年の単純な恋心に留まらない作品でもあります。

「光文社古典新訳文庫シリーズ」は、折を見て読んでみたいと思いますね。

悼む人

2009-07-24 23:57:43 | 


『悼む人』
出版社: 文藝春秋
著者:天童 荒太

「悼む人」を地元図書館で予約したときは、200番目くらいだったのですが、とうとう順番がきました!
以前に著者の天童さんのインタビュー番組も見たので、それを思い返しながら早速、読んでみました。

物語は「死者を悼む」旅を続けている坂築静人と彼を取り巻く3人を中心に進んでいきます。
末期がんであり、自宅で死を迎える決意をした静人の母である坂築巡子は、静人の保護者、そして代弁者の役割を担っています。
週刊誌のフリーライターで変死やスキャンダラスな記事を扱う蒔野抗太郎は、「悼む人」の目撃者であり偽善者、そして捜索者となります。
夫を刺し殺し、刑期を終えたばかりの奈義倖世は、静人を追いかける随伴者となり、やがて傍観者から理解者となります。
また、殺された倖世の夫である甲水朔也が、倖世に取り憑く亡霊のような存在として登場し、心の闇とか歪んだ人間性を表わしています。
蒔野と倖世は静人との出会いによって、人生が大きく変わっていきます。

静人は、あるきっかけから日本各地を放浪し、新聞や週刊誌、テレビなどで報道される死者について、
「誰に愛され、誰を愛していたか、何をして人から感謝されたか?」
という三つの情報を家族や友達、街の人から聞き出し、その死者を悼む旅を続けています。
もてはやされる死と捨て去られる死があるということへの反発・・・天童さんが本作を執筆するきっかけが「アメリカの同時多発テロ・911」とその後の報復攻撃とのことです。

「おまえらは、何を基準に、或る死者には同情し、或る死者は放り出すんだ。」
北海道に取材に行き、偶然、静人と出会った蒔野が吐いた言葉。
どんな人でも誰かを愛し、また愛され、人に感謝されているはずであるのに、ある人の死は大きくて価値があり、またある人の死は誰からも振り返られず、価値のないもののように扱われる、という疑問が『悼む人』の執筆を駆り立てたようです。

死者を忘れ去る事への罪悪感。
愛する者の死が差別されたり、忘れられたりすることへの怒り・・・そして、いつかは自分自身もどうでもいい死者として扱われることの恐れ。

ただ、私は、誰かに悼まれなくても、覚えてもらえなくても、ある人が生きていたとき、愛したり愛されたり、感謝されたりした事実は消えないのではないか、その事実にこそ価値があるのではないか、とも思います。


登場人物について
それぞれ、とても個性的できちんとした性格付けがされていて、この小説の重要な役割を担っていると思いました。
末期癌の母・巡子は強さの象徴として、週刊誌の記者・蒔野は人間の弱さの象徴として、生きることがわからなくなってしまい彷徨う倖世。

また、傲慢の象徴ともいえる倖世の夫・甲水朔也。
彼女の夫は人間として最低なんですが、「嫌なやつ」とばっさり切り捨てられない切実さが迫ってくるのです。
彼の論理は、傲慢で利己的、救いがたものではあるけれど、その論理にこそ心の闇を感じさせられました。

古い寺の跡取りとして生まれ、勉強もできて経済的にも恵まれていた朔也。
でも、それは、外部からの決めつけであって、朔也自身は必ずしも幸運な人生を楽しんではいないのです。
亡霊として倖世に取り憑いた彼はこんな告白をしています。

木彫りの人形をご本尊として崇めさせる。
その張りぼての商売道具・・・そんなものにすがらずにいられない人間の弱さに付け込み生活してきた。
それを知ったときの絶望ったらなかった。

学校の成績なんて、記憶と思考に適した細胞の働きが機能したに過ぎない。
テストを白紙で出すこともできるのに、自分より生存に適していない細胞どもに負けるのが我慢ならない。

ゾウリムシのプライド。
自殺も考えたが、下等な細胞どもに憐れまれるかと思うだけでうんざりした。
どこでも人々は死者を美辞麗句で飾り、天上の妄想を崇め、自分の死が原生動物の死と同じところに行き着く恐怖から逃れようとしていた。

同じようにつまらないゾウリムシと同等の生き物。
それに気付いた以上、もう普通には生きていけないし、普通にも死ねない。


朔也は、倖世の愛を利用して、自分を殺させるという計画を立て、実行させました。
そして彼は、「愛なんて人やモノへの執着に過ぎない。」と定義しています。

そんな朔也に対し、静人は、
定義などどうでもよい気がします。執着だろうが錯覚だろうが。
人への優しい振る舞いや感謝される行為がひとつでもあれば十分。
人を裁く権利も、真実を見極める能力もありません。
ぼくの悼みはごく個人的な営みですから。



「愛は執着に過ぎない」と言った夫に「愛のために執着を捨てる」決断をする倖世。
心を通い合わせた静人と倖世ですが、相手を思い、また自分自身の役割を果たすために別々の道を歩むことを決断します。

決して、すっきり終わる話ではありませんが、この『悼む人』が直木賞を受賞し、注目されて多くの人に読まれることは、とても意義のあることだと思いました。





精神分析を受けに来た神の話

2009-07-14 00:37:09 | 


マイケル アダムス (著)、 勝野 憲昭 (翻訳)


ある日、精神分析医・リチャードのところに一人の男が予約を入れてきた。
彼の名前はガブリエル、職業を尋ねると、「私は神である。」と答えた。
「神として私はここに憂鬱を晴らしにきた。」と彼は続けた。
リチャードは、ガブリエルが典型的な偏執狂的精神状態にある患者だと判断し、彼を診ることにした。
ところが、彼とのセッションを続ければ続けるほど不思議な現象が起こり、リチャードは自分自信と向きあることになる。

ミステリータッチで面白かったです。
ラストはどうなるのかなという期待感で一気に読んでしまいました。

神様がいるかいないか・・・
私はいたらいいなと思います。
この世界の創造主であったらいいな。

そりゃ何を考えようが自由だけど、残念ながら「進化論」というものがあるんですよ・・と人は言うかもしれませんが・・
「進化論」も完璧なものではなくて、たくさんの矛盾点があるのも事実です。
そして、すべてのものは、「創造主なる神」によって創造されたとする創造論、創造科学という考え方があって、論争があるようです。
また、インテリジェント・デザインといって、聖書を科学的に論証しようとする説もあります。よく知らないけど。しかも、この本とまったく関係ないけど。

普段、「進化論」を唱えている人も、いざ、自分が死の間際に立たされたら、どうなんでしょう。
人間、死ぬとわかったら、そりゃ「進化論」より神に赦され、天国でのんびりしたいと思いますね。

「ああ、君か。少し反省点はあるけど、まあまあ、人並みに頑張ったね。
ここでしばらくゆっくりしてDVDでも観るといいよ。
下界と違って、全部3Dだから楽しめると思うよ。」

と神様からねぎらいの言葉を受け、いろんな欲も捨てて、のほほんとしてみたいなぁ。
(DVD観るって、欲丸出しですけど・・・クローズはあるのか?特典映像ついてる??)

冗談はさておき、『精神分析医にきた神様』、こんな箇所があります。
「人生の目的は、人生を最大限に楽しみ、自分の望みを貫くことにある。ただし、お互いを敬い助け合った上で、自由意志に従って生きよ。」

人間の人生なんて短い。
自虐的に言うわけじゃないけど、それほどの能力もなく、社会への貢献もなく、私の存在なんて自分自身のためだけにあるようなもの。
人生の意義がどこにあるんだろう?人間はどうせ、おぎゃーと泣きながら生まれ、老いて泣きながら死んでいく。
いくら本を読もうと、勉強しようと、資格を取ろうと、仕事をバリバリやろうと、何か空しさを感じることが1年に2日くらいありますが、「人生の目的は、自分の望みを貫く」ことだと考えれば、ああ、そんなもんかい、と思います。

「お互いを敬い、助け合った上で」これを忘れてはいけませんね。


オバマ演説集

2009-05-08 01:46:51 | 
オバマ大統領の支持率は衰えないようです。
数日前のニュースでは68%だとか。
日本の政治家さん達にとっては、何とも羨ましい数字でしょうね。

オバマ大統領の演説集を読んでみました。
生声のCD付き、原文と対訳が見開きになっていて、重要な語句の意味もちょこっと載っているので辞書いらず。
とても聞きやすいので英語教材としても中々いいと思います。



内容としては、CNNが伝えたオバマ大統領のプロフィールが冒頭にあって、まだイリノイの新人議員だったオバマ氏が一躍有名になった伝説の「2004年民主党基調演説・大いなる希望」、その他予備選での抜粋、勝利演説の抜粋が掲載されています。

勝利演説は、ちょっと自重気味で慎重でしたが、2004年の大いなる希望(The Audacity of Hope) は、とても印象に残る力強く、分かり易く、思わず共感しないではいられない名演説だったと思います。


私は彼らに言います。リベラルなアメリカも保守的なアメリカもない。あるのはアメリカ合衆国なのだと。
黒人のアメリカも白人のアメリカもラテン系のアメリカもアジア系のアメリカもありはしない。あるのはアメリカ合衆国なのだと。
イラク戦争に賛成した愛国者もいれば反対した愛国者もいます。
我々はひとつの国民であり、国民全員が星条旗に忠誠を誓い、我々全員が国を守っていくのです。



初の黒人大統領ですが、黒人優位の政策がほんの少しでもかいま見られたら、立ちゆかない国だと思いますね。
私はたった2年ですが、アメリカで働いて、つくづくそう思いました。
もちろん、「差別」はあります。
人種間の差別はもちろん、貧富の差別、社会的階級の差別、たぶん男女の差別も多少。
どんな人達も満足いく政策などあり得ませんが、オバマ大統領の取った中立な立場は、概ねあらゆる人種の支持を得たのだと思います。
スキャンダルとか起きないといいなぁ。暗殺なんかしないでね。(誰に言ってるんだよ・・)

アメリカの経済が回復すれば日本にも有効。
会社の給料も少しは上がってボーナスも増えるかも。
おいしいものを食べて、映画や観劇、旅行に行ける。← 小さいなー、アタシって。小市民。

ところで、過去、演説がうまかったのはレーガン氏ですね。
特にNASAの事故で乗組員全員が亡くなった時の演説は、素晴らしいものでした。
日本の政治家で演説うまい人って、いたかな・・・

キッシュ

2009-04-13 23:53:37 | 
本屋さんでたまたま見つけた「キッシュ」の本。



比較的ページ数は少ないのですが、写真がとても綺麗、おいしそうなのばかり載っています。
オーソドックスな組合せの他、小えびとアボガドのようなステキ素材、れんこんなど和風の組合せもあって、どれも食べてみたいなー。

中身については、美味しいものを入れれば美味しい・・・という当たり前の事なんですが、私が思うには、意外とパート(台)が重要じゃないかと。
この本によると、グラハム粉(全粒粉)やゴマ、ハーブを練り込んだパートを紹介してあり、なるほど!と思いました。

そして、パートについては、材料も大切な気がします。
上質な小麦粉は風味がいいし、もちろん、油脂もマーガリンと発酵バターとでは、満員電車と国際線ファーストクラスぐらい違うのです。いや、あはは、それは言い過ぎです。ま、ちょっとは違います。

あとは、料理の腕とセンス。
上手な人は、余った材料で驚くほど美味しいものを作るし、お鍋なんか相当使い古しだし、あっという間に出来上がってしまうのです。
ちなみに、料理が上手な人は、料理の本とか読まなそうですね。

五木寛之著・人間の覚悟

2009-04-09 23:38:22 | 
書店の店頭で気になっていた五木寛之氏の『人間の覚悟』を読んでみました。



第一章 時代を見すえる
-地獄の門が今開く-
闇が深さを増してきました。・・という冒頭です。

あれれ、マイナス思考なのかな、こんな時代だし・・と思いながら読み始めましたが、人生哲学書として深みのある良書でした。

「覚悟」とは、「諦めること」であり、その意味は「明らかに究める」こと。
絶望も希望も人間の抱く期待感であり、それらから解き放たれたとき、人間は「明らかに究める」力を持つ。

人生は憂いに満ちているし、人間はその憂いを抱えて生きていかなければならないと覚悟する。
努力すれば必ず報いられるものではなく、結果を出せないことを覚悟する。
人は死を見つめながら、一日一日を充実させて生きていく他はなく、生きるということ自体が偉業なのである。

挫折感を味わっている人、心に疲れを感じている人にとっては、見方を変えるきっかけになると思いました。
人間は、意識しないまでも何かに期待している場合が多いです。
社会への期待、家族への期待、恋人への期待、友達への期待。
そんなものを一度、きれいに捨ててしまい、現実を真正面から受け入れる「覚悟」をしたとき、また新しい人生が開けるような気がします。

五木寛之氏・・・70代後半のお歳です。(後期高齢とおっしゃっていますが、高貴高麗な方です)
人生の大先輩として、世の中を達観されています。
私はこの本を読んでよかったと思いました。

気持ちを楽にしたい人にお勧めです。



本を読む本

2009-03-08 22:30:51 | 
『本を読む本』を再読してみました。



モーティマー・J. アドラー ・C.V. ドーレン(著)
外山 滋比古・槇 未知子(翻訳)

1940年の本ですよ。
地元本屋さんでは、平積み。
まだまだ、読まれている「本を読む教科書」なんですね。

本を読んでいるとき、数ページ進んだところで、突然に今読んだ内容がまったく頭に入っていないことってないですか?
アタシはあります。(笑)
その現象は『本を読む本』によると、「点検読書」というところに分類されるとのことです。
つまり読書のレベルが四段階(初級読書、点検読書、分析読書、シントピカル読書)になっていて、最終的な目標は第四段階である「シントピカル読書」に到達することです。

「シントピカル読書」とは、簡単にいえば、関連する2冊以上の本を読んで自分の考えをまとめるという読書法です。
あくまでも「教養書」について言及してある内容です。
これって、AMAZONとかで本をチェックすると「あわせて買いたい本」とか「この商品を買った人はこんな商品も買っています」っていう情報が出ていますけど。
商売上手~って思っていましたが、「シントピカル読書」のためだった??
実は、けっこう利用してます。

また、本屋の立ち読みは「点検読書」に分類されると思います。
立ち読みは、ホントにホントに役に立ちます。
(本屋さ~ん・・・たまには買いますからさぁ。

そして最後の方にちょこっと「文学の読み方」というのがあって、心を完全に解放し作品の世界観に浸りながら一気に読むということが書かれていました。
面白い本って、時間を忘れて読み進めるし、自然とその世界観に入っていますよね。特に意識なんてしなくても。
それと、好きな作品は、何回読んでも新しい発見があったり、自分の年齢とか成長とか経験によって読み方が変化するものだと思います。


ところで、シントピカル読書を実践するなら、『本を読む本』を読んだ人は、『読書術』(岩波現代文庫) をお勧めします。
(AMAZONかっ!)




「カラマーゾフの兄弟」

2009-02-10 23:01:57 | 
「光文社古典新訳文庫」が注目されているようです。

ちょっと古くさくて取っつきにくい古典を新訳で読みやすくしたシリーズです。

で、なんとドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」が100万部を突破したということです。
世界文学の最高峰と評されながらも、かなり難解な作品で、何回読んでもわかりにくい!
(野田秀樹が言えば言葉の天才、アタシが言うとオヤジギャグ・・さむいわぁ)

ロシア文学といえば、私にとって最も感銘を受けたのが「アンナ・カレーニナ」です。
かなりの長編であるこの作品を過去に4~5回は読んでいて、完成度の高さと作品の魅力ゆえに現代小説に全く興味を失ってしまった時期がありました。

その「アンナ・カレーニナ」を完璧な作品と賞賛しているのが、ドストエフスキーなのです。
今日、本屋に行って、いろいろ物色していたのですが、「カラマーゾフの兄弟」の新訳を読んでみようかと思いました。
ただし、かなりの長編なので覚悟がいりますね。

地元でオープンした書店には、70万冊が売られているそうですが・・・
ひとりの人間が一生に読める本なんて、ほんの一握りなんでしょうね。
毎月2冊を50年間、欠かさず読んだとして、たった1200冊、その倍でも2400冊。

そう思うと、やはり「カラマーゾフの兄弟」は読んでおきたいですね。




フランクリン自伝

2009-01-14 01:31:42 | 


年末のことですが、以前に読んだ『フランクリン自伝』を引っ張り出してきて再読してみました。
というのも、『表裏源内蛙合戦』観劇後、戯曲を読んで、平賀源内って、ベンジャミン・フランクリンと共通点があるなというのがきっかけです。

平賀源内は、江戸時代の草学者、蘭学者、医者、作家、発明家、画家・・・と言われた人ですが、結局は誤って人を殺してしまい、最後は獄死したとされています。
あらゆる才能の持ち主で、時代の先端を突っ走った人であったようでが、一方、いろいろな発明も実用化までには至らず、後生の評価も分かれるとか。

平賀源内と同じようにあらゆる才能に恵まれ、アメリカ資本主義の育ての親と言われるのがベンジャミン・フランクリンです。

フランクリンは印刷業で成功し、政治家、外交官、物理学者、気象学者、哲学者、発明家・・などなど、素晴らしい業績を残した人です。
フランクリン自身の生い立ちも面白いのですが、やっぱり一番のお気に入りは、「13徳 (Thirteen Virtues)」です。

これは、「なりたい自分」になるため13項目の規律をリストアップし、それを順番に習慣づけるというものです。
ひとつが身についたら次に移るというやり方で、フランクリンは毎日ノートにその日のできばえを記入し、徹底的に実行したようです。

1. TEMPERANCE(節制):食べ過ぎない、飲み過ぎない
2. SILENCE (沈黙):相手の利益になることのみ話す=無駄な話はしない
3. ORDER (規律):整理整頓、時間厳守で仕事をする

 ・・・・とまあ、こんな感じです。

今年もあっという間に半月近くが過ぎてしまいました。
今年の目標・・・もう何年もとりあえず目標を考えて、それで終わり。気がついてみたら1年が終わっていた・・・という惨めな状況です。

今まではやり方が間違っていたかもしれないので、今年はフランクリンのやり方で試してみたいと思います。
13個は多すぎるので3項目くらいに絞ってみようかな。

1. 運動する。
2. 時間を有効に使う。
3. 芸術に触れる。← 即クリアのようですけど・・・

ん?「運動する」を克服しないと次に移れないっていう方法だったはず・・
ま、3つだから同時進行ってことでもいいかな。
なんか、ダメな予感がしますが。(笑)




2008年・マイベストブック

2009-01-07 01:09:15 | 
2008年、読んだ本をリストアップしてみました。
地元の図書館を利用したり、買ってから読んでない本もあるので、少しずつでも読もうと思っています。
特に未読の洋書がかなりあって・・気合いを入れないとなかなか進みません。

シェイクスピア関連
小田島雄志のシェイクスピア遊学
劇場のシェイクスピア
シェイクスピアを楽しむために
読んでみたいシェイクスピア
冬物語(NHKシェークスピア劇場)
シェイクスピア全集3
一冊でわかるシェイクスピア作品ガイド37

狂言関連
太郎冠者を生きる
萬斎でござる
狂言サイボーグ
笑いの芸術・狂言
狂言85年 茂山千作
京都の狂言師

小説
ノルウェイの森
アフターダーク
容疑者Xの献身

戯曲
どん底
チェーホフ全集11
朝日のような夕日をつれて-第一戯曲集-
井上ひさし全芝居 その1

その他
フランクリン自伝
大人のためのグリム童話
本当は恐ろしいグリム童話
夢をかなえるゾウ
ユダヤ人ジョーク集
世界遺産を旅する-地球の記録-1
潮日本文学10 芥川竜之介集
美しき人生のために-リルケの言葉-

洋書
Starting Your Own Restaurant
Over The Top
Warren Buffett


まったくジャンルが違うので、何が一番なんて言えませんね。
「フランクリン自伝」以外と面白かったです。

去年は、初めて狂言を観たこともあって、その関連の書籍を数冊読みました。
今後も狂言の舞台はぜひ、行ってみたいと思っています。
そして、りゅーとぴあの『冬物語』を観劇してから、シェイクスピア関連の本を久しぶりに読んでみました。
戯曲を読むことは、けっこう難しいと思います。
そこで役立つのは、ガイド本。
シェイクスピアの作品は「行間を読む」と言われています。
それだけ、深い意味が埋め込まれたり、いろいろな解釈が生まれるわけです。


私は、好きな本を何度も何度も読む傾向にあるのですが、今年は、いろいろなジャンルの本を読んでみたいと思います。
知らないことを知ることは、ずっと知らないでいるよりいいことですねー。