彼はここで言葉を止めた。
カジミール氏が入って来た。口をハート形にして追従笑いを浮かべ、平身低頭、司祭のような黒づくめの服に、首枷のような白いモスリンのネクタイを首にきっちり巻き付けていた。
「やぁ君、来てくれたか」 ド・ヴァロルセイ氏はウィルキー氏を手で示して言った。「こちらは、君の元の御主人の唯一の相続人でいらっしゃる……。君が私に話してくれたことは、こちらの方に大いに関係することなのでね、その話をもう一度して貰えないだろうか……」
カジミール氏はどうしても良い働き口を得たいと躍起になって、ド・ヴァロルセイ侯爵に話しかけたのであった。彼は大いに喋りまくり、侯爵の方では相手にそれと気づかれぬようにしながら相手を利用し、自分の策略の片棒を担がせることが出来るのではないか、と考えた。
「わたくしは前言を翻したりすることは決してございません」と彼は断言した。「こちら様が相続人であらせられるのでしたら、わたくしははっきり申し上げます。亡くなられたド・シャルース伯爵の財産のうち相当な額が横領されましたことを……」
ウィルキー氏は椅子から飛び上がった。
「相当な額!」彼は叫んだ。「そんなことが可能なのか!」
「そうなのでございますよ!……どうかご自分で判断なさいますよう……伯爵が亡くなられた日の朝には、紙幣と持参人払いの有価証券で二百万フラン以上が伯爵の書き物机に収められていたのでございます。それが、治安判事がいらっしゃって家財目録を作成する段になりますと、それが消えていたのでございます。私ども邸で働いていた使用人たちは皆大いに憤りました。私どもが疑われることになる、と思ったからでございます……」
ああ、このときもしウィルキー氏が一人であったら、どうなっていたか……。しかし侯爵とド・コラルト氏が見ている前で自制心を失うことなどあってはならない。彼は踏ん張り、殆ど成功した。いつもとさほど違わない声で彼は言った。
「それは遺憾なことです……二百万フランとは、なかなかの金額ではないですか! で、教えてください、それは誰の仕業か分かったのですか?」
カジミール氏の困惑した視線に、彼の後ろめたい気持ちが現れてしまっていた。が、ここまで言ってしまった以上、後には退けなかった。
「無実の人に罪を着せるようなことはしたくありません」と彼は答えた。「ですが、その書き物机の鍵を一日中身に着けていた人間が一人おります。私以外にも、その人を疑っている使用人は邸に大勢います……」
「で、それは誰なのですか?」
「マルグリット嬢です」
「そんな人は知らないなぁ!」
「若いご婦人で、伯爵の私生児だと申す者たちもおります。この方は邸を思いのままに動かしておられまして……」
「彼女はどうなったのです?」5.6
カジミール氏が入って来た。口をハート形にして追従笑いを浮かべ、平身低頭、司祭のような黒づくめの服に、首枷のような白いモスリンのネクタイを首にきっちり巻き付けていた。
「やぁ君、来てくれたか」 ド・ヴァロルセイ氏はウィルキー氏を手で示して言った。「こちらは、君の元の御主人の唯一の相続人でいらっしゃる……。君が私に話してくれたことは、こちらの方に大いに関係することなのでね、その話をもう一度して貰えないだろうか……」
カジミール氏はどうしても良い働き口を得たいと躍起になって、ド・ヴァロルセイ侯爵に話しかけたのであった。彼は大いに喋りまくり、侯爵の方では相手にそれと気づかれぬようにしながら相手を利用し、自分の策略の片棒を担がせることが出来るのではないか、と考えた。
「わたくしは前言を翻したりすることは決してございません」と彼は断言した。「こちら様が相続人であらせられるのでしたら、わたくしははっきり申し上げます。亡くなられたド・シャルース伯爵の財産のうち相当な額が横領されましたことを……」
ウィルキー氏は椅子から飛び上がった。
「相当な額!」彼は叫んだ。「そんなことが可能なのか!」
「そうなのでございますよ!……どうかご自分で判断なさいますよう……伯爵が亡くなられた日の朝には、紙幣と持参人払いの有価証券で二百万フラン以上が伯爵の書き物机に収められていたのでございます。それが、治安判事がいらっしゃって家財目録を作成する段になりますと、それが消えていたのでございます。私ども邸で働いていた使用人たちは皆大いに憤りました。私どもが疑われることになる、と思ったからでございます……」
ああ、このときもしウィルキー氏が一人であったら、どうなっていたか……。しかし侯爵とド・コラルト氏が見ている前で自制心を失うことなどあってはならない。彼は踏ん張り、殆ど成功した。いつもとさほど違わない声で彼は言った。
「それは遺憾なことです……二百万フランとは、なかなかの金額ではないですか! で、教えてください、それは誰の仕業か分かったのですか?」
カジミール氏の困惑した視線に、彼の後ろめたい気持ちが現れてしまっていた。が、ここまで言ってしまった以上、後には退けなかった。
「無実の人に罪を着せるようなことはしたくありません」と彼は答えた。「ですが、その書き物机の鍵を一日中身に着けていた人間が一人おります。私以外にも、その人を疑っている使用人は邸に大勢います……」
「で、それは誰なのですか?」
「マルグリット嬢です」
「そんな人は知らないなぁ!」
「若いご婦人で、伯爵の私生児だと申す者たちもおります。この方は邸を思いのままに動かしておられまして……」
「彼女はどうなったのです?」5.6