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エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

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2020-05-25 06:47:58 | 地獄の生活

このようなことがまた起こるのか、と思いはしたが、彼はいまいましさを押し隠した。
「お嬢様の立場でしたら、私も同じようにすることでしょう」と彼は答えた。「もしも、私が来ることはもう必要ないと言われるのでしたら……」
「ああ、とんでもございません。あなた様のお力を当てにしております」
「ということでしたら、大変結構……」
彼は挨拶して出て行った。マルグリット嬢は踊り場まで送っていった。
「ご存じのように」彼女は低い声で非常に早口で言った。「私はシャルース伯爵の娘ではございません……ですから本当のことを聞かせて下さっても大丈夫です。彼は望みがないのでしょうか?」
「危険な状態ではあります。が望みがないことはありません」
「でも、あの恐ろしい意識不明が……」
「あのような突発的な……発作の後ではよくあることです。もし分かっている事例が当てはまるならば、麻痺は少しずつ消え、運動能力が徐々に回復してくるでしょう」
マルグリット嬢は蒼白な顔で、動揺し困惑した様子で聞いていた。大層聞くのが辛い質問が口から出かかっているのは明らかだった。ついに勇気を出して彼女は口を開いた。
「もし、シャルース伯爵が助からないのあれば」彼女は呟くように言った。「意識を回復しないまま……一言も喋らないまま、死んでいくのでしょうか?」
「はっきりしたことは申し上げられません……シャルース伯爵の病状は医学的推測の裏をかくものでして」
彼女は悲し気に感謝の言葉を述べ、マダム・レオンを呼びにやり、伯爵の寝室に戻った。
ジョドン医師の方は、階段を降りながら考えていた。
「おかしなことを言う娘だ。彼女は伯爵が意識を回復することを怖れているのか? それとも逆に、彼が口をきけるようになるのを願っているのか? となると、遺言の問題以外ないではないか。それとも他に何か? ふむ、これは訳の分からん問題だ……」
彼はあまりに深く物思いに耽っていたので、自分が今どこにいるのか忘れてしまい、殆ど一歩ごとに立ち止まった。現実に立ち戻るには、中庭のひんやりした空気に触れることが必要だった。それと共に、彼のいかさま医者としての本性がたちまちにして呼び覚まされた。
「おい君、わが友よ」 彼は、夜道を照らしてくれているカジミール氏に命じた。「今すぐ道に藁を撒いて馬車の通る音を弱めるようにしなさい……明日になったら、警察に届けるのだ」
十分後には、車道に一ピエ(32cm)もの藁が敷き詰められ、道行く人は知らず知らずのうちに歩く速度を緩めた。パリでは誰でも、家の前の陰気な敷き藁が何を意味するか知っていたからだ。5.25

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