goo blog サービス終了のお知らせ 

エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

1-XVIII-6

2022-02-04 12:23:45 | 地獄の生活

ウィルキーと呼ばれた男はグランドホテルに入ったが、それは単に葉巻を買い込むのに売店に立ち寄るためであった。そこでは女性の事務員が葉巻の箱の中から最上のものを出してくれた。彼は自分の英国製のケース一杯に葉巻を詰めると、一本に火を点け、外に出てフォブール・モンマルトルの方向に大通りを歩いて行った。今や彼は全く急ぐこともなく、ただ時間潰しのためにぶらぶら歩いているという風だった。自分の魅力を見せびらかし、女性たちをずうずうしい態度でじろじろ眺めていた。腰をくねらせ、肩は耳の高さまで持ち上げ、背中を丸め、もうこれ以上歩けないほど疲れたというように脚を引きずり、倦み疲れたかのような歩きぶりだった……これが最新の流行、当世風、粋というやつなのだ! このポーズは一般の人々の度肝を抜くのが狙いであり、この世の歓楽に疲れ切り、もう今ではすべてに無感動になった男というイメージを自分自身に与えるためのものであった。

「このバカ、いい加減にしろ!」とシュパンは呻った。「ただでは済まさんからな、この半死人!」

彼は怒り心頭に達していたので、彼の中に眠っていたフォブールの悪ガキが目を覚ました。すんでのところでウィルキーに罵声を浴びせるところだった。彼のところまでつかつかと歩いて行き、喧嘩を吹っ掛けるところだった。しかし、自分の使命をしくじることがあってはならぬ、という思いが彼を押し留めた。それと約束された報酬が……。

 というわけでシュパンは尾行している相手のすぐ後ろにぴったりついた。相当な人出だった。夜になり、周囲のガス灯に火が灯った。穏やかな陽気だったのでカフェの前には空いたテーブルは一つもなかった。というのは、アブサンを飲む時刻になっていたからだ。このときこそブールヴァールが世界中で二つとない光景を示現するのである。毎夕五時から七時までの間、パリで名前を持つ者はすべて、何者であろうとどこの誰であろうと、オペラ座通りとジューフロワ通りの間に姿を見せるという習慣が生まれたのは何故であろうか? それはおそらくそこがパリの最新ニュースの交換場所であるということに起因していると思われる。そしてまたデリケートな陰口、大量のスキャンダラスな噂、政治的なデマ、きわどい下品な言葉が交わされる場所でもあった。そこでは翌日の新聞に載るパリのさまざまなゴシップが醸成される。例えば、証券取引所の動向や国債の時価に関する情報、A夫人の首飾りの値段や彼女にその贈り物をしたのは人物は誰か、プロイセンから電報で伝えられた情報は何だったか、金を持ち逃げした出納係は何という名前なのか、どれくらいの金額だったのか、等々。

 ブールヴァールとフォブール・モンマルトルが交差する角は『エクラゼの十字路』(人がごった返す上に傾斜があるため馬車が急に停まるのが難しいため、馬車に圧し潰される事故が多発したところからこの名前がついたと言われる)と呼ばれ、そこに近づくにつれ、雑踏はますますひどくなったが、ウィルキーは老練な遊び人のごとく巧みに群衆の間をすりぬけて歩いて行った。2.4

コメント