
F log
オスプレイの “ 対決 " シリーズで海洋版といえば、
3 日本海軍空母 vs 米海軍空母 ( 太平洋 1942 )
5 連合艦隊 vs バルチック艦隊 ( 日本海海戦 1905 )
7 日本海軍巡洋艦 vs 米海軍巡洋艦 ( ガダルカナル 1942 )
等々があり、どれも読み応え充分の好著だがなにしろ価格がお高い。
書店にてパラパラとめくるくらいだったが、この度第 10 弾として、
10 ドイツ仮装巡洋艦 vs イギリス巡洋艦 ( 大西洋/太平洋 1941 )
が出版され、定価も見ずにレジへと一直線に突き進んだ次第。
結論から言うと、たいへんおもしろく知的好奇心をくすぐる書籍だ。
シリーズは “ 対決 ” と銘打ちながら、陸ものも含めて必ず複数対複数の戦いとなる。
しかし独仮装巡洋艦 vs 英軽/重巡洋艦は、本当の 1 対 1 の決闘になる場合が多かった。
仮装巡洋艦とは通商破壊戦のために用いられた武装商船のことだ。
敵対国のシーレーンを脅かし戦争遂行のための資材そのものを奪取する目的はもちろん、
通商破壊艦を捜索、防衛するために、敵国の海軍力を割かせることにもある。
大西洋、インド洋、北極海まで含めた広大な海洋を縦横に伸びる大英帝国の海洋通商路。
単艦出撃し、それを脅かす一匹狼のドイツ仮装巡洋艦。
第二次大戦初期、知略を尽くした追いかけっこは、海洋戦争における最後のロマンティシズムといってもよい。
もっとも後年、空調の効いた快適な部屋で資料を読みふけっているヤツに言われたくないだろうな。
長いものでは 1 年半もの間、洋上に居続けた艦もあり任務は過酷を極めたことだろう。
本著において最後の海賊船 ( 外洋に出ない現代インド洋での小舟は無視 ) としての出撃、活躍、その最後を知ることができる。
第二次大戦におけるドイツの仮装巡洋艦は 10 隻。
いちばん長期にわたって活躍した HSK 2 アトランティス は有名で独立した書籍にもなっている ( 後述 ) 。
横浜を拠点に太平洋で活動し、横浜港における事故で爆沈した HSK 4 トールも興味深い。
そんな多士済々の中、F がもっとも興味を持っているのは HSK 5 ピングィン ( Pinguin ペンギンの意 ) である。
シッフナンバー 33、連合国側からは レイダー ( 襲撃艦 ) F と呼ばれた ピングィン は、約 8,000t の商船であった。
元の名をカンデルフェルス号という。


船橋、1 本の煙突、前後のマストと、どこからどう見ても世界中の海にある一般的な貨物船だ。
もちろん元々は本物の商船だったのでそれも当然な話。
しかし旧式とはいえ 6 インチ ( 15 cm ) 単装砲 6 門 ( 片舷指向 4 門 ) を主兵装に、75mm、37mm、20mm の各砲に加え、
2 機の水偵、片舷 2 門づつの魚雷発射管まで装備していた。
側面図でいえば舷側前後の点線部分がカバーで隠された単装砲。 船橋直後の点線が魚雷発射管部分である。
さらに前部マストの直前と後部楼の中心軸上に単装砲 1 門づつ。 これは普段は何気ない構造物に偽装されている。
そして他の仮装巡洋艦にないピングィンの特色は、砲頓兵装の他に多量の機雷を搭載し敷設する能力を有していたことだ。
単艦で大洋を行動するので自己完結していなくてはならない。
軍艦の長期行動には計画的な補給艦とのランデブーが必須だが、仮装巡洋艦の場合はその余裕のある船庫に大量の飲料水や
保存食を積載できた。
まぁ主食がジャガイモであるドイツ人には乾燥ジャガイモはわびしかっただろう。
そして数々の欺瞞策。
塗装を既存の船に似せて塗り替えるのは当たり前。
時には実際の煙突の前に偽の煙突をでっち上げ、2 本煙突の貨物船に化けることもあったという。

写真はギリシャ船籍の定期貨物船カソスに化けた仮装巡洋艦 ピングィン
多国語を操る優秀な乗組員、偽の航海日誌、鹵獲した敵側の無線機など、徹頭徹尾、敵を欺く創意工夫にあふれている。
敵の航空偵察をごまかす為、甲板上で乗組員が女装したり、乳母車を押すこともあったという。
味方が皆無の孤独な旅路。 ありとあらゆる策略と大量の運が必要だ。
カソスに偽装したピングィンのモデルシップが こちら で見られる。 まさに上の写真のまんま。
舷側のカバーが跳ね上がって単装砲が露出しているのがわかる。
船首、船尾の白く四角い構造物から砲身が突き出しているのも。
ピングィン はドイツ本国を出港後、北から南大西洋、北極海で捕鯨船団を一網打尽にするなど連合国の通商路を脅かし、
オーストラリア近海に機雷を敷設し、最終的にはインド洋に進出する。
インド洋では先に出港したアトランティスが暴れ回っていた。
そして軍艦による通商破壊艦としてもっとも成功した重巡アドミラル・シェーアもインド洋で猛威を振るっていた。
いわゆるポケット戦艦として有名な艦である。

アトランティス側からとシェーア側から描写した、インド洋上での会合シーンが興味深い。
German Commerce Raider HK33 (Battle LIne series) Part 1 of 3
この動画は ピングィン の活動を写したものだが、戦闘だけでなく赤道祭のシーンなど面白い。
4:00~ は本職であるオーストラリア沖での機雷敷設シーンが出てくる。
8:30~ は ピングィン の戦果の中でもユニークであり、かつたいへん重要な北極海におけるノルウェー捕鯨船団捕獲の
シーンが出てくる。
船団というほどであるから、捕鯨船の他に随行していた複数の鯨工船も拿捕し、ドイツ本国に回航することに成功している。
鯨工船が貯蔵していた大量の鯨油 ( 22,000t ) は、国内でのマーガリン製造に寄与し、食糧事情改善の一助となったという。
German Commerce Raider HK33 (Battle LIne series) Part 2 of 3
続いてこちらではインド洋上の会合点、アンダルシアでのアドミラル・シェーアと会合した際の映像が見られる。
登舷礼を行う両艦の乗組員。
前出の文庫本表紙のような箱型艦橋ではなく、改装後の鮮明なシェーアが興味深い。
しかしシェーアのシルエットは偽装の 2 番砲塔を載っけたところで、どう見てもポケット戦艦だよなぁ。
常にイギリス海軍の軍艦が水平線上に現れる恐怖と戦っている ピングィン をはじめ仮装巡洋艦の乗組員にとって、
シェーアの 11 インチ ( 28cm ) 砲はとてつもなく頼りがいのあるものだろう。
1:30~は遠くドイツを離れた孤独な通商破壊艦が休息の地とした南インド洋のケルゲレン諸島が映像で出てくる。
氷河からの真水もふんだんに補給でき、なにより地に足をつけることができたのはリフレッシュになったことだろう。
仮装巡洋艦 ピングィン を見守るペンギン、アザラシなど、諸島の海洋生物もフィルムに残っている。
4:40~ は ピングィン 最後の闘い、イギリス重巡コーンウォールとの一騎打ちだ。( これについては後述 )
興味深いのは 6:56~ ドイツ海軍旗を上げ偽装を解いた直後の映像。
7:00~ 仮装巡洋艦の艦首ブルワークが突然開き、隠匿されていた砲が露出するシーンが写っている。
ただ残念ながら唯一の煙突が船橋直後にあるので、この仮装巡洋艦は ピングィン ではない。
しかし仮装巡洋艦がその仮装を脱ぎ捨てる際の貴重な映像である。
対する大英帝国の巡洋艦。
「 餓狼 」 とは異なり居住性の高い英巡だが、7 つの海を守るには絶望的なまでに隻数が足りない。
商船は不審船に接近されると 「 QQQQQ 」 と Q の連打を打電することとなっている。
実際に通商破壊艦に襲われたときは 「 RRRRR 」 である。 もちろんレイダースの R である。
あからさまな軍艦が接近してくれば早めの打電も可能性があるが、どこからどう見ても中立国の商船であるドイツの仮装巡洋艦に、
必中の距離まで近づかれた後に、ドイツ海軍の軍艦旗がスルスルと掲がり、偽装砲が露出し「 停船セヨ。無電ノ発信ヲ禁ズ 」
とやられたら戦意も失おうというもの。
果敢な民間人が無電を発信しようものなら、妨害電波とともに 6 インチ砲弾が無電室めがけて飛んでくる。
艦載機から垂らしたワイヤーで、獲物の空中線を物理的に切断する芸当までやってのける場合があったという。
数少ない 「 R 」 電におっとり刀で駆けつけるイギリス艦をあざ笑うかのように、通商破壊艦は広大な大洋に消えてしまう。
1941 年まで完全にドイツ仮装巡洋艦は、イギリス海軍を手玉にとっていたと言えるだろう。

HMS Cornwall
しかしインド洋を自在に泳ぎ回っていたペンギンにずっと微笑んでいた女神が横を向くときがついに来た。
1941 年 5 月 8 日。
ドイツ仮装巡洋艦 ピングィン は、イギリス重巡洋艦コーンウォールに捕捉される。

これはオスプレイ “ 対決 ” シリーズ 10 ドイツ仮装巡洋艦 vs イギリス巡洋艦の白眉ともいうべき見開きイラスト。
ドイツ軍艦旗を掲げ偽装を解いて戦闘状態に突入した ピングィン と、全速で接敵してくるコーンウォールを描いたものだ。
まさに他に頼るもののない一騎打ち。
文章としてのボリュームは表紙でもある、HSK 8 コルモラン vs 豪軽巡シドニー の対決に多くのスペースが割かれている。
正規軍艦を相討ちにまで持ち込んだコルモランは素晴らしいし、海戦図もたいへん興味深いものだ。
しかし F がこの書籍購入を決意したのは、この ピングィン vs コーンウォール のイラストに他ならない。
排水量で上回っているいるとはいえ、8 インチ ( 20.3cm ) 砲を 8 門備えた重巡に対して勝ち目はあるまい。
ところが ピングィン 艦長、エルンスト・クリューガー大佐は巧みにノルウェー船籍の貨物船に偽装。
敵失にも助けられ、あと少しのところまでコーンウォールを追い詰める。
最終的にはコーンウォールの 8 インチ砲弾が ピングィン の機雷庫を直撃し、機雷の誘爆により短時間で沈没してしまった。
クリューガーは作戦行動中に戦死した唯一の仮装巡洋艦艦長となった。
1940 年 6 月 22 日にドイツ本国を出港し、ほぼ 1 年間の旅路だった。
ピングィン の戦果は、28 隻 13 万トン以上という素晴らしいものだった。
これには敷設した機雷により沈めた 5 隻は含まれていない。
ドイツの仮装巡洋艦を最初に撃沈したコーンウォールの艦長だが、その際の不手際で評価は低かったという。
その後、先達アトランティスも大西洋に去り、インド洋におけるドイツ海軍としての国を挙げての海賊行為は終焉を迎えた。
なんだかとりとめのない話だが、妄想の元となったこの書籍はオススメできるもの。
欲を言えば、同一縮尺での各艦の艦型図をつけて欲しかった。
我が家に山のようにあるドイツ海軍関連の書籍。
どれも仮装巡洋艦に割いたページは少ないので、この対決シリーズ最新刊は隅から隅まで舐めるように読むだろう。
しかしシュペーから始まって、シェーア、ヒッパー、シャルンホルスト/グナイゼナウと、ドイツの正規軍艦による通商破壊戦には
ずっと興味を抱いてきたが、今はそれより仮装巡洋艦の旅路に惹かれるとは我ながら枯れてきたものであるw
最後に…
東アフリカ・ジブチに駐留し、インド洋~アデン湾での海賊行為取り締まりに従事している海上自衛隊部隊の無事を祈ります。
オスプレイの書籍以上にFさんのログを読みふけってしまいました。
我が家にあるドイツ海軍プラモの在庫は1/72Sボート(エアフィックス&レベル)だけなんですが、
箱を引っ張り出してきてしばし妄想にふけってしまいました。
いや~思い入れのあるフネだとつい語っちゃいますねぇ。
妄想も膨らむ一方です。お恥ずかしい…
1/72魚雷艇といえば小学生の頃、父親にねだって買ってもらったタミヤのヴォスパーを思い出します。
あれが魚雷艇のデフォだったので、Sボートを初めて見たときは、その低いシルエットにシビれました。
魚雷発射管の造形はめちゃカッコイイですね!!
こんなログ読んじゃうと、キットが欲しくなりますねぇ♪
その妄想もすべてオスプレイの対決シリーズあってです。
今後もこのシリーズには期待したいですね。
まだまだネタならたくさんありそうですから。
リンク先のモデルシップご覧になりましたか?
宝くじさえ当たれば、あれくらいの発注はしたいものですが‥
1/700の海外レジンキットなんかありますかねぇ。