彼の自制心は相当なものだったとは言え、内心の動揺はあまりにも大きかったのでその場に居た者たちの目に止まらずにいなかった。
「おい、お前、一体どうしたんだ?」と彼らは同時に尋ねた。「どうかしたのか?」
意志の力を振り絞ってシュパンはなんとか冷静さを取り戻し、自分のヘマを取り繕うべく口実を素早く探した。
「そうっすねぇ」と彼はむすっとした口調で答えた。「そりゃまぁ、やるとは言いましたがね……こっからラ・ヴィレットまで遠路はるばる行くんしょ……旦那が行くのを渋るようなとこまで。こりゃもうお使いってなもんじゃない、出張っすよ……」
この説明はすんなり受け入れられた。自分の労力が当てにされていると知って、この若者はもう少し値を吊り上げようとしている……まぁ当然のことか。
「それじゃ不満だってのか!」と赤いチョッキのフロランは叫んだ。「ようし、仕方ない! 三十スーやろう!けど、さっさと出発しろよ!」
「へい、只今!」とシュパンは答え、呆れるほどに蒸気機関車の警笛そっくりの口笛を吹きながら、吉兆を告げる鳥がごとき素早さで出て行った。
しかし、館を出て二十歩ほど来たところで彼はぴたりと立ち止まった。周囲を経験豊かな目で見回すと、目立たない一角を目指して走って行き、身を潜めた。
「あの赤チョッキ野郎がもうすぐ出て来る」と彼は考えていた。「件の男爵夫人とやらのもとに手紙を届けに行くんだ。そしたら俺は後をつけ、やつがどこに入っていくか見届ける。そうすりゃ、ズドンと的に命中だ! あのならず者の子爵の面倒を見ている気前の良い奥様の名前が分かるってもんだ……」
時刻も曜日も彼に幸いした。あたりはもう暗くなり始め、かなり濃い霧が出てきたが、街灯にはまだ灯が入らず、日曜だったので殆どの店は閉まっていた。実際、あまりにも薄暗くなっていたので、フロランが出てきたときも、もう少しで彼だと気づかないところだった。というのも、彼は赤いチョッキの下男のときとは全く様子が変わっていたからである。彼は主人の衣装箪笥の鍵を持っているため、ときどき主人の服を借用していることは一目瞭然であった。今夜の彼は、ド・コラルト氏お気に入りの淡い色合いのズボン、彼には少し細身すぎる広い折り返し襟のついたフロックコート、そしてお洒落なカンカン帽を身に着けていた……。
「さぁ来たぞ!」とシュパンは呟き、彼のあとをつけ始めた。「お洒落しても気詰まりじゃ、楽しくないだろうに……。もし俺が召使を持つようなことがあったとしても、あんな真似はさせないぞ……」11.5
「おい、お前、一体どうしたんだ?」と彼らは同時に尋ねた。「どうかしたのか?」
意志の力を振り絞ってシュパンはなんとか冷静さを取り戻し、自分のヘマを取り繕うべく口実を素早く探した。
「そうっすねぇ」と彼はむすっとした口調で答えた。「そりゃまぁ、やるとは言いましたがね……こっからラ・ヴィレットまで遠路はるばる行くんしょ……旦那が行くのを渋るようなとこまで。こりゃもうお使いってなもんじゃない、出張っすよ……」
この説明はすんなり受け入れられた。自分の労力が当てにされていると知って、この若者はもう少し値を吊り上げようとしている……まぁ当然のことか。
「それじゃ不満だってのか!」と赤いチョッキのフロランは叫んだ。「ようし、仕方ない! 三十スーやろう!けど、さっさと出発しろよ!」
「へい、只今!」とシュパンは答え、呆れるほどに蒸気機関車の警笛そっくりの口笛を吹きながら、吉兆を告げる鳥がごとき素早さで出て行った。
しかし、館を出て二十歩ほど来たところで彼はぴたりと立ち止まった。周囲を経験豊かな目で見回すと、目立たない一角を目指して走って行き、身を潜めた。
「あの赤チョッキ野郎がもうすぐ出て来る」と彼は考えていた。「件の男爵夫人とやらのもとに手紙を届けに行くんだ。そしたら俺は後をつけ、やつがどこに入っていくか見届ける。そうすりゃ、ズドンと的に命中だ! あのならず者の子爵の面倒を見ている気前の良い奥様の名前が分かるってもんだ……」
時刻も曜日も彼に幸いした。あたりはもう暗くなり始め、かなり濃い霧が出てきたが、街灯にはまだ灯が入らず、日曜だったので殆どの店は閉まっていた。実際、あまりにも薄暗くなっていたので、フロランが出てきたときも、もう少しで彼だと気づかないところだった。というのも、彼は赤いチョッキの下男のときとは全く様子が変わっていたからである。彼は主人の衣装箪笥の鍵を持っているため、ときどき主人の服を借用していることは一目瞭然であった。今夜の彼は、ド・コラルト氏お気に入りの淡い色合いのズボン、彼には少し細身すぎる広い折り返し襟のついたフロックコート、そしてお洒落なカンカン帽を身に着けていた……。
「さぁ来たぞ!」とシュパンは呟き、彼のあとをつけ始めた。「お洒落しても気詰まりじゃ、楽しくないだろうに……。もし俺が召使を持つようなことがあったとしても、あんな真似はさせないぞ……」11.5