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証券取引所のビジネス

2021-02-21 11:27:00 | 企業分析
日頃僕らが上場企業の業績を眺めることが出来ている背景には、企業を取り巻く法律によるルールが存在する。
このルールのそのまた背景には、投資家に正しい情報が与えられ、それに基づいて導き出される賢い投資がより優れた資源の活用方法を実現し、金融市場ならびに経済を活性化させる世界観が存在する。
そして投資家に与えられる「正しい情報」の確からしさを企業・会計士関連の制度によりどこまで追究するか、(内部統制システムまで公表することを追加するなど)制度の改版が続けられ模索されているのが現代だ。

現在1200億円ほどの売上を誇る日本証券取引所のビジネスは、この制度に深く関わっている。売上の全ては制度の下で取引に参加する企業から得られており、これを抜きにして読み解くことはできない。
また、直接金融の仲介に関して現在独占状態となっているが、国内の競合取引所が設立される動きもある。

【制度の現在地】
金融商品取引法という法律によって、上場している企業は1年間ごとに事業の成果と財務状態を振り返り、有価証券報告書という書類を内閣総理大臣(金融庁がその配下にあり、EDINETというサイトに取りまとめてくれる)に提出することが決められている。

有価証券報告書は企業の公式ホームページからも閲覧可能であるが、これを読むと、もれなく会計士による「監査報告書」が付いているのがわかる。

日本の会社法の規定で、上場するなどして全ての株式を譲渡制限なく一般に売買可能としている公開会社は適正に情報を伝達するべく会計監査人(これになれるのは会計士のみ)を置くことになっているのだが、この会計監査人による有価証券報告書の財務諸表への意見がこの監査報告書である(監査基準によれば、2022年3月期からは財務諸表に加えてその他の内容についてコメントする)。

監査基準によると、監査報告書には「会計基準に準拠して作られていて、内容が適正であるか」について意見が述べられる。
(準拠だけでなく内容の適正までみるのは、会計基準に準拠するにも数通りの選択肢が解釈としてあるところ、最も妥当な数字を出す解釈をしているかまで見るという意味である。)

つまり、業績の情報整理から投資判断に至るまでの役割分担は以下だ。
①会社が財務諸表やその他事業に関する考えなどを有価証券報告書にまとめる
②会計監査人が外部からその適正性を調査してコメントする
③投資家は結果として仕上がった有価証券報告書をもとに分析を行い投資判断する

(投資家は資本主義の前提からすれば、「投資すればリターンが期待できる」と思えば株式を購入することになる。
巨額の資金を動かす資産運用会社などが利益を最重要視して運用しているので、実際大方このように動くことになるだろう。
今話題のESGも、年金基金などは「長期にわたって安定的な収益を獲得するため」という経済合理性から採用している。)

ここで、財務諸表以外の「その他の部分まで監査人が通読する」という監査基準のルールが出来ていることは、企業の投資有望性を判断するにあたり、①②と③の役割分担を複雑にするように思える。
監査人がその他の部分について意見を言わないとされているものの、通読して経営者と相違については話し合っているのだとなれば、一定の正しさは確保されていると期待されるだろう。

つまり、①②の役割が増えていると思えるのだ。
もちろんウォーレン・バフェットのような投資家によれば、公開される財務諸表は分析のスタート地点であり、そこから本当の収益性を読み解いていくことになる。(「バフェットからの手紙」)
しかし初心者はどうしても有価証券報告書の正しさを読み解くのは難しい。

【制度の今後】
今後考えられる制度の更新は2通りある。
・それでも投資家は賢い、ないしは今後さらに賢くなると考えて③の役割を重視していく。①②については財務諸表の嘘が無ければ、その他の経営者コメントなどは放っておく。
・投資家は保護すべき弱者と考え、①②について、例えば経営者の売上や収益の目標や見込みについてもより正確なものにすべく圧力をかけていく。

投資家強者論に立てば、制度は現在地でも過剰なくらいで、むしろ会計士の働き方改革を考えれば、「その他」の通読義務も廃止すべきだろう。
決済手続き等経理の業務が急速にデジタル化されていくなかで、新たな会計システムの操作方法や日々現れる新たな収益モデルを学ぶことに会計士の時間は使われるようになり、作業の必要時間は減るだろう。

投資家弱者論に立てば、制度は不足だ。
会計士にはより厳しく経営者と対峙する姿勢や事業構造への深い理解、今後イノベーションで破壊されるリスクの査定など経営学の知見が求められる。
この対策は、緩やかなものと激しいものが考えられ、
・緩やか…
姿勢だけを仕組み的に問うべく会計監査人のお金の出し手を証券取引所にする。今だと日本証券取引所が強くなりすぎるが、今後アメリカのように複数の取引所が競うようになればガバナンスも効くだろう。
・激しい…
会計監査人の経営者牽制の実効性を引き上げるべく、例えば大手監査法人のトップに経営を何度も成功させた稲盛和夫氏級のスターを据え、監査報酬も高めて今の外資戦略コンサル人材が集うような仕組みを目指す。

実現可能性を考えれば、今後の制度改革は投資家強者論での改革か、投資家弱者論での緩やかな改革であろう。

どちらかと言えば、最近のアメリカの個人投資家の動きを見ても投資家の多くが強者というのは困難で、
且つ「貧富の差は問題視すべきレベル」と考える世論からして、
投資家弱者論での緩やかな改革が落とし所ではないかと思う。
この場合、取引所はガバナンス強化の為というこの改革に従い「会計監査人の振り分け」という新たな業務を獲得し、売上をますます伸ばせることになる(半分公的なビジネスなので利益率はあまり変わらないと思われる)。

国内の競合取引所の設立については、既にSBIと三井住友FGが来年の設立を発表していて(日経記事)、上場会社を巡り各種手数料引き下げなど利益率に関わる競争は避けられない。
この影響を緩和するためにも取引所は今後制度改革をめぐって監査関連の新たな事業を作り出そうとするだろうし、それによって規模と利益率をある程度保つのではないかと思う。

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