目覚め。

チャネリングされたイエスの言葉とACIM。

09-01-24#3 Littleness versus Magnitude

2009-01-24 16:59:33 | Chapter 15
http://www.nwffacim.org/default.aspx 原文

貴方が家に帰る為には、何らかの方法で自分の外に伸び出さなければいけません。 何か別の存在の中に入る必要があります。 

それは貴方が「ヘルプ」と言って、助けを求めた時に起こります。

それは貴方が、神に手を差し出した時に起こります。
父、神、創造神、宇宙を作ったもの。それをなんと呼ぶにしろ、それをどの様にとらえるにしろ、貴方はそれとつながって、孤立を破る必要があります。

“To hold Your Magnitude in Perfect Awareness, in a world of littleness, is a task the little cannot undertake. But it is asked of You in tribute to Your Magnitude and not Your littleness. Nor is it asked of You alone.”

〔卑小な世界の中で、貴方の巨大さを完全に意識し続けるのは、卑小な者に出来る事ではありません。しかし、これが貴方がするべく求められている事です。貴方が、これをするよう求められているのは、貴方の巨大さ故にです、貴方の卑小さ故にではありません。そして、貴方が一人でこれをするよう求められている訳でもありません。〕 

自分にはガイドと言うものがついていることに気づき、自分のガイドに注意を払って、貴方がそれに手を差し伸べたなら、ガイドが貴方をずっと待ちわびていた事に、気付くでしょう。

そして、貴方がガイドと繋がろうと差し出す時、貴方のガイドも貴方に手を差し出しています。 だから、貴方は、それを一人だけでするわけではありません。 貴方は最早、一人で行動してはいないのです。 
これを知ることは重要です。 孤独は地獄です。 孤独とは苦しみです。 

“The Power of God will support every effort You make on behalf of His dear Son.”

〔神の力は、貴方が、神の子の為に行う全ての行為をサポートします。〕 
神の子とは、貴方と、そして、貴方の兄弟の事です。 でも、この話の文脈では貴方をサポートするという事です。

“The Power of God will support every effort You make on behalf of His dear Son.” “Search for the little and You deny Yourself His Power.” Now understand this: God is not willing that His Son be content with less than Everything.”

〔神の力は、貴方が、神の子の為に行う全ての行為をサポートします。〕〔卑小さを求めれば、貴方は自分で神の力を拒否したことになります。〕 
〔次の事を、理解しなさい。 神は、神の子が「全て」(全体)よりも少ないもので満足する事を良しとしません。〕

“God is not willing that His Son be content with less than Everything. “

上記の英文は二つの解釈が可能で、その両方が真実です。 「神の子が完全より少ないもので満足する事を神は望みません。」 もう一つは、「神の子が完全でないものでは満足はしないよう、神は意図しています。 」。

“God is not willing that His Son be content with less than Everything. For He is not content without His Son, and His Son cannot be content with less than His Father has given Him.”

〔神は、神の子が、「全て」(全体)よりも少ないもので満足する事を良しとしません。何故なら、神はその子供なしでは満足せず、神の子は神が与えたもの以下のものでは満足しないからです。〕上記の文は(卑小さではなく)巨大さに関して述べています。

“We asked You once before: ‘Would You be hostage to the ego or Host to God?’ Let this question be asked You by The Holy Spirit in You every time you make a decision. For every decision You make does answer this, and invites sorrow or joy accordingly.”

〔我々は、以前にも貴方に一度聞きました。「貴方は、エゴの捕虜か、神のホストの、どちらになりたいですか?」 貴方が何か選択する度に、貴方の中の精霊が、この質問を貴方にするようにさせてください。 なぜなら、貴方の全ての選択は、エゴの捕虜になるか、それとも神のホストになるか、と言う質問に対する答えだからです。 貴方の選択によって、悲しみと喜びのどちらがもたらされるか決まります。〕

“-every time You make a decision”
〔貴方の選択によって〕- ポールは今、飲もうと考えました。 彼は、父から完全に離れて、自分ただ一人でそう選択したのでしょうか。 このグラスは物質なのでしょうか? そこにはH2O -水と呼ばれる物理的なものが入っていたのでしょうか?

それとも、 彼とグラスと水は、全て神の存在の聖なる現われで、お互いに相互協力しあい、その関係の中で、美しい喜びのスピリチュアルな交流が起こっていたでしょうか?
彼は、〔エゴの奴隷か神のホストか〕? どちらだったのでしょう?

貴方が何をしているにしろ、貴方は〔エゴの捕虜か神のホストか〕のいずれかなのです。
貴方は、卑小さと巨大さのどちらを向いているのでしょうか?
貴方は、意識的目覚めを即す行動をしていますか? 全ての卑小さの意味から抜けて贖罪の意識的経験へと移行できるように努めていますか? 貴方を正気へと戻す意識的体験が出来るよう振舞っていますか? その正気の中で全てがその真の姿を貴方に示します。 そうすれば貴方は、もはや全てを間違えてとらえることが無いのです。 誤認識しようと欲望することはなくなるのです。

“Every decision You make does answer this” “hostage to the ego or Host to God” “and invites sorrow or Joy, accordingly.”

〔なぜなら、貴方の全ての選択は、エゴの捕虜になるか、それとも神のホストになるか、と言う質問に対する答えだからです。 〕 
貴方の選択によって、行動によって、意識によって、貴方がエゴの捕虜になるか神のホストになるかが決まるのです。

巨大さ(Magnitude)とは面白い言葉です。それについて、色々考えることもできるでしょう。
(Magnitude)とは、壮大と似た意味ですね。壮大なアイディア。 壮大な意味。 でも巨大とは、壮大とは、どんな意味でしょう?

“When God gave Himself to You in Your Creation, He established You as Host to Him, forever.”

〔貴方を創造した時、神は自身を貴方に与えました。神は、貴方を神のホストとして作りました、永遠に。〕 これが巨大さの意味です。

私は今まで何回も繰り返して言ってきましたね。 神は、そこにいる貴方の全てとして存在していると。 貴方がいる、そこにです。 貴方と呼ばれているものは、神が神として、そこにあることなのです。 それが巨大さです。

貴方は、巨大さを経験したいと思っています。 貴方は、神の心を経験したいのです。 貴方は、神の精神で満たされたいのです。 私は言いましょう。貴方は既にそれを経験しています。いつでも、神は貴方の中にいるのです。

しかし、貴方は判断(ジャッジ)する権利を求め、卑小さを選んでいます。 悩む権利、怒る権利、自分一人で考える権利を求め、その結果、全ての存在の意識的体験、兄弟との聖なる交流(Communion)が出来なくなってしまうのです。 その体験(聖なる交流)を求めなさい。

「父よ、その体験を私に与えて下さい。私は静かになり、貴方を迎え入れましょう。」と言って、その体験に身を浸しなさい。

“When God gave Himself to You in Your Creation,”

〔貴方を創造した時、神は自身を貴方に与えました。〕 
それ以外の方法で、貴方を作ることは出来ませんでした。  神が何かを創造するとき、神に出来る事は自身を、自分がしていることに注ぎ込むことだけだからです。

“When God gave Himself to You in Your Creation, He established You as Host to Him forever. He has not left You, and You have not left Him. All Your attempts to deny His Magnitude and make His Son” “hostage to the ego cannot make little Whom God has Joined with Him.”

〔貴方を創造した時、神は自身を貴方に与えました。神は、貴方を神のホストとして作りました、永遠に。神は貴方から離れた訳ではありません。そして貴方も神から離れませんでした。 神の巨大さを否定し、神の子(つまり貴方)をエゴの捕虜にしようという、貴方の試みをもってしても、神と一つであるものを卑小にすることはできません。〕 

この分離感、この孤独感なのです。 貴方が、この孤独感を通して分離した世界を見ていると、貴方の巨大さが否定されるのです。 
貴方は、(貴方のものである)父の心を体験できなくなるのです。 貴方がエゴを中心に世界を見ている限り、父の心は、我々が精霊と呼ぶものの中に保持され続けるのです。 父の心は、何処へも行ってはいません。貴方から離れてはいません。

しかし、貴方はそれを見つけようとしていないのです。父の心が巨大さなのです。 なぜなら、それが貴方に「巨大さ」そのものから、(巨大さを、父の心を)教えるからです。

“Every decision You make is for Heaven or for hell” – it’s for Reality or unreality – every decision – “and will bring You Awareness of what You decided for.”

〔貴方の行う全ての選択は、天国か地獄のどちらかを選んでいます。〕 全ての決断は、真実か幻想のどちらかを選んでいます。 〔そして、貴方の選んだものが貴方の意識の前に現れます。〕

ですから、今週、巨大さを選んでください。  つまり、人生の問題を解決していない自分自身に対して怒る権利を放棄しなさい。 旨く学べていなくて、貴方が作ったシナリオによればもう時間が足らないと考えて、貴方のスピリチュアルな教師に対して怒るのを止めなさい。

卑小さを選ぶ事は止めなさい。 憎しみを選ぶ事を止めなさい。独善的意識は止めなさい。 兄弟姉妹に対して、自分が作り上げた考えを当てはめるのは止めなさい。 彼らを自分の頭の中で操り動かすことは止めなさい。 父と一体になり、彼らの真実を父に、あるいは貴方の正気に、聞きなさい。

貴方一人であなた自身について考えるということは、「卑小さを選んでいる」ということです。

“The Holy Spirit can hold Your Magnitude clean of all littleness, clearly and in perfect safety in Your minds, untouched by every little gift the world of littleness would offer You; but for this You cannot side against Him in what He wills for You.”

〔精霊は、貴方の卑小さを全て拭い去ることが出来ます。(卑小な)世界が貴方に与えた、全ての卑小なギフトに影響されていない貴方の巨大さを精霊が守っています。 貴方は、精霊が貴方のためにする事には、逆らうことが出来ません。〕

“Decide for God through Him” “for littleness – and the belief that You can be content with littleness – are the decisions You have made about Yourself.

〔彼を通して〕彼とは精霊、貴方の正気のことです〔神を選びなさい。〕
〔彼を通して神を選びなさい。〕〔なぜなら、卑小さとは〕そして卑小さで満足できるという考えは〔貴方が自分に対して下した選択だからです。〕

“The Power and the Glory that lie in You from God are for All Who – like You – perceive Themselves as little, and have deceived Themselves into believing that littleness can be blown up by Them into a sense of Magnitude that can content Them.”

〔貴方の中にある神の栄光と力は、自身を卑小と考え、自分を騙し、自分で卑小さを膨らましあげてそこから巨大さを作り、それで満足を得ることが出来ると考えた、貴方のような者の為にあります。〕

この文章を書き出して。どこか良く見えるところへ張って置きなさい。 それを見るたびに、巨大さを志す事と、卑小さを志す事の違いが覚えていられるように。 そして、卑小さに基づいて行動するのを止める事ができるように。

そして、自分が卑小さから行動しているかどうか調べる最良の方法は、貴方が自分の為だけに考えているかどうか、です。 貴方が興奮して動悸が止まらないとき、貴方が自己満足で満たされているとき。

もし、貴方の動悸が、兄弟を出し抜いて利を得ることに関連しているなら、彼の悲劇が貴方を喜ばせているなら、それが彼には自業自得と考えているなら、そして貴方の心臓がドキドキざわめいているなら、それは健康な証拠ですか? もちろん違います。

私は、貴方の体が貴方を統治していると言っているのではありません。 貴方の体を恐れる必要はありません。  貴方の卑小さから来る考えが、何をしているか見て見なさいと、私は言っているのです。 それは良いことではなく、貴方の為にもなりません。 それは貴方を新しくリフレッシュはしません。 貴方をより完全にはしません。

常識をもって、それらのことに注意を払って下さい。

貴方が、非常な満足と幸福を得ていると考えていたとしても、貴方は本当は苦しんでいるのです。 それは、ドラッグを使ってハイになり酔う様なものです。 それを通して、貴方が存在の完全性を取り戻すことはあり得ません。

“Neither give littleness, nor accept it.”

〔卑小さを、与える事を止め、受け取る事を止めなさい。〕 

そして、今週は博愛主義者として、巨大さを与え、受け取る事を学びなさい。
毎晩寝る前に、「私が今日会った人のうち、誰が巨大さを感じられたろう? 我々の関わり合いによって、誰が巨大さを感じられたろう?」と聞けるように。

貴方は、どうすれば巨大さの経験を兄弟へもたらすことが出来るか知っていますか? いえ、貴方は知りません。

ですから、兄弟へ何かを与える(未だ貴方が与えたことの無いものを与える)意思と共に、未知の狭間に立つ必要があります。 貴方は絶壁の縁に立つ必要があります。

貴方がまだ目覚めておらず、貴方の兄弟も目覚めていないのは、貴方がそれを(巨大さを)兄弟に一度も与えたことが無いからです。それを与えることで、貴方と兄弟が目覚めることは大いにあり得ます。 そして、ドミノ倒しのように目覚めの連鎖反応が広がっていくでしょう。

これを読んで、余り確信に満ちた言い方では無いと考えた人もいるかもしれません。 「目覚める事は大いにあり得ます。」?  

確約しましょう。 もし貴方がそれをすれば、貴方が本当に兄弟に巨大さを与えたなら、父に譲って、それを疑いなく成し遂げたなら、何も差し控えずに巨大さを兄弟に与えたなら、貴方は目覚めます。

そして、いつかそれは必ず起こります。 それを後まで取って置く必要は無いのです。

遅らせのは止めなさい。 

絶壁の縁に立って、未知の狭間に立って、今までしたことのない事、やり方もわからない事をする意思を持って、「父よ、助けて下さい、私は静かになり、貴方を受け入れる空間を作ります、兄弟と私が啓示を体験できるよう。」と言いなさい。

「何故なら、私は 我々がよりよい生活をするべきだと考えているからです。 そして今ここに、より良い生命があると信じてるからです。 だから、生活が少しだけ良くなるよう祈るのではなく、全てが完全になるように祈ります。」

I Love You – All of You.

次にお会いする日を楽しみにしています。

3 コメント

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ユニさん、こんにちは。 (訳者)
2009-05-21 07:00:08
次の話にも、期待してて下さい。
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こんにちは! (ユニ)
2009-05-20 23:50:09
はじめまして、ユニと申します。

昨日、K・ヤマダさんのサイトでこちらを知りました。

イエスさんのメッセージだきけて、とても嬉しいです。

有難うございます。
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改訂 (訳者)
2009-05-19 07:54:31
〔貴方の中にある神の栄光と力は、自身を卑小と考え、自分を騙し、自分で卑小さを膨らましあげてそこから巨大さを作り、それで満足を得ることが出来ると考えた、貴方のような者の為にあります。〕

上記の文はACIMからの引用ですので、〔〕を付け加え、原文も添えました。

なお、英文はJCIMからの引用です。
2nd Edition にも同等の文が存在しますが、表現や文の並びは少し変わっています。

Sarahさん、ご指摘ありがとう。
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