
正しくあごを引くと、短背筋群の収縮にスイッチが入り、頚椎前弯↑や胸椎後弯↑がまっすぐになります(注1)。
ですから、座位や立位の際、よい姿勢でいるには「正しくあごを引いた状態を保つ」ことが重要です。
ところが、正しくあごを引くことができる人は少ないです。
以下4例のうち、どれか1つでもあてはまると、正しくあごを引くのは難しくなります。
1例目は、「あごを引く=下顎を後方(頚椎の方)に引きつける」となってしまうケースです(注2)。
このとき、「下顎の先端のみ後方に引きつける」場合と「頭全体を後方に移動させる」場合(図41-1 ×1)があります。
「頭を少し前に傾ける」と前者になり、「胸椎(もしくは腰椎)を反らす」と後者になります(注3)。
しかし、多くの人は「首の筋を収縮させる」ことで、前者や後者になります(図14-2 ×3を参照)。
しかしながら、いずれの場合も、短背筋群にスイッチは入らないのでNGです。
首の筋は「下顎の先端を後方に引きつける」だけでなく、「下顎を下に引く」(開口する)働きや「のど仏を下に引く」働きもあります。
よって、あごを引くために首の筋を収縮(短縮)させると、開口してしまうため閉口するために咬筋↑となったり、のど仏が下に引かれ持ち上がりにくくなるため嚥下(飲み込み)がしにくくなったりします(「咀しゃくと腹筋の短縮」の項を参照)(注4)。
それに、腹斜筋・腹直筋が短縮し胸郭が下がったときと同様、あごのくびれが浅くなったり、口角が下がったり、ほうれい線(口角のしわ)ができたりもします(「ほうれい線と下がった胸郭」の項を参照)。
また、首の筋の表面を覆っている皮膚や皮下脂肪も「収縮(短縮)した首の筋の長さ」に合わせざるをえないため、たるんだりしわが寄ったりして二重あごになる場合もあります(注5)。
正しくあごを引くには、首の筋には力を入れず、「後頭部下方を後上方に引き上げる」ようにします(注6)。
すると、顔が「ややうつむく」のは、「下顎の先端のみ後方に引きつける」ようにした場合と同じです(注7)。
しかし、「下顎の先端のみ後方に引きつける」と頭頂は「わずかに前下方に動く」のに対し、正しくあごを引くと頭頂は「動かない」かもしくは「わずかに後上方へ動く」ので、両者を見分けることができます。
2例目は、「首の筋や脊柱起立筋群」(緩めたい筋肉)を収縮(短縮)させているケースです。
「下顎の先端のみ後方に引きつける」ことで「頭を前下方に引く力」が発生すると、体は「頭を後下方に引く力」も発生させることでバランスをとる傾向があります(ただし、必ずしも「前下方に引く力」が先に発生するとは限りません)。
「頭を前下方に引く力」は首の筋、「頭を後下方に引く力」は脊柱起立筋群が収縮すると多く発生します(注8)。
が、「頭を前下方や後下方に引く力」が多く発生すると、頚部が伸びにくくなるため、正しくあごを引くのが難しくなります(注9)。
それに、このような状態になると、椎間板と一緒に短背筋群もつぶれるため、正しくあごを引いたとしても短背筋群は収縮しにくいです。
ですから、このような状態になった場合は、まず「頚椎ストレッチ」などを行い、首の筋や脊柱起立筋群を緩めてから、正しくあごを引く(頚椎の短背筋群を鍛える)とよいです(注10)(注11)(注12)。
3例目は、「短背筋群」(鍛えたい筋肉)も「首の筋や脊柱起立筋群」(緩めたい筋肉)も収縮させない状態が続き、弱ったケースです。
中には「首の筋を収縮させず、頭を少し前に傾ける」とした結果、ストレートネック(もしくは頚椎後弯)になったら「脊柱起立筋群をあまり収縮させず、頭を少し後ろに傾ける」ことでバランスをとる人もいます(ただし、必ずしも「前に傾ける」方を先に行うとは限りません)(注4)。
確かに、このように、緩めたい筋肉を収縮させなければ、「頭を前下方や後下方に引く力」は少しとなります。
しかし、このようにしても、短背筋群にスイッチは入りません。
よって、このような状態が続くと、短背筋群が弱りすぎるため、正しくあごを引くのは難しくなります(注12)。
それに、このような状態だと、重力によって脊椎カーブ↑となりやすいです。
また、短背筋群が弱いと頚椎が不安定になるため、車や電車に揺られた際など、わずかの衝撃でもむち打ち(頚椎ねんざ)になりやすいです。
そうなると、体はあわて出し、頚椎を保護しようとします。
ところが、すでに短背筋群が弱りすぎていると、その代わりに緩めたい筋肉を収縮させることで頚椎を保護しようとしてしまいます。
「緩めたい筋肉も収縮させない状態が続いたために弱っているはずなのだから、収縮しにくいのでは?」とも思えます。
が、鍛えたい筋肉(短背筋群)と緩めたい筋肉のどちらも弱っている場合は、緩めたい筋肉の方が収縮しやすいのです。
よって、結局は、緩めたい筋肉が過労→短縮する(=2例目の状態になる)ことも多いです。
4例目は、円背(胸椎後弯↑で固まっている)のケースです(注13)。
正しくあごを引くと、頚椎前弯↑だけでなく胸椎後弯↑もまっすぐにできます。
しかし、円背(胸椎後弯↑で固まっている)の場合は、いくら正しくあごを引いても胸椎後弯↑をまっすぐにすることはできません。
すると、中には、「後頭部下方を後上方に引き上げている」つもりでも「後頭部上方を後上方に引き上げている」人がいます(図41-1 ×2)。
このとき、頭頂は「動かない」かもしくは「わずかに後下方に動く」ことが多いです。
これだと、胸椎後弯↓の代わりに頚椎前弯↑(図26-1 ×2)となるだけで、短背筋群の収縮にスイッチは入らないためNGです。
そこで、「正しくあごを引けていない」と指摘すると、今度は、「正しくあごを引いているつもりでも下顎の先端のみ後方に引きつけている」ことが多いです。
よって、このような場合は、円背の程度に合わせ、後頭部下方を「頚椎をまっすぐ伸ばしたときの方向」(図28-2 灰色の矢印の方向)よりも30度位後上方に引き上げることが大切です(注14)。
難しい場合は、まずは「仰臥位であごを引く練習」からはじめるとよいです。
なお、後頭部や頭頂の動きがよく分からない場合は、あごを引いた際、「頚部が(頚椎をまっすぐ伸ばしたときの方向に)伸びること」と「図41-1 赤矢印の方向に頭部が回転すること」の両者がそろえば、「正しくあごを引いている」と判断できます(注15)。
「下顎の先端のみ後方に引きつける」人の場合は、頭部が回転する方向は正しいのですが、頚部が伸びるのではなくむしろ縮むのでNGです。
「頭全体を後方に移動させる」人の場合は、頚部が(頚椎をまっすぐ伸ばしたときの方向に)伸びないのでNGです。
「後頭部上方を後上方に引き上げる」人の場合は、頭部が図41-1 赤矢印の方向ではなく図41-1 青矢印の方向に回転するのでNGです。
(注1)本書では「頭部を動かすことによって短背筋群の収縮にスイッチを入れる」ことを「正しくあごを引く」と表現しています。
また、ここでの「まっすぐ」とは、「正常な(ゆるやかな)脊椎カーブ」という意味です。
短背筋群が収縮すると、「ストレートネック」(異常なまっすぐ)になるわけではなく「正常な(ゆるやかな)脊椎カーブ」になります。
「下顎の先端のみ後方に引きつける」と「ストレートネック」(それがもっとひどくなると頚椎後弯)になります。
これは、「おじぎエクササイズ」の「あごを引く前の姿勢」(図14-2 ×3)と同じです。
ただし、「正しくあごを引く」力のみで「正常な(ゆるやかな)脊椎カーブ」にするのは難しいです。
胸椎後弯↓とするには、「正しくあごを引く」と同時に「胸椎だけは前に押し出す」ことも大切です(「胸椎を伸ばす方法」の項を参照)。
また、腰椎が不安定だと、正しくあごを引いても、胸椎後弯↓となる代わりに腰椎前弯↑となってしまう場合もあります(「図15-2 ×7)。
よって、胸椎後弯↓とするには、「正しくあごを引く」と同時に「腰椎前弯↓の状態で安定させる」ことも大切です。
つまり、「正しくあごを引く力」「胸椎だけは前に押し出す力」「腰椎前弯↓とする力」の3者がそろえば、よい姿勢(脊椎カーブ↓)となります。
しかし、それだと「胸椎は前に押し出しておきながら腰椎は後方に押し出す」ことになるので、混乱しやすいです。
その場合は、「胸椎を前に押し出す」際は「両肩を後ろに引く」(広背筋「横」の筋線維を軽く収縮させながら胸を張る)、「腰椎前弯↓とする」際は「大殿筋を収縮させ骨盤後傾する」と意識すれば、混乱しにくくなります。
なぜなら、両肩を後ろに引くと「胸椎だけは前に押し出す力」が、骨盤後傾すると「腰椎前弯↓とする力」が発生しやすいからです(図9-3)。
ただし、緩めたい筋肉の短縮によって胴体が縮んでいると、「胸椎の動き」と「腰椎の動き」の区別をつけにくいです。
したがって、その場合は、まず緩めたい筋肉を緩める必要があります。
(注2)「あごを引く=下顎の先端を後方に引きつける」だと思っている人が多いですが、正しいあごの引き方を知っていてもできない人もいます。
2・3・4例目の状態だと、「正しいあごの引き方を知っていて、そうしているつもりでも、下顎を後方に引きつけている」ことがあります。
(注3)「胸椎(もしくは腰椎)を反らす」と、「上半身は後ろにくる」ことになります。
そのため、上半身の重みが腰椎後方に集中したりする場合もあります(「立位の注意点NG例」を参照)。
(注4)「下顎の先端のみ後方に引きつける」と「のどがつぶれたり位置がずれたりするために嚥下しにくくなる」場合もあります。
(注5)本来、首の筋は長時間収縮する筋肉ではないので、あごを引くために長時間収縮し続けると過労→短縮しやすいです。
ただし、「首の筋の収縮(短縮)」だけでなく、「首の筋のたるみ」も二重あごの原因となります。
胸椎後弯↑になるとバランスをとるため腰椎前弯↑や頚椎前弯↑(もしくは頭部伸展)が起こりやすいですが、中には起こらない場合もあります。
すると、脊椎カーブはS字というよりC字に近い形となります(図26-1 ×1)。
そうなると、背面(後頭部・首後面・背中)の皮膚や筋肉は伸ばされる一方、腹面(顔・首前面・胸腹部)の皮膚や筋肉は余ってたるみます。
その場合、首の筋は首前面にあるため、余ってたるむことになります。
ただし、脊椎カーブがC字になったとしても、その分腹斜筋・腹直筋が強く収縮(短縮)し胸郭が大きく下に引かれた場合は、首の筋も下に引かれ伸ばされるため、余ってたるむとは限りません。
(注6)ただし、あごを引く際は、弱い力を入れるだけとしてください。
強い力を入れると、緩めたい筋肉(脊柱起立筋群など)が収縮してしまいやすくなります。
(注7)「よい姿勢をとったら、顔を正面を向くのでは?」と思うかもしれませんが、実はそうではないのです。
どうしても顔が正面を向くようにしたいのであれば、「胸椎を反らす」(胸椎伸展↑とする)方法があります。
が、その姿勢は、筋肉が十分ある人でないと問題が起きやすいので、本書ではよい姿勢とは呼びません(詳しくは「よい姿勢の誤解」の項を参照)。
(注8)「頭を前下方や後下方に引く力」は、頭を前や後ろに傾けることでも少しは発生します(3例目を参照)。
(注9)「頭を前下方や後下方に引く力」が多く発生すると、椎間板がつぶれやすいです。
「頭を前下方に引く力」>「頭を後下方に引く力」だと「ストレートネック(もしくは頚椎後弯)でなおかつ椎間板がつぶれる」となり、「頭を前下方に引く力」<「頭を後方に引く力」だと「頚椎前弯↑でなおかつ椎間板がつぶれる」となります。
ストレートネック(もしくは頚椎後弯)の状態(図26-1 ×1)から少し首を反らしたり、頭を前下方に引く力と後下方に引く力のバランスをとったりすれば、一見正常な(ゆるやかな)頚椎カーブになる場合もあります。
が、首の筋や脊柱起立筋群が収縮(短縮)していれば、椎間板はつぶれやすいです。
ただし、中には、頚椎がきれいに整列していられずガタガタになる場合もあります(図26-2 ×6)。
なお、腰椎後弯の状態(図26-1 ×1)から少し腰を反らしたり、前下方に引く力と後下方に引く力のバランスをとったりすれば、一見正常な(ゆるやかな)腰椎カーブになる場合もあります。
が、「前下方に引く力」(腹斜筋・腹直筋)や「後下方に引く力」(脊柱起立筋群)が多く発生すれば、やはり椎間板はつぶれやすいです。
それに、脊柱起立筋群は「短縮した腹斜筋・腹直筋に打ち勝つ強さ」で収縮しなくてはならないので、過労→短縮しやすいです。
よって、長期的には、バランスをくずし腰椎前弯↑になったりしやすいです(「インナーマッスルならすべて鍛えていいか?」後半を参照)。
(注10)首の筋に限らず、腹斜筋・腹直筋が収縮(短縮)している場合も、正しくあごを引くのは難しいです(図26-1 ×1・×2・×4)。
ですから、そのような場合は、「腹斜筋のストレッチ」などによって、腹斜筋・腹直筋を緩める必要もあります。
ただし、腹斜筋や腹直筋が緩むには時間がかかります。
よって、それまでは、「腹斜筋や腹直筋の短縮によって起こる胸椎後弯(円背)」の程度に合わせ、後頭部下方を「頚椎をまっすぐ伸ばしたときの方向」(図28-2 灰色の矢印の方向)よりも30度位後上方に引き上げると、正しくあごを引くことができます。
(注11)腰も、腹斜筋・腹直筋(前下方に引く力)や脊柱起立筋群(後下方に引く力)を緩めてから腰椎の短背筋群を鍛えるのが基本です。
ただし、腰の場合は上半身の体重が多くかかっているため、まだ短背筋群(鍛えたい筋肉)が弱いのに腹斜筋・腹直筋や脊柱起立筋群(緩めたい筋肉)を緩めすぎると、腰椎が不安定になってしまう場合があります。
特に、筋肉がとても弛緩しやすい体質の方は、短背筋群がとても弱いことが多いため、いきなり緩めたい筋肉を緩めすぎてしまうと腰椎が不安定になりやすいです(「インナーマッスルならすべて鍛えていいか?」後半を参照)。
しかし、腹斜筋・腹直筋や脊柱起立筋群(緩めたい筋肉)が短縮している状態では、短背筋群(鍛えたい筋肉)が収縮しにくいのも事実です。
ですから、腰椎が不安定になりやすい場合は、短背筋群のつき具合に応じ、腹斜筋・腹直筋や脊柱起立筋群を少しずつ緩めるとよいです。
(「短背筋群のつき具合」が分からない場合は、緩めたい筋肉を緩めてから鍛えたい筋肉を鍛えた後、エクササイズ前より腰椎が不安定になったり腰痛↑になったりする場合は、次回から緩める量を減らせばよいです)
(注12)すでに短背筋群が弱りすぎている場合は、正しくあごを引こうとしても引けないことがあります。
それでも頑張って引くと、「正しいあごの引き方を知っていて、そうしているつもりでも、下顎を後方に引きつけている」ことが多いです。
ですから、短背筋群が弱りすぎているために正しくあごを引けない場合は、「仰臥位であごを引く練習」からはじめるとよいです。
(注13)円背か否か分からない場合は、仰向けになりなるべく頚椎前弯↓とし(図13-1を参照)、首と床の隙間に指を入れてみるとよいです。
このとき、「縦にならべた指」が2本以上入る場合は、頚椎前弯↑となっているサインです(枕は使用しないでください)。
「仰向けになりなるべく頚椎前弯↓とした」にもかかわらず頚椎前弯↑となるのは、円背→頚椎前弯↑となっているからである可能性が高いです。
(注14)ここでは、「体幹から頭頂に向かう方向」を「上方」と呼んでいます。
「仰臥位であごを引く練習」を行う場合は、円背の程度に応じて枕を高くし、頚椎をまっすぐにします。
そして、「後頭部後下方を30度位後上方に引き上げる」ように力を入れます。
(枕が低いと、「後頭部上方を後上方に引き上げる」ことになってしまいやすいのでNGです)
つまり、「枕に後頭部下方を押しつけ、頭頂方向に斜めに押す」ようにします(ただし、弱い力を入れるだけとしてください)。
すると、枕が頭頂方向にずれ、頭頂部より上方にはじき出されてしまう場合があります。
その場合は、枕の下に滑り止めをしくか、頭頂部より上方に壁などがくるようにすることで、枕がはじき出されないようにしてください。
なお、枕の位置に介助者が手を置き、「手のひらに後頭部下方を押しつけ、頭頂方向に斜めに押す」のでもよいです(図28-2を参照)。
(注15)頭部がほとんど動かない人であっても、「力を入れはじめるとき」だけはほんの少し動くことが多いです。
ですから、「力を入れはじめるとき」をよく見ると、正しくあごを引いているか推測できます。