このようなひそひそ声でなされる内緒話、疑念、推測、下品な仄めかしの質問やそれに対する無礼な反応など、悪意に満ちた呟きが耳鳴りのようにパスカルを襲い、彼を悩ませた。明らかに彼は平静さを失っていた。そのとき、マダム・ダルジュレがそのテーブルに近づいてきた。
「皆さま、もう三回目ですのよ、夜食の用意が出来ておりますとお知らせして。どなたが私に腕を貸して下さいますの?」
やや気まずい間があったが、大いに負けが込んでいた年配の紳士が立ち上がった。
「そうですな、夜食を頂きましょう!」と彼は大声で言った。「それでツキも変わるだろう」
この配慮は決定的なものであった。サロンから、まるで魔法のように人々が消え去り、緑のクロスを敷いたテーブルの前にはパスカル一人が残された。彼は目の前に積み上げられた金をどうしたら良いのか分からなかった。それでもどうにか自分のポケットに分散して押し込み、他の客たちに合流するため、食堂へ急いだ。が、そのときマダム・ダルジュレが彼の前に立ちふさがった。
「あのね、貴方、一言申し上げたいことがございますの」と彼女は言った。
彼女の顔はいつもの謎の無表情のままで、例の永遠の微笑が唇に漂っていた。それにも拘わらず彼女に何か思うところがあることがはっきりと表れており、パスカルはどぎまぎしていたものの、そのことに気がつき、驚いた。
「慎んでお伺いします、奥様」と彼はもごもごと呟き、お辞儀をした。
彼女はすぐに彼の腕を取り、窓枠で囲まれた空間に彼を連れていった。
「貴方は私をご存じではありませんけれど」彼女は大変低く、大変早口で言った。「貴方にお願いがありますの。貴方にやって頂きたいことが」
「仰ってください、奥様」
彼女は口ごもった。自分の考えをどうやったら上手く伝えられるか言葉を探すかのように。それから、ズバリとした口調で言い始めた。
「今すぐここからお引き取り願いたいんです……誰にも一言も言わずに……他の方々が食事を取っていらっしゃる間に」
パスカルの驚きは仰天に変わった。
「何故帰らなければならないのです?」と彼は聞いた。
「それは……いいえ、それは言えないのです。どうか、気まぐれだとお思いになって。それは単なる……どうかお願いです、嫌と仰らないで。私のためにお願いします。その代わり、私、貴方には未来永劫感謝をいたしますわ」
彼女の声や態度には切羽詰まった懇願が感じられ、パスカルは心を打たれた。彼は身震いし、自分の内に何か恐ろしく、取り返しのつかぬ不幸の予感のようなものを強く感じた。しかし彼は悲し気に頭を振り、苦々しい口調で言った。10.28