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エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

1-IV-12

2020-11-03 09:44:25 | 地獄の生活

彼は両腕を自由にせんと、身を振りほどこうとしたが、彼を捕まえている男たちは全く手を緩めなかった。彼は諦め、かすれた声で言った。

「私は無実だ!これは前代未聞の陰謀だ……一体誰の仕業なのか?……私には見当がつかない。しかしそのことを知っている者がこの部屋の中にいるに違いない……」

罵声の嵐が彼を遮った。

「それでは、あなた方は私の言い分も聞かず、私を葬ろうというのか!」彼は声を張り上げて続けた。「聞いて頂きたい。今から一時間前……夜食の際……マダム・ダルジュレが跪かんばかりになって、私に立ち去ってくれと懇願なさいました……マダムの困惑のご様子に私は呆気に取られました。が、今となっては、その理由が分かりました……」

『男爵』と呼ばれていた男がマダム・ダルジュレの方に向き直った。

「それは本当のことですか、この男の言っていることは?」と彼は尋ねた。

彼女はふらふらしながら立ち上がって答えた。

「本当です」

「何故この男に立ち去るよう強く求められたのですか?」

「さぁ、自分でも分かりませんわ……予感がしたんです……何かが起きるに違いないという虫の知らせがあったんですわ……」

どんなに鈍い人間でも、マダム・ダルジュレの言葉の裏になにか口にしたくない苦しい事情があるのを感じたことであろう。いつも無表情なその顔は引き攣っていた。しかし、最も鋭い洞察力のある者でもそれが何か見抜くことは出来なかったであろう。いかさまを目にした彼女が騒動の起きることを怖れて、いかさま師を逃がそうとしたのだろうと、彼らは考えたのだった。

パスカルはもう少しで吐き気を覚えるところだった。

「ド・コラルト氏が」と彼は言い始めた。「断言してくれるでしょう……」

「いい加減にしろ!」ゲームをしていた男一人が言った。「ド・コラルト氏がお前にゲームをさせまいと一生懸命説得しているのを聞いていたぞ」

というわけで、可哀想なパスカルの最後の唯一の希望が潰えてしまった。それでも彼は力を振り絞ってマダム・ダルジュレに話しかけた。

「マダム、お願いです」と彼は苦痛に震える声で言った。「あなたがご存じのことを仰ってください。正直な男が葬り去られるのをただ黙って放っておかれるおつもりではないでしょう!あなたがたった一言仰ってくだされば救える無実の人間を見捨てるおつもりですか!」

「まぁ! 私に何を言えと仰るの?」

それでも彼女は何やらわけの分からぬ言い訳を呟いていた。11.3

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